第48話
幽霊としてこの場に姿を現したお父様は、霊力とわたくしの通訳魔法を合わせることで、この場にいるみんなに声を届ける。
そしてお父様は自らが殺害された状況を説明した。
国王陛下が質問されて、お父様がそのすべてに答える。
犯人と被害者にしか分からない殺害状況のすべてを。
指示書に書かれた内容通りのことが実行されたのだと。
国王陛下は、当時の殺人の様子を聞いてその話を信用した。
殺人を証明する物的証拠はないにも関わらず。
何を話しても言いがかりだと主張したサンドラ様さえ、反論できなかった。
それは、説明したのが殺害された本人だったから。
そしてお父様は台車に乗った大男を指さす。
『私を殺した実行犯は、娘のシャルロッテを誘拐したこの大男です』
わたくしが誘拐されて樽から救出されたあと、ユーリアスお義兄様が次々と賊を討伐した。
だけど最後に残ったこの大男を前にしたとき、お父様の幽霊が現れて奴を指し示したのだ。
それを受けて、お義兄様はこの大男だけ殺さずに生け捕りにしている。
あれはそう言うことだったのだ。
やはりこの大男こそが、半年前に山道で馬車を襲った犯人、お父様の仇なのだ。
幽霊のお父様は陛下との受け答えを終えてわたくしに向き直る。
その姿は薄くなり、徐々に消え始めていた。
『シャルロッテ、よく頑張った』
『お父様! ええ、わたくし頑張りました!』
『どうやら自分に自信が持てるようになれたな。これで私も安心して旅立てる』
『ああ、お父様が消えてしまう』
『会えなくなるが、もうきっと大丈夫だ』
『お父様! もう会えないなんて、そんな……』
『元気でな。必ず幸せになるんだぞ』
『いかないで。どうかお願いです、いかないでください、お父様!』
お父様は最後に『娘は必ず王国に尽くします』と国王陛下に伝えてから、わたくしを抱きしめて消滅した。
強く握っていた遺品のペンが形を失い、ぼろぼろと崩れ去る。
『お父様こそ、どうか安らかに……』
頬を伝う涙を止められなかった。
ぬぐってもぬぐっても涙が溢れて来る。
横にいたディアナ様が、わたくしを抱きしめて慰めてくださった。
ユーリアスお義兄様は斜め下を向いて目を伏せている。
いまのお父様のバーナント卿もスチュアートお義兄様もブランターク侯爵も、死者の冥福を祈るようにじっと目を閉じていた。
国王陛下も事務官も泣いてくださり、わたくしとお父様の別れを悲しんでくださった。
だけどガビン王子や叔父様とサンドラ様、大男は様子が違う。
ガビン王子は大男を睨みつけて独り言をつぶやいていた。
叔父様は慌てふためいてきょろきょろしながら爪を噛んでいる。
サンドラ様は物凄い形相でわたくしを睨んでいた。
大男は運命を悟ったのか、身じろぎもしない。
国王陛下がゆっくりと話だした。
「ウォルタナ辺境伯よ」
「は、はいっ」
「余は裁判官ではないので、この場で罪を裁きはしない」
「よ、よかったです!」
「だが国の治安を維持するため、ふたりの身柄を拘束する」
国王陛下の命を受けて、ユーリアスお義兄様が叔父様の手を縛る。
サンドラ様は捕縛される自分の父親に罵詈雑言をぶつけ始めた。
「全部あんたのせいよ⁉ この役立たず! ボンクラ!」
「ぼ、僕じゃない! これサンドラの仕業だよね? さっきの兄さんを殺せっていう指示書、あの文章はサンドラの字に見えたんだけど?」
「え、ちょ、ちょっとあんた何言い出すのよ⁉ じょ、冗談じゃないわ!」
「よく、ぼ、僕に白紙を渡して下の方にサインだけさせたけど、サインだけの紙にサンドラが書き足したのがあの指示書だよね。だったら、ぼ、僕は悪くないよね!」
「わ、わわわ私は関係ないわ!」
叔父様はサンドラ様の代筆を知らなかった。
ならば単なる代筆ではなくて、サインされた紙を悪用したサンドラ様の単独犯ということになる。
ようやく指示書が発行された訳が分かった。
なぜ叔父様が直接口頭で指示せず、不利な証拠になりえる殺人の指示書があえて使われたのか、それがずっと疑問だった。
この指示書は、サンドラ様が自分の命令を叔父様の意思だと周りに示すために用意したものなのだ。
おそらくサンドラ様だけでは他人への信用が足らず、叔父様の名前が必要だったのだろう。
それで賊への命令を証拠が残らない口頭ではなく、わざわざリスクのあるサイン付きの指示書にせざるを得なかったのだ!
ヘンリー様が笑いながらサンドラ様と叔父様の間に割り込む。
「はいはい。あなたも拘束しちゃいますよー」
「ちょっと! 私は悪くないって言ってるでしょ! 国王陛下! 悪事の責任はすべてこの男が取ります。罰するならどうかこの男だけを!」
ヘンリー様が手に縄をかけようとするが、彼女が必死に抵抗して拘束できない。
国王陛下はサンドラ様の主張には答えず、捕縛された叔父様に向かって言葉を続ける。
「ただいまをもって、ウォルタナ卿の辺境伯位を奪爵する」
サンドラ様がぴたりと抵抗をやめた。
彼女は視線を宙にさまよわせると、口を半開きにして絶望の表情を浮かべる。
「そんな……。なんで……。そんな……。あと少し、あと少しでユーリアス様と婚約できたのに……」
ぼそぼそつぶやくと、ついに立っていられなくなったのかガクンと床にひざを突いた。
国王陛下が大きなため息を吐いて、隣にいるガビン王子を見やる。
「ガビンよ。ウォルタナの領地計画を説明されて、お前の判断に期待した余が悪かった。この分だと、あの計画書もその娘が用意した絵空事か」
国王陛下が落胆した様子を見せるとガビン王子の顔が鬼の形相に変わった。
腰の剣を抜いて台車に座る大男へ向かっていく。
「貴様はどうせ重罪人で死刑だ。ならば私がこの場で始末して……すべてをなかったことにしてやる」
なんとガビン王子が大男へ向かって剣を振り被った。
みんながあっけに取られて声も出せないなか、王子の剣は振り下ろされたが――
「王子殿下! 剣をお収めください」
白銀色に輝くユーリアスお義兄様が大男との間に割って入り、ガビン王子の剣を素手で受け止めていた。
「貴様、騎士の分際で私の邪魔をするか!」
「殿下、この者がさらった人々はヘルメア公国に奴隷として売られています。いまこの男を成敗しては、密売ルートが不明になり被害者である我が国民を救出できません!」
「うるさいっ! そいつがいなくなれば私の失点は消える!」
逆上したガビン王子がもう一度剣を振り被る。
「ガビンッッ!」
怒声が響いた。
騒然としていた謁見会場が静まり返る。
グランデ国王が立ち上がって手を振り払った。
「そなたはしばらく謹慎だ。いいと言うまで部屋から出るな。いいな!」
ガビン王子は騎士ふたりに付き添われて謁見会場を退出させられた。
そそのかされたガビン第二王子に上申されたとはいえ、国王陛下が叔父様の叙爵を決定したのは事実。
そして国王陛下の面目は完全につぶされた。
それもヘルメア公国の貿易窓口を務める領主、ブランターク侯爵の目の前で恥をかかされたのだ。
もしこの事件を内々で処理したら、隣国からの信用は確実に失われるだろう。
それは誰の目にも明らかで、もはや国王陛下であっても放置やもみ消しなどできるはずもなかった。
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