異世界転生×ユニークスキル 地球ショッピングで無双する!?
月神世一
地球の勇者
不運なバイトと猫と女神
夜11時過ぎ。 コンビニの自動ドアが開き、中村勇太なかむら ゆうた、20歳は、どっと溜まった疲労を吐き出すように、じめっとした初夏の夜気の中に足を踏み出した。
「はぁ……最悪だ……」
口をついて出たのは、本日何度目か分からないため息だった。医学部の講義と実習だけでもハードなのに、今日はバイト仲間が急な腹痛(おそらく仮病)でバックレたせいで、ラストまでシフトに入る羽目になった。時給は発生するとはいえ、貴重な土曜の夜が潰れたことへの不満は大きい。
(折角、今日は道場の昇級試合があったっていうのに……。師範代、なんて言ってるかな。僕って、本当についてない……)
背負ったリュックが、やけに重く感じられた。中には、医学部の分厚い専門書、いざという時のためのサバイバルグッズ一式(ボーイスカウト時代の名残と、あの事件以来の用心深さの表れだ)、簡単な応急セットに常備薬、そして気分転換用のハーモニカまで、彼の「日常」と「非日常への備え」がぎっしり詰まっている。今日だって、試合の後に道場の仲間とファミレスで勉強会のはずだったのに。
「まあ、仕方ないか。これも社会勉強……いや、ポイント稼ぎの練習だと思えば……」
無理やり自分を納得させようとしたが、気分は晴れない。早く家に帰ってシャワーを浴びたい。そう思いながら、慣れた帰り道を歩いていた勇太は、交差点の信号機の前で足を止めた。チカチカと点滅する青信号が、やがて赤に変わる。
その時、ふと視界の端に小さな影が映った。車道の真ん中に、一匹の子猫がうずくまっている。街灯に照らされたその姿は、あまりにも小さく、頼りなかった。
「おい、危ないぞ! そんなところにいたら……!」
勇太の声に驚いたのか、子猫はビクッと体を震わせたが、恐怖で動けないらしい。まずい、と思った瞬間、大型トラックが猛スピードで交差点に突っ込んできた。クラクションが夜の闇を引き裂く。運転手は気づいていないのか、あるいは止まる気がないのか。
考えるより先に、勇太の体は動いていた。薙刀で培った踏み込み、独学で学んだ危機回避の動き――そんなものが働いたのかもしれない。あるいは、ただ、あの日の無力感を繰り返したくないという一心だったのかもしれない。
彼はアスファルトを蹴り、子猫を抱きかかえるように飛び込んだ。
ドンッ!!
衝撃と、何かが砕けるような音。視界が激しく揺れ、熱い痛みが全身を駆け巡った。抱きしめた子猫の温かさを最後に、勇太の意識は急速に薄れ、深い闇へと沈んでいった。
「もしもし~? しーもーしーもー?」
やけに間延びした、それでいて透き通るような声が聞こえる。
勇太はゆっくりと目を開けた。
目の前に広がっていたのは、どこまでも続くかのような真っ白な空間。そして、彼の顔を覗き込んでいたのは、水色の髪を揺らし、天女の羽衣のような、しかしどこかデザインが現代的な服をまとった、とてつもない美少女だった。
「……え?」
「あ、気付かれましたか~? 私、アクアで~す! 慈愛の女神ですよ~!」
美少女――アクアは、ぱあっと花が咲くような笑顔で自己紹介した。だが、その言動は女神というにはあまりにも軽い。
「え? だ、誰……? 女神? ここは……?」
「アクアで~す! 神様……かも知れないのだ。ひれ伏せのだ~!」
アクアは胸を張り、なぜか威張っている。勇太は混乱した頭で呟いた。
「な、何だコイツ……」
「えーっと、貴方は中村勇太さん、でしたね?」アクアはどこからか取り出した書類(?)に目を落とす。「貴方の最後の善行は、この私、アクアがよ~く見てましたよ! あの状況で猫ちゃんを助けるなんて、なかなか出来ることじゃありません!」
「え? 最後? 僕……死んだの?」
「そうですよ~。トラックに真正面から、それはもう見事に。ぐっしゃぐしゃに。」
アクアは、あっけらかんと、しかし効果音付きで残酷な事実を告げた。
ぐしゃぐしゃ……。その言葉に、勇太の血の気が引いた。
「う、嘘だ……。だって僕、まだ医者にもなってないし、銃撃戦のトラウマも克服しきれてないし、彼女だってできたことないし……。結局、何も成し遂げられない、ろくでもない人生だったなぁ……」
思わず膝から崩れ落ちそうになる勇太。その時、アクアがポンと手を叩いた。
「は~い! 落ち込まない! あの可愛い可愛い、もふもふの癒しの猫ちゃんを助けた勇太君に、この慈愛の女神アクア様からのご褒美です!」
「ご褒美?」
「な~んと! 貴方を異世界『ゼセルティア』に招待しちゃいます! パチパチパチ~!」
「い、異世界転生ってやつ?」ネット小説やアニメで見たことがある言葉が、思わず口をついた。
「その通り! 若くして死んじゃった貴方への、セカンドライフのプレゼントです! もちろん、サービスも付けますよ。はい、まずは**『言語理解』**! これで言葉の心配はなし! そして~、貴方の善行ポイントが高かったので、特別にこれを付けちゃいます! 『地球ショッピング』!」
光の玉が勇太の胸に吸い込まれる。同時に、頭の中に情報が流れ込んでくる感覚があった。
「ち、地球ショッピング?」
「は~い! その名の通り、貴方がいた地球のお店の商品が、なんでも出せるすごいスキルだよ! ポイントは必要だけどね! 良かったね、これで異世界ライフも安泰!」
「も、もっと詳しく説明を……! ポイントって何だ!? どうやって出すんだ!?」
勇太が必死に食い下がろうとしたが、アクアは手際よく何かを操作しながら、あくびを噛み殺した。
「あ~、もう時間ですね~。アクアはサービス残業とか絶対しない主義なので。詳しいことは、向こうで実際に使ってみれば分かりま~す! たぶん!」
「たぶんって! そんな無責任な!」
「大丈夫大丈夫! 勇太君ならきっとやれるって! それじゃあ、行ってらっしゃ~い!」
アクアがウインクした瞬間、勇太の足元にまばゆい光の魔法陣が浮かび上がり、彼の体を包み込んだ。抗う間もなく、体が浮き上がり、猛烈な速度で引っ張られる感覚。
「嘘だろぉぉぉぉぉ―――っ!!」
中村勇太、享年20歳。彼の最後の叫びは、真っ白な空間に虚しく響き渡り――そして彼は、剣と魔法、そして闘気の異世界「ゼセルティア」へと、文字通り放り込まれたのだった。
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