第4話:メイド長の視線
ローズウッド伯爵家のメイドとして働くことを決意した葵は、エミリアに連れられ、使用人たちの居住区へと向かった。
廊下を歩く間も、エミリアは終始上機嫌で、新しいメイドの到来に期待を膨らませているようだった。
「わたくしの屋敷のメイドたちは、皆優秀ですけれど、サクラのような方は初めてですわ。きっと、色々なことを教えてくださるでしょうね」
エミリアはそう言って、葵の手を握った。
その純粋な喜びに、葵の心にも温かいものが広がった。
やがて、二人は使用人たちが集まる広間のような場所に着いた。
そこには、数名のメイドたちがそれぞれの作業をしている。
エミリアが部屋に入ると、皆一斉に作業を止め、恭しく頭を下げた。
「皆、聞いてちょうだい。この方が、今日からわたくしの専属メイドとして働くことになったサクラですわ」
エミリアの言葉に、メイドたちは一斉に葵に視線を向けた。
その中に、ひときわ視線を強く感じる女性がいた。
五十代ほどの、背筋の伸びた女性だ。
他のメイドとは異なる、深い紺色の制服を身につけている。
おそらく、メイド長だろう。
「メイド長、こちらはサクラです。サクラ、こちらはメイド長のアメリアですわ」
エミリアが紹介すると、メイド長のアメリアは、葵を上から下まで値踏みするように見た。
その視線は厳しく、葵は内心で少し身構えた。
「アメリアと申します。よろしくお願いいたします、サクラ」
メイド長の声は、張りがあり、しかし丁寧な響きがあった。
「佐倉と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
葵は深々と頭を下げた。
「サクラの裁縫の腕は、それはもう見事なものですのよ、アメリア。明後日の夜会のドレスを、あっという間に直してくださったのですから」
エミリアが嬉しそうに説明すると、アメリアは表情を変えずに「さようでございますか」とだけ答えた。
その態度に、葵は少しだけ居心地の悪さを感じた。
エミリアが去った後、アメリアは他のメイドたちに指示を出し、葵に部屋を案内するよう命じた。
案内役は、昨日葵を部屋まで案内してくれた年若いメイドだった。
「こちらへどうぞ、サクラさん」
メイドはぎこちなく葵を案内した。
やはり、メイド長とのやり取りを見て、多少なりとも戸惑っているのだろう。
葵の部屋は、他の使用人たちと同じ、質素だが清潔な部屋だった。
「サクラさん、何か不明な点があれば、遠慮なく申し出てくださいね」
メイドはそう言って、部屋を後にした。
一人になった葵は、荷物を下ろした。
大きなバッグの中には、見慣れた裁縫道具や、メモ帳、小さな万能ナイフなどが入っている。
ここに来てからまだ一日と少ししか経っていないが、このバッグだけが、唯一元の場所との繋がりを感じさせてくれるものだった。
部屋を見回し、葵は改めてここでの生活に思いを馳せた。貴族の屋敷のメイド。
昨日、伯爵が言っていたように、この屋敷のメイドたちの家事スキルは決して低くないはずだ。
しかし葵の腕前を高く評価してくれた。
それは、この場所で生きていくための大きな自信となる。
だが、メイド長のアメリアの視線は、まだ葵の心に引っかかっていた。
彼女は、葵を単なる新人ではなく、何か特別な存在として見ているようだった。
葵は、これから始まるメイドとしての生活に、胸の高鳴りを感じていた。
自分の持つスキルが、この場所でどれだけ通用するのか、そして、この屋敷でどのような役割を担うことになるのか。
期待と、ほんの少しの緊張を胸に、葵は新たな一日を迎える準備を始めた。
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