EP 29
ユミネから受け取った地図を頼りに、サウルナ街から数時間。潮の香りが鼻をくすぐり始めると、視界が開け、白い砂浜と青い海が広がる海岸線へとたどり着いた。岩場が点在し、潮だまりがきらめく、風光明媚な場所だ。しかし、その美しい景色とは裏腹に、そこには不穏な気配が漂っていた。
「この辺りのはずだぜ。レッドクラブの縄張りは」
モウラがメイスを片手に、鋭い眼光で周囲を警戒する。ロードも低い唸り声を上げ、砂浜に残された巨大な爪跡や、食い散らかされた魚の骨を調べていた。
「いたわ! あそこの岩陰!」
ルーナが声を潜め、指差した先。そこには、その名の通り鮮やかな赤い甲羅を持つ、家畜の子牛ほどもある巨大なカニ――レッドクラブが、大きなハサミを振りかざし、威嚇するように泡を吹いていた。その甲羅は見るからに硬そうで、鋭い棘が無数に生えている。
「うひぃ…! 本当に真っ赤で大きなカニでござる…! しかも、あのハサミ…挟まれたら一巻の終わりでござるな…!」
貴史は、サンダから譲り受けたクロスボウ(まだ一度もまともに扱えた試しはないが)を震える手で構え、できるだけ遠くの岩陰に隠れようとする。
「よし、行くぜ! ロード、派手に暴れてやんな!」
「任せなはれ、モウラ姐さん!」
モウラとロードが雄叫びを上げ、レッドクラブへと突進する! モウラは巨蟹の鋭いハサミを巧みにかわしながら懐に潜り込み、棘付きメイスを叩きつける! ガンッ!と硬い音が響くが、レッドクラブの甲羅はびくともしない。ロードも自慢の牙で甲羅に噛みつこうとするが、滑ってしまい、逆に巨大なハサミで薙ぎ払われそうになる。
「ちっ、硬ぇな、こいつ!」モウラが舌打ちする。
その間、貴史は岩陰からクロスボウを構え、狙いを定める…が、恐怖で手が震え、放った矢は明後日の方向に飛んでいく。
「あ、あれぇ!? 照準が狂ってるでござるか!?」
そんな貴史の姿を尻目に、モウラが新たな策に出た。彼女は腰の片手斧を構え直し、その柄頭に繋がれた丈夫な鎖を巧みに操ると、レッドクラブの巨大なハサミの一つに投げ縄のように巻き付けた!
「くらえっ!」
モウラは鎖を力任せに引き、レッドクラブの体勢を崩そうとする。ギシギシと音を立てて引き合う、まさに力と力の勝負! その隙に、彼女はもう片方の手に持ったメイスを、レッドクラブの甲羅の同じ箇所に何度も何度も叩きつけた!
「どうだ、どうだ、どうだァッ!」
ガン!ガン!ガン! と鈍い音が響き渡り、ついにレッドクラブの甲羅の一部にヒビが入った!
「今や、ロード!」
「心得た!」
ロードが大きく息を吸い込み、灼熱の火炎球をそのヒビ割れた甲羅めがけて正確に放つ! ボォン!と爆音と共に炎が上がり、レッドクラブが甲高い悲鳴を上げた!
「よし! 拙者も援護でござる!」
貴史は、ロードの火炎球が命中した、黒く焦げた甲羅の亀裂を目掛けて、祈るような気持ちでクロスボウの引き金を引いた! 放たれた矢は…なんと、その亀裂の奥深くに吸い込まれるように突き刺さった!
「グギャアアアアアアアッ!!」
レッドクラブが、これまで以上の苦悶の声を上げ、暴れ狂う!
「やった! トドメよ!」
この好機を、ルーナが見逃すはずはなかった。彼女は弓を強く引き絞り、その矢先に淡い光――闘気が集中していくのが見えた。
「一点集中! これが私の全力! いけええええ! ルーナアローーーーーッ!!」
叫びと共に放たれた矢は、光の尾を引きながら、レッドクラブの弱点であろう目の付け根(と貴史には見えた)を正確に射抜いた!
「ギチギチギチィィィ………」
レッドクラブの巨体が大きく痙攣し、やがて全ての動きを止め、横倒しになった。
静寂が訪れる。
「…た、倒した…のか?」貴史が呆然と呟くと、頭の中にあのシステム音声が響いた。
《――レッドクラブの討伐を確認。仲間との連携により、脅威の排除に貢献しました。丼ポイントを50ポイント加算します――》
「や、やったでござる! 50ポイントゲットでござるぞー!」
貴史が歓声を上げると、ルーナ、モウラ、ロードも武器を下ろし、安堵の表情を浮かべた。
「ふぅ、なかなか手強い相手だったぜ」モウラが汗を拭う。
「ホンマですわ。あのご主人の奇跡のクロスボウが無かったら、もうちいと手間取ってたかもしれまへんな!」ロードが貴史を称える。
「ええ! 貴史の矢も、私の矢も、ちゃんと当たったわ! やったね、貴史!」ルーナが満面の笑みで貴史の腕を掴んで喜んだ。
(い、いや、拙者の矢はほとんどまぐれ当たりでござったが…まぁ、結果オーライでござるな!)
貴史は、仲間たちの称賛と、ルーナの明るい笑顔に、照れながらも胸を張った。
こうして、「どんぶりパーティー」の初仕事は見事成功に終わった。彼らの目の前には、夕陽を浴びて赤く輝く(元から赤いのだが)巨大なカニの亡骸と、新たな丼ポイント、そして何よりも共に戦い抜いた仲間たちとの絆が残されていた。
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