EP 25

セウレラ・アリンスカの屋敷は、サウルナ街の中心部に近い一等地に建つ、白亜の美しい邸宅だった。大理石の床が磨き上げられた広間、天井からは豪奢なシャンデリアが輝き、壁には見事な絵画が飾られている。貴史たち「どんぶりパーティー」一行は、通された応接室の柔らかなソファに座り心地の悪さを感じながらも、出された香り高い紅茶と焼き菓子に舌鼓を打っていた。


「改めまして、この度は本当にありがとうございました」セウレラは、優雅な仕草で紅茶を一口飲むと、穏やかな微笑みを貴史たちに向けた。「皆様のおかげで、わたくしは無事にこのサウルナの屋敷に戻ることができました。つきましては…」


彼女は少し言葉を切ると、真剣な眼差しで続けた。


「実は、わたくしも皆様と同じように…いえ、少し変わってはおりますが、『スキル』持ちなのでございます」


「ええっ!? セウレラ様もでござるか!?」貴史は驚いて身を乗り出した。


「まぁ、本当ですの!?」ルーナも目を丸くする。


「ほう、そいつは面白い。どんなスキルなんだい、お嬢さん?」モウラも興味津々といった様子だ。


セウレラは少し照れたように頬を染めながら、ゆっくりと説明を始めた。


「わたくしのスキルは…『異界の物品召喚』とでも申しましょうか。別の世界の物を、こちらに呼び出すことができるのです。ただ、何でも出せるわけではなく…ええと、範囲を三つの言葉で絞り込む必要がありまして…」


彼女は少し考え込むと、ふぅ、と息を一つ吐き、そっと目を閉じた。そして、小さな声で呟いた。


「範囲…『金属』、『赤い』、『玩具』…」


セウレラが再び目を開き、彼女の白い手のひらをそっと空間に差し出すと、そこにかすかな光が集まり始めた。そして、ポン、と軽い音と共に、彼女の手のひらの上に、見たこともない奇妙な物体が出現した。


それは、手のひらサイズの、鮮やかな赤い色をした金属製の部品だった。複雑な形状をしており、小さな歯車のようなものや、何かの軸受けのような部分が見える。ルーナもモウラもロードも、それが一体何なのか見当もつかず、不思議そうに首を傾げている。


しかし、貴史はそれを見た瞬間、息を呑んだ。(こ、これは…!? 間違いない、ミニ四駆の…シャーシの一部、それもアルミか何かの強化パーツでござるか!?)


「す、凄いでござるな…! これは一体…?」貴史は、驚きと動揺を隠しきれないまま、声を絞り出した。


「貴史様は、これが何かお分かりになるのですか?」セウレラが期待の眼差しで貴史を見る。


(うっ…! ここで「これは地球という世界の子供たちが熱狂する高速レース用小型模型自動車の部品でござる!」なんて言えるはずもないでござる…! 間違いなく頭がおかしいと思われるでござる!)


貴史は内心で激しく葛藤しながらも、必死に平静を装い、当たり障りのない言葉を選んだ。


「い、いや…え、え~っと…その、何かの…子供の玩具の一部、なのでござろうか? 見た目的に、そういった雰囲気を感じるのでござるが…」


貴史の言葉に、セウレラは少し残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して微笑んだ。


「そうですか…やはり、わたくしにもこれが何なのか、よく分からないのです。でも、こうして時折、見たこともない珍しい物が現れるのですよ」


「すご~い! セウレラ様、凄いですわ!」ルーナが目をキラキラさせて称賛する。「別の世界の物を出せるなんて、まるで魔法みたい!」


「ほほう、こんなに小さいのに、随分と凝った作りをしてますな。こんな珍しいもんを出せるなんて、確かに大したもんですぜ、お嬢さん!」ロードも感心したように頷く。


モウラも「へぇ、面白いじゃねぇか。それで、その『玩具』で何かと戦えるのかい?」と、戦士らしい視点で尋ねている。


セウレラは苦笑しながら首を横に振った。


「いいえ、戦いの役には立たないものばかりですわ。でも、わたくしはこの珍しいスキルのおかげで、ジンバリア王国の王様から、亡き父の伯爵の地位を継ぐことを許されたのです」


「範囲、というのはどういうことでござるか?」貴史は、自分の知るスキルとは異なるその特性に興味を引かれた。


「別の世界の物を呼び出す際に、キーワードを三つまで指定して、対象を絞り込むことができるのです。ただ、先程も申しました通り、わたくし自身も、何が出てくるのか、それが何の役に立つのかは、ほとんど分からないのですが…」


「それでも、凄いでござる! まさに唯一無二のスキルでござるな!」貴史は素直に称賛した。


「ええ。そして、こうして呼び出した珍しい品々は、ジンバリア王国の王立研究機関の方々が、研究資料として定期的に買い取ってくださるのです。それが、わたくしの主な収入となっておりますの」


セウレラはそう言うと、少し寂しそうな笑顔を見せた。彼女のスキルは、生活の糧にはなっているものの、彼女自身にとってはまだ未知の力であり、その価値を他者に委ねるしかないという側面もあるのだろう。


その後の夕食は、セウレラの屋敷の広間で、豪華なものだった。銀の食器に盛られた、見た目も美しい料理の数々。ププル村やルミラス村で貴史が出す丼とはまた違う、洗練された貴族の味がした。食事中、セウレラは貴史たちの旅の目的や、「どんぶりパーティー」の由来(主にルーナとロードが楽しそうに語った)などを興味深そうに聞き、時折楽しそうな笑い声を上げていた。


貴史は、目の前の華やかな料理を味わいながらも、セウレラの持つ不思議なスキルと、彼女の境遇に思いを馳せていた。そして、自分の「どんぶりマスター」というスキルが、直接的に人を笑顔にし、温かい繋がりを生み出す力を持っていることを、改めて実感するのだった。


セウレラ・アリンスカという、美しくもどこか謎めいた伯爵令嬢との出会い。それは、サウルナ街での貴史たちの冒険に、新たな彩りと、そして波乱を呼び込むことになるのかもしれない――。

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