EP 20
シルバーベア討伐の興奮も冷めやらぬルミラス村の朝。小鳥のさえずりが心地よく響く中、宿屋の一室で、ルーナがパンと手を叩き、何かを思いついたように目を輝かせた。
「ねぇ、シリウラ村長さんに聞いてみましょうよ! この村に、まだ怪我をしている人や、何か困っている人はいないかしらって!」
その言葉に、まだ眠たげな目をこすっていた貴史は「へ?」と間の抜けた声を上げた。
「ど、どうしたの? ルーナたん、急に…」
すると、部屋の隅で大きなあくびをしていたロードが、ニヤリと貴史を見た。
「貴史はん、もうお忘れですかいな? あんたさんのその不思議なスキルは、『善行』を積まんとポイントが貯まらへんのでっしゃろ?」
「そうよ!」ルーナも力強く頷く。「シルバーベアを倒したからって油断は禁物! 次の美味しい『どんぶり』のためにも、しっかりポイントをゲットしておかないと!」
その隣では、モウラが腕を組み、ふむ、と満足げに頷いていた。
「その通りだ。昨日の鰻丼も美味かったが…今日の昼飯は、さらに特別な『どんぶり』が期待できるってことだな、タカシ?」
三者三様の期待に満ちた視線が、貴史に突き刺さる。
(うぅ…完全に食の奴隷と化しているでござる…拙者の意思はどこへ…)
貴史は心の中で涙を流したが、仲間たちのキラキラした瞳に逆らえるはずもなかった。
早速、一行はシリウラ村長のもとを訪ねた。ルーナが単刀直入に尋ねると、村長は「え? ああ、怪我人ですか…はい、シルバーベアの件でではありませんが、日々の暮らしの中で、小さな怪我をする者や、ちょっとした困り事を抱えている者はおりますが…?」と少し戸惑った様子を見せた。まさか、高名な(?)魔物討伐隊が、村人の日常の世話まで買って出てくれるとは思ってもみなかったのだろう。
「でしたら、ぜひお手伝いさせてください!」ルーナがにっこり微笑む。
村長は恐縮しながらも、一行を村の小さな診療所へと案内した。そこには、数人の村人が、畑仕事で痛めた腰をさすっていたり、子供が木から落ちて擦り傷を作ったりと、まさに「日常の困り事」を抱えて集まっていた。
「さぁ、貴史! ここがあなたの腕の見せ所よ! 私もお手伝いするから、みんなを元気にしてあげましょうね!」
ルーナに背中を押され、貴史は白衣を着た(ように見える)老婆――診療所の主である薬師のバーバ・リリィの手伝いをすることになった。
(な、なんで拙者がこんな…これじゃあ、異世界に来てまでアルバイトじゃないでござるかー!?)
貴史は内心で絶叫しつつも、リリィ先生の指示に従い、薬草をすり潰したり、軟膏を塗ったり、包帯を巻いたり…と、慣れない手つきで治療の手伝いをこなしていく。
不思議なことに、昨日よりもスムーズに体が動き、ルーナやナーラから教わった知識が自然と頭に浮かんでくる。そして、一人、また一人と治療の手伝いを終えるたびに、頭の中にあの心地よい(?)システム音声が響いた。
《――腰痛患者への薬草湿布の手伝いを確認。善行とみなし、丼ポイントを15ポイント加算します――》
《――子供の擦過傷への消毒と軟膏塗布を確認。善行とみなし、丼ポイントを10ポイント加算します――》
《――農作業中の切り傷の縫合補助を確認。丼ポイントを20ポイント加算します――》
「お、おお…! 意外と…いや、かなり効率よくポイントが貯まっていくでござる…!」
貴史は、自分の行動が確実にスキルに繋がり、そして何より、治療を受けた村人たちの安堵した表情や感謝の言葉に、少しずつだがやりがいのようなものを感じ始めていた。
…とはいえ、午前中みっちりと続いた「診療所アルバイト」は、貴史の体力を容赦なく削り取っていった。
「はぁ…はぁ…つ、疲れたでござる…もう、指一本動かせませぬ…」
昼過ぎ、貴史は魂が抜け殻になったように、屋台の椅子にぐったりと座り込んでいた。
そんな貴史を、仲間たちは期待に満ちた瞳で見つめている。
「さぁ、貴史! 今日のランチは何かしら? ポイントもたくさん貯まったんでしょ?」ルーナがわくわくした様子で尋ねる。
「はよはよ、ご主人! ワテ、もう腹ペコで倒れそうですわ!」ロードが大きな尻尾をパタパタとさせている。
「頼むぞ、タカシ! 午前中頑張った分、とびっきり美味いヤツを期待してるからな!」モウラがゴクリと喉を鳴らす。
(うぅ…この人たちにとっては、拙者の頑張りは全て丼のための布石でしかないのか…)
貴史は暗く淀んだ気持ちを抱えながらも、よろよろと立ち上がり、右手を重々しく掲げた。その表情には、いつもの中二病的な輝きはなく、どこか虚無感が漂っている。
「…冥府魔道より蘇りし、赤き月光に染まる海の覇者よ…飢えたる魂に、一時の安らぎと血の洗礼を…いでよ…絶望赤黒鉄火丼デスペレーション・クリムゾン・テッカ・ボウル…」
力なく呟かれた詠唱と共に、屋台の上に、鮮やかな赤身のマグロがたっぷりと乗った鉄火丼が、物悲しげに(貴史にはそう見えた)出現した。
しかし、仲間たちの反応はいつも通りだ。
「わぁ! マグロのお刺身がいっぱい! 美味しそう!」ルーナが歓声を上げる。
「おおっ! この赤身の艶やかさ! たまりまへんなぁ!」ロードが涎を垂らしそうだ。
「へぇ、今日は刺身か。さっぱりしてて良さそうだぜ」モウラも満足げに頷く。
「「「「いただきまーす!」」」」
ルーナたちは、新鮮なマグロの旨味と、特製の醤油ダレ、そして酢飯のハーモニーに舌鼓を打つ。
「ん~! やっぱり貴史の丼は最高ね! マグロがとろける~!」
「こりゃまた絶品ですわ! ご飯がどんどん進みますなぁ!」
「ああ、美味いな。昨日の鰻も良かったが、こいつもまた格別だ」
その中で、貴史は一人、どんよりとした目で鉄火丼を口に運んでいた。
(…美味い。美味いでござる。しかし…なぜか、ほんのりと血の味がする気がするでござる…これは、マグロの鉄分か? それとも、拙者の汗と涙の味でござるか…?)
食後、満ち足りた表情の仲間たちを前に、ルーナが再びキラキラとした瞳で提案した。
「さぁ、貴史! 午後も困っている人たちを助けに行きましょう! もっとポイントを貯めて、夜はさらに豪華な丼よ!」
その言葉に、貴史はついに心のダムが決壊した。
「いやあああああ! もう嫌でござるぅぅぅ! 拙者は飯炊きロボットじゃないでござるぞーっ!」
「おやおや、ご主人、何を言うてますのん?」ロードが不思議そうに首を傾げる。「次は一体、何の丼が出てくるんかいな~? ワテ、楽しみで仕方ありまへんわ!」
「ああ、そうだな。タカシ、夜は肉系がいいぜ。ガッツリ食えるやつを頼む」モウラも当然のようにリクエストする。
貴史の悲痛な叫びは、ルミラス村ののどかな午後の空に虚しく響き渡り、仲間たちの尽きることのない食欲と、次なる丼への期待の声にかき消されていくのだった。
田中貴史の「人助け→絶品どんぶり→人助け…」という、幸せ(?)の無限ループは、ララリララ大陸で、まだまだ始まったばかりなのである。
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