EP 13
祭りの喧騒と猛牛の戦士
モウラは、貴史から差し出された大盛りのカツ丼を受け取ると、木の匙スプーンを豪快に突き刺し、大きな口で次から次へと頬張り始めた。サクサクの衣が小気味よい音を立て、甘辛い出汁の染みたジューシーなカツと、ふんわり卵、そして熱々のご飯が、彼女の口の中で至福のハーモニーを奏でているのだろう。
「んぐっ、んぐっ……うめぇ! こりゃたまんねぇな! アタイ、こんな美味いモン食ったことねぇぞ!」
時折、そんな言葉を漏らしながら、モウラはあっという間に一杯目を平らげてしまった。その食べっぷりは、見ているだけで気持ちが良い。
サンダが、興味深そうに腕を組みながらモウラに声をかけた。
「ほう、お嬢さん、牛耳族とはこの辺りでは珍しいな。どこから来たんだい?」
「んあ? ああ、アタイかい? ちょっと野暮用で旅してるのさ。アタイみたいな旅の一人や二人、大陸にだっているだろうよ」
モウラはドンと空の丼を置くと、口の周りを豪快に手の甲で拭った。
「まぁまぁ、ねぇちゃん、うちのご主人のカツ丼、ええ味やったやろ?」ロードが得意げに割り込む。「どや、もっと食うか? ポイントなら、こないだのゴブリン騒ぎでごっそり稼いだから、心配いらんで!」
「おう! もらえるもんはもらっとくぜ! おかわりだ、兄ちゃん!」
モウラの威勢のいい声が屋台に響く。
「しょ、承知つかまつったでござる!」貴史は再び気合を入れ直し、右手を掲げた。「月影まばゆき夜に舞い降りし、至高の食の使徒よ! 再び我が呼び声に応え、その黄金の輝きを現出せよ! いでよ! 満腹必至・神速カツ丼チャージィィィング・ソウルッ!!」
またしても大仰な詠唱と共に、熱々のカツ丼がモウラの前に出現する。
「もうええっちゅうねん、その長い呪文! 普通に出さんかい、普通に!」
ロードの的確なツッコミが飛ぶ。その横で、ルーナはクスクスと肩を揺らして笑っていた。
モウラは、そんな貴史とロードのやり取りを面白そうに眺めながら、二杯目のカツ丼にも勢いよく食らいついた。そして、少し落ち着いたのか、貴史に向き直る。
「へぇ、お前さん、なかなか面白い奴だな。アタイ、気に入ったぜ。名前は何てんだい?」
「へ? あ、拙者は貴史…たなか たかし、と申す者でござる。お主は?」
「アタイはモウラだ。見ての通り、牛耳族の女戦士さ!」モウラはドンと自分の胸を叩いた。その筋肉質な腕と、腰に差した棘付きメイスと片手斧が、彼女の言葉を裏付けている。
「か、カッコいいでござるな!」貴史は目を輝かせた。元中二病の血が、勇ましい女戦士という存在に激しく反応している。「まさにアマゾネス! 古代ギリシャの伝説に謳われし、勇猛なる女戦士団とは、きっとモウラ殿のような方のことを指すのでござるな!」
地球の知識を交えた、いささか的外れかもしれないが心のこもった称賛に、モウラは大きな手でガシガシと頭を掻いた。
「な、なんだい、よせやい。そんなに褒められると照れるじゃねぇか」
豪快な彼女も、さすがに少し顔を赤らめている。
その時だった。
「貴史さん…?」
それまで楽しそうにしていたルーナの声が、少しだけ低くなったのに貴史は気づかなかった。
「は、はい、ルーナたん? 如何なさいましたでござるか?」
無意識に「たん」付けで返してしまい、貴史はルーナの顔を覗き込む。ルーナはぷいと顔をそむけ、少し唇を尖らせていた。
「……もう、知りませんっ!」
「へ? ル、ルーナたん!?」
貴史が戸惑っていると、ナーラが「あらあら」と優しく微笑んだ。
「ルーナったら、もしかして焼きもちを妬いてるのかしら?」
「ち、違いますっ! 全然違いますからっ! ちょっと、その…カツ丼の匂いでお腹がまた空いてきちゃっただけですからっ!」
ルーナは顔を真っ赤にして、必死に否定する。その姿は、誰が見ても可愛らしい嫉妬にしか見えなかった。
「ハッハッハ! こいつは面白い奴らだぜ! 賑やかで良いじゃねぇか!」
モウラは一連のやり取りを眺め、腹を抱えて笑っている。そして、二杯目のカツ丼も綺麗に平らげると、満足そうに息をついた。
「ごっそうさん! いやー、美味かったぜ! 心も腹も満たされたってもんだ!」
そう言うと、モウラは懐から銅貨を数枚取り出し、貴史の前にドンと置いた。
「釣りはいらねぇぜ、兄ちゃん! また食いに来るからな!」
嵐のように現れ、嵐のようにカツ丼を平らげ、そして嵐のように去っていくかと思いきや、モウラはふと何かを思い出したように足を止め、貴史とルーナ、そしてロードを意味ありげに見つめた。
その瞳には、新たな出会いへの期待と、何やら面白そうなことへの予感が宿っているように見えた。
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