第19話 それぞれの覚醒とコントロール
霞が話し終えると、ふぅ…と息をついて皆に視線を向けた。
「これで、全部。この姿も前に図書館の都市でみた女の子と一緒やし…。―たぶんやけど、私や未桜がみた幻覚は、過去にここで実際に起きてたこと、なんやと思う」
全員、なんと言っていいかわからないような顔をしていた。
しかし、これまで起きたことや未桜達の姿、確信めいた霞の言葉に誰も否定の言葉は発せなかった。
かおるが静かに呟く。
「霞の言う事は私もわかるよ」
「どういうこと?」
灯が尋ねた。かおるは一瞬目を伏せたあと、静かに顔を上げた。
「私も、視たんだ。幻覚を」
「かおるもね、未桜みたいに変わったんだよ!襲われた私達を助けてくれて!!かっこよかった!」
かおるに続いて、翔花が興奮した様子で、状況を話し始めた。
離れ離れになったあと、白髪の少女から攻撃を受けたこと。
追い詰められた時、かおるの姿が変わって、岩の壁で守ってくれたこと。
かおるの攻撃に白髪の少女が半泣きで逃げていったこと。
「この街が襲われてて人が逃げてる中、闘ってる自分と同じ顔した戦士のような姿が視えたよ」
かおるは自分の胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。
「自分とは関係ない場所のはずなのに、とても胸が痛かった。この街は自分が守らなくては、そう思ったよ」
「もしかしたら、さ」
美羽がポツリと話す。
「漫画とかみたいだけど!…前世…?みたいなもんなのかな?」
「前世…非現実的だけど、そうね。未桜や霞、かおるの3人が同じように幻覚をみて、不思議な力を使えるようになってるし…そう考えるのが一番しっくりくるわね」
灯は
「ほんなら…ここにいる全員、その、ここでの前世?で関係あるってことなんやろか…あの白髪の、女の子とかも…」
優が困惑した顔で皆を見る。だんだんと目を伏せ、声が小さくなっていった。白髪の少女の射抜くような目線と言葉を思い出したのか、優の瞳がわずかに揺れた。
「……ん、よし。とりあえず、考えても答えでないし!一度戻らない?図書館に!」
未桜が重くなっていた雰囲気を破るように明るい声で言う。
「お腹すいたしさ!」
ニカッと未桜が笑うと、皆の顔にも自然に笑みが浮かんだ。
「確かに!!なんも食べてない!あ!お腹なった!」
翔花がお腹を抑えて大げさな表情で訴えた。
「じゃあ、私地図出すね。またあの祭壇みたいなところから戻れるよね」
凪がスマホを出して地図を見た。
皆が頷き、ワープ門へ向けて歩き始めた。
―皆の少し後ろを歩いていたかおるは、荒廃した都市を振り返り、わずかに眉を寄せた。
先ほどの激闘が嘘のように、崩れた建物の隙間を、風が静かに吹き抜けていく。
かつてあっただろう活気は一切感じられない。
―幻覚でみたオレンジ髪の騎士。
その背に
「…守れなくて、すまない」
そう呟くと、ぐっと唇を咬み、踵を返して皆の元へと急いだ。
―――
8人が狼と月の都市の図書館に戻った時には、夕暮れになっていた。
静かに佇む時計塔に、オレンジの陽光が反射して穏やかな風が吹いている。
最初は警戒していた街並みも今は見慣れた景色だ。
まだ短い期間とはいえ、拠点にしている場所に戻ってきた安堵感が全員を包んだ。
「あたしさ!試してみたいことがあるんだよね!」
未桜が図書館で思い思いにくつろいでいる皆をみて、明るく弾んだ声で伝える。
みんなが疑問符を頭に掲げて未桜を見た。
「あたしあの姿になったら、火が使えるじゃん?これで焚き火つけられないかなって!」
ワクワク!という擬音がピッタリ。
というくらい未桜は楽しそうな声で外を指差す。
「いいじゃん!試してみようよ!!」
「わたしもみたーーい!」
翔花と美羽が提案に乗った。
「もう…こんな状況なんだし、あんまり不用意にあの姿になって何かあったらどうするの?」
灯が子どものようにはしゃぐ3人を
「いいんじゃないか?」
かおるが穏やかに言って、灯の肩に手を置いた。
「窮地にならないと姿が変わらないのか、それとも自分でコントロールできるのか試しておくに越したことはないと思うよ」
「それは…そう…かもしれないけど」
灯も渋々納得したようだ。
「ナイスフォローかおる!灯、心配してくれるのは嬉しいけど、身体も何もないから大丈夫だよ!使えるなら使わないと損っしょ!」
未桜がかおるへ親指を突き立て、灯へニカッと笑う。
全員で外へでて、余っていた枝をかおるが組み立て、未桜を振り返る。
「未桜、いいよ」
「よっしゃ!」
未桜は目をつむり、赤髪の騎士へと変化を試みた。
「………?あれ……?」
姿が変わらない。
「変わらないね?」
凪が首を傾げる。
「やっぱピンチにならないと、あの姿なれへんのやろか?」
優も凪と同じ方向へ首を傾げる。
「なにか変化するのときになる感覚?の共通点みたいなものはあった?」
灯が唸っている未桜へ尋ねる。
「うーーん?最初もさっきも必死だったからなぁ〜!かおる!霞!なんかわかる!?」
未桜が変化ができる2人へ投げかけた。
「感覚か…私も必死だったからな…」
かおるも
霞がポツリと、呟いた。
「感覚…というより、なんとなくだけど」
未桜の前に立つ。
ふわっと紫の光が霞を包み、紫髪と濃紺のローブへと変わる。
「すご!霞1発!?」
「霞のその姿やっぱちょーかわいいー!」
美羽が前のめりで霞を見る。翔花がはしゃぎながら霞に抱きついた。
翔花をうっとおしそうにしながらも、少し照れたように霞は口ごもり、続けた。
「―"もう一人の自分"を受け入れるというか…自分の意思でこのローブの重さや、私の場合は闇魔法の力を使う…みたいなのを感じるっていうか…今の自分と重ねる…そんな感じやと思う」
「わぁお!霞ちゃん詩的ー!素敵ー!」
翔花が霞の頬に自分の頬をスリスリとしながら褒める。
「スリスリすんなや!あと暑い!」
霞が翔花を引き離した。
「かー!そういう抽象的な感覚を理解するの、あたしちょっと苦手なんだよねー!」
未桜が天を仰いだが、よし!と仕切り直すように目を瞑る。
「重ねる…重ねる…!」
ブツブツと呟く未桜。周りも真剣な表情で見守る。
―未桜が胸に手を当て、自分と同じ顔をした赤髪の騎士と炎の熱さを思い出す。
―あれは、私。あの炎も、私の力…!怖くないし!熱くない!
フワッ
赤い光が未桜を包み、赤髪の騎士へと姿が変わった。
「―やった!!できた!!!」
赤髪の未桜がぴょんっと嬉しそうに跳ねる。
「やったやん!未桜!すごい!」
優が目を輝かせて言った。
「かっこいいー!!未桜、早く火付けてみてー!」
美羽が焚き火を指差す。
「しゃー!いくよー!!」
未桜が焚き木に右手をかざした。
未桜の赤い瞳が煌めく。
瞬間
ドンッッッ!!ボワァッ!!
全員の背丈よりも高い火柱が上がった。
「おおぅ…」
まぬけたような困惑したような声は誰の声だったか。
呆気にとられ、目が点になる8人。
「ちょ!未桜!!火が強すぎるよ!!枝が全部灰になっちゃう!!」
はっ!と我に返り、未桜を止める凪。
未桜慌てて右手を引っ込めると火柱が消えた。
「あちゃーー!灰になってる。消し炭ってやつだね!」
翔花が枝だったものに近寄っておどけたように皆を振り返った。
「んーーコントロールはやっぱ難しいみたいだね」
かおるは
「変わるのもイメージならコントロールもイメージなんじゃないかしら?炎だし、つまみで調節するような感じかしら?」
灯が未桜をみて、つまみを
「私はコンロか!…いやまあでも、やってみるしかないね」
「でもまた枝拾ってこないと火を付けるものないで?」
優が消し炭になった枝をみた。
翔花がしゃがみ込んでツンツンと灰をつついている。
「私もやってみよう」
かおるが手を上げた。
「やるって何を?」
凪が尋ねる。
「私の力は岩とか木とか、大地や植物に関するものみたいだから、拾いに行かなくてもどうにかならないかなって」
そういうとかおるは腰に左手を当てて、目を静かに閉じる。
霞のアドバイス通り、もう一度あの時のオレンジ髪の騎士を思い浮かべる。
―土や岩の感触、木々のざわめき、すべてが自分の味方だ。
ドクンと鼓動が響く。
「おお!かおるも1発成功じゃん!」
翔花の弾んだ声が聞こえ、かおるは目を開いた。
姿はオレンジ髪の騎士の姿へ変わっている。
「なるほど。確かにちゃんとイメージして、自分と一体化するみたいな感覚だね」
金色の
「ほんなら枝出せそう?」
優がまた目をキラキラさせている。
「やってみる」
かおるが、図書館横の草原へ両手をかざして目を閉じた。
ざわっと草や土の香りがあたりを包む。
地面が微かに揺れ、空気が震えた。
ドンッッッ!!!
「おお…!これは!」
美羽が感嘆の声をあげた。
「枝じゃなくて、木、ね」
灯が冷静に続く。
「いい日陰が増えたねー」
凪が木を見上げて喜ぶ。
図書館の横に立派な木が生えた。
「枝だけってのは、ちょっと、難しいかも…」
かおるは咳払いしながら、少し照れたように皆をみる。
「コントロールは思ったより難しいんだね。漫画みたいにパパッと使えるもんかと思ったけど」
若干がっかりしたような声色で、未桜が自分の赤い髪を
「いきなりは難しいんじゃないかしら。練習あるのみってことかしらね」
生えた木に手を置きながら、灯は呟く。
「そんな部活みたいなことある〜?」
未桜は尚もがっかりした様子で嘆いた。
「これ、
かおるが灯の隣に立って木を眺めた。
「枯れさせられないのかな?」
凪が思いついたように言った。
「枯れさせる?」
美羽が疑問符を浮かべて首を傾げた。
「うんほら、イメージって言ってたから。生やせるなら、枯れさせたり花咲かせたりとかできるのかなって」
かおるが凪の提案に頷く。
「やってみる価値はあるね。でも木を丸ごと枯らせたらまた失敗するかもしれないし、枝だけとってやってみるか」
「私木登り得意だよ〜!」
翔花が木に登ろうと、幹を掴んだ。
「私がやるわ」
紫髪の霞が、スッと前に出てきた。
「危ないから下がってて」
皆が木と霞から距離をとる。
霞が両手をかざすと、ピリッとした空気に変わり、霞の足元に紫の魔法陣が現れた。
「わっ!あの時の手!!」
優が驚き、初めてみた4人も
岩のヘビを投げ飛ばした、紫の腕が2本、地面の魔法陣から生えている。
「枝取ってきてや。なるべく多くね」
紫の腕が、主人の言葉に頷くように動いた。
にょーーーん
という効果音でも聞こえてきそうなほど伸び、紫の腕が軽くうねりながら木々の葉の間に入っていく。
木からパキパキと音がしはじめた。
枝を取り終えた紫の腕が、主人の前に丁寧に枝を重ねる。
「充分やな。ありがとう」
霞が紫の腕達にお礼をいうと、表情がないのに誇らしげにしているような気配がした。
そしてシュンッと魔法陣の中へ消える。
「便利な腕だね…!」
美羽が積まれた枝を取りながら霞を見る。
「かわいいやろ?」
霞は得意げに言った。
「いや…かわいくは…ないかも」
翔花は、あのうねうねと動いていた腕を思い出して、顔を引きつらせた。
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