第11話 目覚めの炎

朝の柔らかな光が、図書館の割れた窓から差し込み、埃の粒を黄金色に染めていた。

毛布代わりの布を手繰り寄せながら、一人、また一人と目を覚まし、おはよう〜!と声をかわしていく。

まだ少し肌寒い空気に、昨夜の焚き火の残り香がわずかに混じっている。

水チームの案内で時計塔へ行き、泉の水で顔を洗い、のどを潤した。

幻は見えなかったが、泉に浮かぶ水晶に食糧チームは感嘆の声を上げ、美羽は泉をすごーーい!と周りをぐるぐると回って観察していた。


束の間の朝の平和な一時を8人は過ごした。


「今日は、まだ行ってない方に行ってみよう」


昨日の保存食であるパンを軽く全員でつまみ、一息ついたところで

未桜が声をかけると、全員が頷く。


図書館から出て、未桜や灯がまだ探索していなかった方向へ歩みを進める。


建物がたくさんあった街並みから段々と石畳や草木が増える道に入っていった。


「この先は草が多かったから、私たちも行かなかったんだけど、調べるなら隅々まで見たほうがいいと思う」

灯がこの辺りの草の多さを説明しながら前に進む。


石畳の道を外れ、足を踏み入れたのは、背丈ほどの草木が生い茂る小道。

露で湿った草葉が足元を擦り、ぱさり…と種が落ちる音がした。

やがて行き止まりのように高い壁が立ちはだかる。


「…道、終わり?」

翔花が首をかしげる。


「周りも壁みたいだし、どこか扉とか門とかあるかと思ったけど」

美羽もキョロキョロとしながら歩き回る。


「あ、まって。みんな!あれ見て!」

未桜が、壁の奥にのぞく灰色の輪郭に気づいた。


草をかき分けると、そこには苔むした石造りの門があった。


「門…?でもその先の道はないよね?」

凪が未桜の後ろから顔をだして門を観察する。


まるで関所のような形をしているが、その先に続く道はない。

門をくぐると、広がっていたのは祭壇のような石畳。


「ゲームとか、アニメとかでみる関所みたいね。でも関所なら続く道があるはずだけど、階段と、あとは、祭壇…?」

灯は数段しかない階段の上に続く広い石畳の祭壇を訝しげに見ていた。


「この門の上、なんや掘られてるなぁ…神殿でみたマークみたいなのとはちゃうみたいやけど、動物?狼やろか?」

「ほんとだ〜!横向きの狼みたい、あと三日月?かな?周りに霧がかかってるみたいだねー!」

優と翔花が門の上にある意匠をまじまじと見る。


門の中央には、神殿で見たものとは違う紋章――狼の横顔とその頭上に三日月をあしらった意匠が彫られていた。


「これ…魔法陣…?」

霞が灯の後に祭壇に登ると、石畳に魔法陣のような模様が刻まれていた。

「なんでこんなところに?やっぱ祭壇で、関所じゃないのかな?」

かおるも後に続いて祭壇へと登り、片膝をついて魔法陣をみる。


その言葉に、全員が祭壇の魔法陣のところへとやってきた。


「この魔法陣って、霞がみたのと同じ?」

美羽は霞に尋ねる。

霞はしゃがみ込み、じっと幻でみた魔法陣の記憶を思い出しているようだ。


「いや…これとは少し模様が違かったような」


霞が魔法陣に手を触れた。


瞬間


白い光が一瞬で全員の視界を覆った。


「えっっ!!?」

「なに!?」

「ちょ!霞なにしたの!?」

「何もしてへん!」


全員があまりの眩しさに目を瞑る。

グワン!!と平衡感覚が揺らぐ感覚がして、立っているのか倒れているのかもわからなくなった。


―――


「あれ…?おさまった…?」


眩しさと、グラグラとした感覚がなくなり、凪はおそるおそる目を開けた。

先ほどと同じ祭壇に8人は立っている。


「なんだったんだ…さっきのは」

かおるがいぶかしげに周りを見渡す。


「うぇ…酔った」

翔花が胸を押さえて気持ち悪そうに唸る。

「光ってグワングワンしたけど、変わってないよね?」

美羽が翔花の背中をさすりながら、全員に尋ねた。


その言葉に優がトン!と階段から降り、上を見る。


「あ…!ちゃう!みんな見て!マーク変わっとる!」


門の紋章は変わっていた――先ほどの狼と月の紋章ではなく、今度は炎の翼に包まれたライオンの顔の紋章だった。


「…場所、変わったってこと?」

「ワープ?…もうなんでもありね。ここは。場所が変わったなら周りをみてみましょう」

未桜と灯が困惑しながらも先導を切り歩いていく。


警戒しつつ門を出ると、目の前に広がったのは岩肌の山々。

風が運んでくるのは鉄のような匂いと、乾いた土の粉っぽさ。


「なんだか…鉱山っぽい感じね」

灯がつぶやく。


朽ちたトロッコや錆びた採掘道具が、鉱山だったことを物語っていた。

「…」

未桜は立ち尽くし、何かを思い出すようにぼんやりしていた。

「未桜?」


美羽が声をかけた瞬間、未桜は駆け出した。


「あ!ちょっと未桜!みんな!未桜行っちゃった!」

美羽が慌てて他のメンバーへ声をかける。


追いかけた先にあったのは、荒れ果てた街。

かつて鉱山採掘と加工で栄えたであろうその街には、倒れた機械や空っぽの作業場が並んでいる。


「ハハ…」

未桜が薄く声を漏らし笑った。


「これが…霞や美羽の言ってた“知ってる感覚”ってやつかも」

未桜が、頭をかいた。


後ろから追っかけてきた7人を見て、声をかける。


「ごめん。なんかここ知ってるかも。って思ったら確かめたくて走っちゃったわ」


未桜が申し訳なさそうに、しかし、少し嬉しそうな顔で7人を見る。


「それって…未桜はここを知ってる感じがするってこと?霞とか美羽みたいに」

灯が驚きつつも問いかける。


「霞達みたいに何か見たとかじゃ全然ないけどね!でもなーんか見たことあるくね?って感じだね」


未桜は腰に手を当て、周りをぐるっと見渡しながら話す。


まるで地元に帰ってきて、なーんも変わってないな!と言いながら見渡している。そんな雰囲気を凪は未桜から感じた。


「とりあえず、この場所は未桜に関係があるのかもしれない。みんなで見て回ってみよう」

かおるが提案した。



その時。




「やっときた〜〜〜〜!」


甲高い声が、乾いた風に乗って響いた。

全員がハッと声の方へ振り返る。



少し高くなった丘の上。

逆光に照らされ、二つの影がゆらりと揺れている。


一人は太陽の光を反射して眩しく輝く金髪ツインテールの少女。

笑っているはずなのに、その目は氷のように冷たく光っていた。


もう一人は深い赤紫の長髪を風に揺らし、まるで闇をまとったかのような雰囲気の長身の女性。

その周囲だけ、空気がじわりと冷えていくような感覚が広がっていた。


「やぁっとこの島に来たのに、ほんっとに遅くない?

だーれもちゃんと思い出してないなんて、ほんっとグズだね!!」


金髪の少女は無邪気な笑顔で言葉を投げつける。

その笑顔の裏に潜む、獲物を見つけた肉食獣のような光。


「誰?あんたら」

未桜が眉間にしわを寄せながら問いかける。


「教えてあげな〜〜い!知りたいなら早く思い出せば?」


金髪の少女は、意地悪な、しかし楽しんでいるような笑顔で答える。


「なんなのあの人ら、服装も変じゃない…?それこそファンタジーみたいな…」

美羽がつぶやく。


金髪の少女は黒と黄色が特徴的な、ノースリーブと短パンにブーツ。

赤紫髪の女性は、赤紫と黒が基調の長いローブのような上着にロングスカートという、変わった服装をしていた。

およそ現代的な服装ではない。ゲームキャラクターが着ていそうな―軍服のような服装だった。


「やっと私達以外にも人がいたって喜びたいところだけど、明らかに危険そうな感じがするわね」

灯も焦ったような表情で2人を見つめている。


赤紫の女性が一歩前に出る。

ため息をついて8人を睨んだ。


「このままじゃ…こちらの目的を果すまで時間がかかりそう。…私、時間の無駄は嫌いなの」


「やっぱりさ!人は自分の命の危機には、火事場の馬鹿力がでるってもんだよねー?ねぇ?」


「だ・ん・ちょ・う・さ・ま?」

甲高い声で金髪の少女が獰猛に笑った。


8人は気圧され、"命"という単語に身が強張る。

だんちょうさま、という言葉も誰にかけられたものか分からなかった。


赤紫髪の女性が静かに8人へ手をかざすと、その手から赤紫のオーラのようなものが現れ、魔法陣を描いた。


魔法陣から闇が溢れる。


溢れた闇が形を成し、地面から這い出てくるように、真っ黒な兵隊たちが次々と現れた。


「ひっ…!!!」

「なにこいつら!!」


禍々しい容姿と手に持った剣に、全員がたじろいだ。


「懐かしいでしょう…?」


赤紫髪の女性が目を細めて笑う。


「懐かしい…!?」

凪が困惑しながらも、周りを囲む兵隊たちを見る。


兵隊たちがジリジリと8人に距離を詰めていく。


かおるがとっさに足元にあった石をつかみ、目の前にいた兵隊へ思い切り投げつけた。

兵隊の頭にあたり、よろめく


「いまだ!!みんな逃げるよ!!」

かおるの一言で全員が駆け出す。


兵隊達が戦闘態勢へと変わり、追いかけ始めた。


「私もあっそぼ〜〜っと!ここ広いからたくさん遊べるね!」

金髪の少女は愉しげに声をあげると、ぴょんっと身軽に跳ね、兵隊達の元へと駆けていった。


―――


息が荒い。

喉が焼けるように痛い。

肺が破れそうだ。


「はっ…はっ…っ!後ろからきてる!!みんな!追いつかれないで!」

未桜の声は、すでにかすれていた。


背後から響く――ガシャガシャと鎧の擦れる重い音。

ドス…ドス…と地面を踏み鳴らす鈍い衝撃。

そのリズムがじわじわと近づいてくる。


「な、なんなのこれー!!訳わかんないー!!!」

翔花の悲鳴が、乾いた空気に溶けた。


全員の背中に、影が伸びてくる。

陽光を遮るその影は、人の形をしているはずなのに、どこか歪んでいた。

振り返れば、空洞のような真っ黒な顔。

その奥で、かすかに何の感情も持ちえていないような赤い光が揺らめいている。


「速い…!逃げ続けても追いつかれる!武器になるもの探そう!隠れられる場所があったら隠れよう!」

かおるの声は冷静さを装っていたが、指先はわずかに震えていた。


石畳はひび割れ、靴底に小石が入り込んで足が取られる。

街の壁の隙間から、砂ぼこりが風に乗って顔へ叩きつけられる。

それでも止まれない――止まった瞬間、後ろの化け物に捕まる。


カンッ!!

黒い兵隊の剣が、すぐ後ろの建物の壁をかすめた。石片が未桜の耳元をかすめ、熱い線を引く。


―やばい…!もう距離が…!―


未桜は走りながら街を見渡した。

手にできそうな鉄の棒も、木材も見当たらない。

背中越しに迫る気配が、皮膚の上を這い上がってくるようだ。


そして――


「は!?」


振り返った瞬間、一瞬炎が目の前で

揺らいだように景色が歪んだ。兵隊たちの姿と重なって、別の光景が一気に脳へ流れ込んだ。


―焦げるような匂い、炎に包まれた街、耳をつんざく悲鳴。

―そして

逃げ惑う人々とは反対方向へ走り、

赤髪の騎士が大剣を振り回し、黒い兵隊を斬り倒していく。

強い意志を目に宿し、次々と兵隊を斬っている赤髪の女性の顔が、見えた。


「あたし…と同じ顔…!?」


未桜が足を止めかけた、その時――


「いたっっ!!!」


優が足を取られて、崩れるように地面へ倒れ込んだ。


未桜は現実に引き戻された。

先ほどまで見えていた逃げる人々や炎に包まれる街は消えていた。


「優っ!!!」

霞が焦って、転んだ優へ声をかける。


「危ない!!逃げて!!!」


優の真後ろへ黒い兵隊が近づいて来ていた。

優は起き上がろうとしているが、恐怖のためか震えて上手く立てないようだった。


「優っ!!」

「くそ…っ!」


かおるが何か投げれそうなものを探している。


未桜も逃げるのをやめ、優の方へ駆け出そうとした。



ゾワッ



また悪寒と揺らめく炎のような揺らぎともに、優と黒い兵隊に、映像が重なる。


―焦げた匂いと焼けた建物。逃げている人々の叫ぶ声。先ほどよりも迫ってきている身も焼け付くような熱。

―目の前には年端もいかないボロボロの服に身を包み、転んで泣いている少女。

その上から剣を振り下ろそうとしている黒い兵隊。


映像が見えた刹那、未桜は駆け出していた。

手には何の武器もない。なんの策もない。


頭では無謀だと分かっていながら、体が勝手に動いた。


このわけの分からない映像の少女も現実の優も、未桜にとって見過ごすわけには行かなかった。


それは未桜の中にある、剣道を志した、力をつけて強い自分でありたいという信念からだったのかもしれない。


「ひっ…!!助けてっ…!!」


兵隊の剣が優へ振り下ろされる――


映像の中の少女の泣き叫ぶ声と、優の叫びが重なって聞こえた


「させるか!!!」


未桜が優と黒い兵隊の間へ飛び込んだ。

腕で顔をかばいながらも、優を守らなくては。

その1点のみで。


「「未桜っ!!!」」


未桜の無茶な行動に、周りの全員が悲鳴にも似た声で叫んだ。


未桜自身も目を瞑ったその瞬間


カッ!!と赤い光が未桜を包んだ。



―熱い!?―



未桜は手のひらに強烈な熱を感じた。



ガキンッッッ!!!!!



刃と刃が火花を散らし、

撃ち合う音が響いた。


黒い兵隊の禍々しい剣を、銀色に煌めく大剣が、相対して抑え込んでいた。


「!!!」


黒い兵隊が押し負けて後ろへ飛び退る。


未桜の手の中に現れたのは巨大な大剣。

柄には赤い炎のような意匠。

未桜の足元には、未桜を取り囲むように炎が走る。


「…!なるほどね………!なんとなく分かったよ!!―ここは私の、街だ!!」


未桜が手の中にある大剣と足元の炎を見て、何かを確信したのかニッと笑った。


「み、未桜………?そ、れは…?」


震えた声と見開いた目で優が未桜を見る。

他の全員も唖然とした顔で言葉を失っていた。


チラっと未桜は優の無事を確認すると、


「とりあえずあとあと!今はあたしに任せて!優は皆のところに行って!」


未桜の笑顔をみた優は頷き、後へと駆けていく。

未桜はふっと目を閉じた。


周りの音が一瞬、遠くなり、未桜は自分の心の底に熱い、しかし暖かい炎が揺らめくのを感じた。


目を開けた未桜の瞳は茶色から、赤く光る瞳へと変わっていた。

足元を回っていた炎が、未桜を中心に巻き上がる。


―未桜の姿が変わっていった。


銀色の胸当てに、炎を纏うライオンの紋章が刻まれ、脈打つように赤く輝く。

両肩にも銀を基調とした肩当て。

鉄の装甲が付いた革のグローブが大剣の柄を握る。

足元は無骨なブーツで、蹴りにも使える金属の突起が光っていた。


そこに制服を着崩していた現代的な少女の姿は、もうなかった。


「―まだよくわかんないけどさ…。これなら負ける気がしないね」


切っ先を黒い兵隊へ向け、ニッと笑う未桜。


「全員たたっ斬ってあげるよ!」



燃えたようなマントの裾が風に翻り、炎が揺らいでいるように見えた。


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