第6話 異世界から来たアイドル 2

 くーねは気を失ったまま、静かにその場に倒れていた。


その背後には彼女が作り出した巨大な抉れた通路だけが残されている。まるで世界を真っ直ぐ貫いたかのような一筋の道だった。


 エイタはその光景を見つめて、乾いた笑いをこぼした。


「はは、無事に外に出れたな、俺たち」


 ミカも苦笑いでそれに応じる。


「えへへ・・・私たちの苦労ってなんだったんだろ。それにこの子、くーねたん?だっけ、 何者なんだろう?」


 倒れた少女を見下ろしながら、ミカが首をかしげる。


「うーん。普通の人じゃないのは確かだろうけど」


「リアル魔法少女だもんね。普通の人はこんなこと、できないし、、、」


 抉れた地面に目を向けるミカ。その視線には驚嘆よりも、呆れに近いものがあった。


「でも、このまま放っておくわけにもいかないよね。どうしようか」


「ずっと地面に寝かせっぱなしってのも、可哀そうだしな」


 周囲を見渡していたミカが、ふと何かに気づいて指をさす。


「あっ、エイタ君! あそこ見て!」


 視線の先には崩れかけた保健室があった。部屋の半分がくーねの攻撃によって無くなっているが、外からでも中のベッドが見える。


 エイタもその哀れな保健室を見つけ次の行動を決める。


「よし。じゃあ、ちょっと運ぶか」


 エイタはそっとくーねをお姫様抱っこの形で抱き上げる。


「エイタ君、大丈夫? 私も手伝おうか?」


「平気だよ。この子、驚くくらい軽い」


 すると、隣でミカが少し不満そうに唇を尖らせた。


「私だって、そんな重くないし・・・」


そのつぶやきに、エイタが気づくことはなかった。



-------------------------



 保健室にあったベットにくーねを寝かせて、ようやく一息つくエイタとミカ。


 夜風が壁の無い保健室を無遠慮に通り抜けていく。


 くーねはすうすうと、穏やかな寝息を立てている。


「とりあえず、この子が目覚めるまではここにいようか。無暗に動くのも危ない気がする」


「うん。なんかもう・・・どうなっちゃったんだろうね、この世界」


 エイタは外の闇を見つめる。破壊された校舎、巨大な破壊があったにも関わらず誰一人来ない学校。


 世界から、自分たちだけが取り残されたような錯覚すら覚える。


「この子、よく見るとボロボロだな」


「うん。目立ってないけど、傷もいっぱいある」


 服は破れ、ところどころに小さな擦り傷や裂傷がある。


あれほどの力を持っていながら、こんなに傷ついている――それが何を意味するのか、いったい何があったのか。


 沈黙が流れる中、ミカがふと「あっ」と声を上げた。


「ん? どうした?」


「うーん、、気のせいかも? なんか動いた気がして・・・」


 そう言いながら、くーねの制服のポケットを指さす。


「たしかに、なんか膨らんでるな。ここが動いたの?」


「たぶん・・・」


 その瞬間だった。ポケットの膨らみが、もぞもぞと動き始めた。


「わっ、やっぱり動いてる! な、なにこれ!?」


 ミカはくーねから思わず距離を取り、エイタもとっさに前に出て警戒する。


 ポケットから顔を出した”それ”は、、、カニだった。


手のひらに収まりそうなサイズで、丸っこくデフォルメされた姿。ぬいぐるみのようだが、明らかに生きている。


「へっ!?」  「わぁ!」


 素っ頓狂な声を上げるエイタと、目を輝かせて駆け寄るミカ。


「か、かわいい~っ! この子、かわいいよぉ!」


「お、おい、気をつけろって・・・」


「大丈夫だよ~、ほら見て。ハサミ、こっちに向けて威嚇してる~!。守ってるのかなっ!」


 エイタも近づいて見ると、カニは小さなハサミを構えて懸命にカチカチと鳴らしていた。


確かに倒れたくーねを守ろうとしている。ように見えなくもない


「この子、くーねたんちゃんのペットなのかも。」


「ペットって、確かにかわいいけどこれ、本当に生き物なのか?」


 動いてはいるが見た目が完全にぬいぐるみのカニはとても現実に生きている生き物には見えない。


「何言ってるのエイタ君!魔法少女物に可愛いマスコットはお約束だよ!」


「魔法少女って、俺はまだこの子が魔法少女だとは認めてないぞ」


「何をいまさら! あんなもの見せられてまだ信じてないの? まったくも~ほらカニちゃん、カチカチしてあげて~!」


 ミカがハサミを掴んで上下させると、カニも大人しくされるがままにされている。


 エイタは苦笑を浮かべた。


 確かにあれを目の前で見せられたら信じる以外にはないのだが、


「理解するのと納得するのは、別の話なんだよ」






 カニと戯れることで緊張が解けたのか、ミカはそのままくーねのベッドを枕にして座り込んで寝てしまった。


今日一日で、心も体も限界だったのだろう。


 エイタは外に出て、少し離れた窓辺に腰を下ろし、夜空を見上げる。


街灯も、家の明かりも、人工的な光がなにもない――そんな光景は皮肉にも、人生で一番綺麗な星空だった。


「なんだか、ものすごい1日だったな」


 地震から始まり、崩落、気絶、目覚めたと思ったらゾンビに追われ


そのあとは変な力を使うアイドルの登場。


 改めて振り返るととんでもない一日だ。


 もう何も考えたくないと、しばらくぼー、っと遠くを眺める。


 いったいどれくらい経ったころだろうか。コツコツと一つの足音が聞こえてきた。


 ゾンビか!? そう思って立ち上がった瞬間、そこにいたのは――くーねだった。


目が覚めたのか、と安心したエイタだったが、声をかけようとして、止まってしまう。


 


星空の下、彼女は、――泣いていた。




 星の明かりが、頬を伝う涙を照らす。


 小さい肩が微かに震えている。



 どうして泣いているのか。何を思って泣いているのか。


 そんなことは、今のエイタには考えられなかった。



 ただ、その姿が――



「・・・儚い」



 そう、心の底から思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る