狂世界・マーケットガール

イズラ

狂世界・マーケットガール -前編-

「……明日は、カラオケ行く?」

「……そーしよっか」

 何の変哲もない、女子高生たちの会話だった。

 だが、彼女らにとって、事態は数万倍の重さである。

 茶髪ポニーテールがトレードマークのリリカは、ただの鉄板と化したスマホをパタパタと仰いだ。

 金髪サイドテールのキミコは、ポテチの袋でキャッチボールをする。その相手は、黒髪ロングのリカ。両者、死んだ魚のような目をしている。

 そして、ひと際目立つ白髪おかっぱの仮峰かりみね。長椅子に座るリリカのそばに、ぼーっと突っ立っていた。

 その時、仮峰がふと口を開く。

「……ここ、コンビニだったりする?」

「……ちがうよ」

 リリカが即答すると、キミコが口を挟んだ。

「『MARKET』って書いてあったよね。英語で」

「……でも、スーパーマーケットにしては狭いし」

 仮峰は狭い世界をぐるっと見回し、疲れたように息をつく。

「だから、”スーパーじゃない”マーケットなんでしょ……」

 リリカが呆れた様子で言ったのを最後に、再び全員が静まり返った。


 ──今日、四人の女子高生が『MARKET』の中に入った。正確に言えば、侵入だろう。街はずれの森の、立ち入り禁止区域へ、肝試しを目的に踏み込んだ。

 それも、今日が初めてではない。


「一昨日だったっけ。初めてここら辺に入ったの」

 キミコが言った。明らかに、呑気を装った口調だ。

 リリカはスマホの黒画面を見つめたまま、何も言わない。

 リカもトイレに入っていった。

「……そうだね。そんで昨日と来て、今日だよ」

 唯一返事を返したのは、仮峰。他とは一線を画す、非常に落ち着いた口調だった。

「昨日で止めとくべきだったか……」

 キミコは大きなため息をつき、棚の後ろへと歩いて行った。


「……ねぇ」

 数分の沈黙の後、リリカが再び口を開く。

「……仮峰、これからどうする?」

 すると、仮峰は驚いたような表情をしたが、やがてクスッと笑う。

「……チッ」

「……一つ言えることがあるとすれば──」

「ねぇ」

 仮峰が遠い目で何かを言おうとした時、キミコが思い出したように被せた。

「なに……?」

 リリカが不機嫌そうに聞くと、いつの間にやら戻ってきたキミコが言う。

「リカ、遅くない……?」

 その言葉に、一同が真顔でトイレの方を見た。

 トイレへの扉は、本当に何の変哲もないスライド式の扉だった。

「絶対流せないよね……」

「やば……」

 仮峰とリリカが気味悪がる中、キミコは躊躇なく扉に駆け寄る。

「……ダイジョブ?」

 リリカが何かに感づいて聞くと、キミコはそれを無視して、扉をガラガラと開けた。

「ちょっちょっちょっと!?」

 その時、店内に悲鳴。

 直後、キミコが吹き出した。

「ちょ、ごめん……!」

 扉を閉めるのも忘れ、腹を抱えて笑う。

「……なにしてんの……」

 仮峰のドン引いたような顔に、リリカも思わずプッと笑った。

 そこは、日常そのものだった。

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