人心地
てると
螺旋する火焔
よく出てくるストーリー的なイメージに、闇のような空間で孤独になっていたあと、ようやく人工の光を見て人心地がつく、というものがある。その光は、火でもあるだろう。火を使う生き物は人間だけだからな。
しかし俺は考える。どうして、この元型的イメージがそれとしてよくわかるのだろう、と。しかもそれは、たんなる数十分の迷子とかいった以上のことを意味している。
おそらく俺たちは、いつもかろうじて人心地を維持しているのだ。例えば、親戚たちのいた田舎から東京に出てきたとき、俺たちはあまりにも無邪気だった。無邪気で、これからの体験や学びが楽しみで、どことない不安や深い無理解も、きっと、きっとこれからの学びで解決されていくと思っていた。
しかし、やはり人は人がいないと生きていけない。そうして、同じように寂しさの中にいる、自分と似たタイプの友達を作り、やがてすぐに、お互いの上向きの声が、お互いの人心地になったのである……。
さても今、どうだろう。俺の数少ない友人たちは、一人、また一人と、徐々に、徐々にだが、この茫漠とした平野の人混みの中へと消えていった。彼女の背中を照らす池袋の夕陽も、俺をとてつもない憂鬱に落ち込ませた。人心地をつきながら頑張っていると思ったが、また、人心地がなくなってきた。
思えばみんな寂しかったのだ。会津のキリスト教系の高校から上京して、履修登録が不安だから寮に入ったと言っていた彼女、確か苗字の読みがあの長期政権となった元内閣総理大臣と同じだった。彼女はしかし、同じ寮で頼る人を見つけられず、Twitterの大学アカウントでフラフラしていた僕を捕まえて、履修登録を完了させた。当時の俺には、哲学科に来たにも関わらず彼女が「神が一番大事な問題」と言っていたことが、よくわからなかった。しかし俺は、そのわからない神について、新宿の喫煙可能な喫茶店で、別に煙草も吸っていなかったのに入店して、そこで、かなり長い時間―もしかするとそれは錯覚なのかもしれない—熱弁した。俺はよくわからないものを熱弁していたのだ。勢いづいて俺は政治のことも語ってしまったような気がする。そうすると彼女は、会計のときに俺を押しのけて全額を支払った。
そんな人もいた。彼女は元気だろうか?俺は渋谷のパブリックアートの前でわけのわからない興奮を来していた。彼女の精神は不安定で、ホラー映画を観たがっていたのだが、俺がプラネタリウムに行きたいと言うと、彼女が渋谷で「帰るね」と言ったっきり本当に帰ってしまった日の翌日に、俺のほうが病んでしまって通いのメンタルクリニックの診察室で前転をしてしまい、その日から数日間閉鎖病棟に入院する羽目になったのだ。神奈川県内から、三鷹送りになった。国立天文台のすぐ近くで、星が綺麗だった。
さて、最近になって、ふいに女性から声がかかることが増えた。一度は、俺はあのトラウマが大きすぎて、フーコーやドゥルーズなどの反精神医学のポストモダンに傾倒し、「ハイサイおじさん」などを歌って過ごしていた。コンサータと気狂い教授の影響で完全にイカれた一年間を過ごしていたが、妙に、ポルノグラフィティの「アポロ」を聴いていた時期にドイツ哲学を好む趣味人の先輩と上野に岡本太郎展を観に行ったことなどが印象に残っている。
――平安が崩れるとき、いつも生命の螺旋が巻き上がる。
そうした楽しい愉しい一年が過ぎ、その後はさしもの俺も日和ろうと思って、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を心底イワンに同情しながら読み、芥川龍之介とユングに震え、吉本隆明でいちおうの総まとめをしたら、まあ二度の睡眠薬多量服用はあったものの、なんとか平静を得て、信仰も、得て、聖書を通読する一年間もあった。
二年間は、平安だった。シャーロームであった。
そんな日も終わる。一切は過去になる。或いは、螺旋が現実性を帯び、ツァラトゥストラのインフィニティ―inferno―が事実ならば、かえって「これが人生か、さらばもう一度!」と叫ばなければならないのだろう。高知の彼女とネット恋愛をして、二か月足らずで別れを切り出された。広末涼子が狂った。
そんな折、俺は絵描きの女性と懇意の仲になっていったのだ。彼女はその時期に限って、蛇をよく描いていて、無意識かどうか、媚態をよく弁えていた。すっかりとやられたのである。こんな魅力的な女性はいない、いないうえに、彼女の強い構想力は、霊性においても日本のそれと沖縄のそれと西洋のそれ―エロティシズム―を見事に総合していた。既に芸術であった。そういえばこの女性は明王像に惹かれるところがあった。蛇と明王像、なにか覚えのある原型だと思って考えみると、すぐにゲーテの直観した「ラオコーン」であることがわかった。ラオコーン原型は、ある。それはもしかすると、生命の樹のような、いわば神話化したオートポイエーシスかもしれなかった。三島由紀夫の最晩年の『豊饒の海』も、太陽の螺旋だった。最後に、濃い夏の木々に降り注ぐ太陽だけがあったと思う。
さりとて彼女の絵も、聞いてみると無意識で描いているということだったので、意気投合した。俺は文章を無意識で書いているからだ。ある時友人とその話になって、自分の無意識性を強く自覚した。しかし俺は何かに巫覡しないといけないらしい。或いは、ドゥルーズのように動きすぎてはいけないところの生成変化の途上で、かろうじて個体化が個体化し続けているオートポイエーシスのプロセスのネットワークの影として描かれたものだけが本物だと信じている。認識論も、倫理学も、ウソを言っちゃいけないよと思っている。俺が一時期Twitterのプロフィールに書いていた「未完と流転の活動態」は、或いは螺旋であり、同時にシェリングであった。だから、あれはオートポイエーシスであったのだ。それと同時に、「Go to God」と書いていたと思う。舞踏する星はいつもこうしたものだ。
教授の無料券を貰って天命反転住宅に行っても、芥川の『歯車』を読んでも、ユングのマンダラを見ても、シェリングの相互浸透を見ても、ドゥルーズの差異と反復を見ても、いつも螺旋に遭遇する。蛇が出てくるのだ。母親が生前、「評論家は誰でもなれますからね」と、ふと低い声で警告してきたことがあった。お母さん、僕は評論家になってしまいました、と言ってしまいそうな時期もあったが、幸い評論家にはならずに済んだ。致命傷にならず、幸い「主体の<法>」とかいうユング心理学や吉本隆明の芥川論の解釈や、新海誠の「天気の子」の考察くらいのダメージで済んだのである。お母さん僕は評論家にならずに済みました。一時期はあれだけ山上徹也を書かねばと思っていたのだが、それはあくまでもサブのサブですることだ。
そういえば絵描きの女性とカラオケに行ったときも、俺は「悪魔の踊り方」という楽曲を歌っていた。舞踏する星は、或いは美善真の価値顛倒は、いつも蛇が出てくる。なぜか安倍も出てくるが、彼の構想が全く以て「美しい国」なのではなくたんなる「美国」のお追従だったということがオチである。
蛇?そういえば、俺が小学生の頃に思いがけず抜いてしまった漫画があった。石ノ森章太郎が、まんが日本の歴史で、百襲姫という箸墓古墳に祀られている女性を襲った蛇の悲劇を描いていたのだ。ちょっと俺はヒネリというもののない人間なのだ。バタイユも太陽の塔も大神神社も、そのまま出てきてしまう。どこか普通は閉じているゲート機構が開きっぱなしになって「包み」がないんじゃないかと疑う。
母親の影?広末涼子にしても川本真琴にしてもそうだが、どうも母親らしい、そう、直感したから、そうなのだろう。女性は、「神に追われて」という本を紹介してくれたが、果たしてそこでは彼女が神に追われているのか俺が神に追われているのか、判然としなくなったのである。少なくとも、太母には追われているようである。しかし中国古典の『易経』にも、「男、女に下る」とあるように、まんざら逃げるでもない。芥川の『河童』にも、河童の世界では雌が雄を追いかけるとくる。たいてい、なにか強固に組織化されてしまった霊魂複合体は、確かに脱構築もできるだろうが、あまりにも性急に逃げようとすると、ちょうど召命に逆らったときの如くなるであろう。生命の命の語源は、まさに命令だからである。なんてことだろう、つまり、生があって命令があるのではなく、命令があって生があったのである。
二十世紀まではまだ、孤独な哲学者も孤独な芸術家もいた。しかし、まさにニーチェのツァラトゥストラが説教しているように、末人の時代にあってそんなことを真似しようものなら、「お腹をこわす」のである。実際にそう書いてあるのだから、しょうがないし、事実そうなってきている。壊すところが精神や肝臓などという高級な器官ではなくお腹であるところが、いかにもこの末人の時代という感じがするのだ。俺たちには、れいの「人心地」が必要なのだ。或いは人心地がなければならないのは、神心地がつかなくなったからかもしれないが、そうだとすると、長い年月をかけて螺旋が一巡しただけだろう。ちょうど東京国立博物館も一巡すると時代が回帰するように……。火焔が螺旋するとき、やっと、人心地がつくだろう。
人心地 てると @aichi_the_east
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