『三千日目のセーブデータ──アラフォー童貞オタクの人生は、ロードできない』

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

プロローグ『孤独死』

最期の呼吸は、誰にも聞かれなかった。


 発見されたのは、通報から五日後。

 都内某所、築四十年のアパート。隣室の住人が「異臭がする」と訴えたことで、管理会社が動いた。

 玄関の鍵はかかっていた。窓は締め切られていた。

 エアコンは、壊れたまま止まっていた。


 部屋の中には、布団の上で仰向けになった男性の遺体。

 テレビは点いたまま、画面には停止中のゲーム画面。

 冷蔵庫の中には、賞味期限切れのパック飯。

 郵便受けには、生活保護関連の通知と、通販のダイレクトメール。


 名前は、佐原真人(さはら まさと)。

 年齢、四十二歳。職業、不詳。親族、なし。

 発見時、遺体のそばには所持品もほとんどなかった。

 スマートフォンは古く、SNSのアカウント名は「sahara_1980」だった。


 彼のことを覚えていた人は、ほとんどいなかった。

 中学の卒業アルバムで、担任教師が「控えめで優しい子でした」とコメントを残していたが、その名前を語る者はいない。

 高校以降の履歴は不明。

 葬儀は、行政によって執り行われた。

 誰も見送る者はいなかった。

 遺骨は合同墓地に納められた。


 だが――


 一つだけ、彼が生きた証を知っていた者がいた。


 ネットの向こう側にいた、ひとりのユーザー。


 「春乃」という名前の彼女は、ゲーム内のチャットで、こう呟いていた。


 > 「……なんか、ずっとオンラインにいないなって、思ってたんだ」


 > 「最後のログイン、三千日前かあ。

 >  あの時の“ありがとう”、まだ消えてないよ」


 > 「おやすみ。真人くん。

 >  君が誰だったか、たぶん、私は知ってるよ」

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