第7話 彼女の『中身』、あたしの覚悟

「さて──時間勿体ないから、さっさと始めるで」


 菜々子が工具箱の中から、みたこともないような工具を取り出し、メイドロボの横に置いたトレーの中に並べていく。


 あたしは自他共に認める機械音痴だ。下手に触って壊した機械は両手だけじゃ数え切れないからら、菜々子のやることは見守ることしか出来ない。


「ふぅ……ほんま別嬪さんやなぁ、この子」


 工具を並べ終わった菜々子が、ため息混じりでボソリと呟いた。


「世の中、初めて会う人の第一印象は、なんだかんだで見た目重視や」

「そうね……」


 あたしは自分の胸を見て、今まで付き合った男の事を思い出した。

 あたしの顔と身体を見て声をかけてきたやつばかりだったし、付き合いはだいたい三ヶ月も経たない内に終わる。


「この子もなぁ、そういう例に漏れへん…….というか、そういう風に作られとる」


 確かにそうだ。世間の男の好みが反映された顔、身体つき。


「ときに弓子。メイドロボの中身、見た事あるか?」

「……ない」


 そもそもメイドロボをこんなに身近で見て触ること自体が初めてのことなのに、中身なんて知ってるわけない。


「まぁ、せやろな。普通は中身なんか知らんし、知らなくてもええんや……せやけどな」


 菜々子の顔つきが険しくなった。


「弓子、あたしのやってる商売の事知ってるやろ?」

「うん。メイドロボの修理と──"身請けした子の里親探し"でしょ?」

「流石や、しっかり調べとる。その"里親探し"なんやけどな、実は一発で上手くいったことは殆どない」


 あたしにはよくわからない。なぜ上手くいかないのか? 確か、里親は一ヶ月のトライアルをしてから契約成立ってことになってた筈。


「里親探すことになる子ってな、みんな身体に問題抱えとるんや。製造されてから相当の年月が経ってたり、荒い扱われ方されてたり……理由は色々や」


 あたしは目の前にいるメイドロボが、両腕をまともに動かせなかった事を思い出した。


「この子も多分そうだと思う」

「そやな……こういう子らの身体を直すんがうちの仕事や。せやけど、直した場所とはまた違うところがすぐに壊れることもよくある」


 菜々子はメイドロボの腕を少し持ち上げて手首を動かした。


「この子、手首も多分あかんな……何もせんかったら、近いうちに動かせんようになるわ」


 菜々子はメイドロボ修理のプロだ。そういったことを見抜いて直しておけばいいのではないか?


「今、それぐらい予想して直せやって顔したな?」

「うっ……ごめん」

「ははっ……気にせんでええって!」


 菜々子は手をひらひらさせながら答えた。


「客にそんな顔される事は星の数ほど経験あるし、それにな……うちでも予想できんとこが壊れることもよくある」

「そうなんだ……」

「そこは難しい話やでな。機械は使い込むと絶対そうなるし、修理代がどんどん嵩んでくる」


 あたしは父親が車好きで、壊れては直して壊れては直して……を繰り返していたことを思い出した。あちらを直せばこちらが壊れる。車に金かけるなって母親に言われて、よく喧嘩してた。


「それで修理代が出せんようになって、結局うちの店に戻ってくるねん。そしたら、また里親探し直して──の繰り返しや」

「ねぇ、もしかしたらその子も」


 あたしは心に棘がちくりと刺さった気がした。


「それはうちにもよくわからん。でもな、弓子には知っておいてほしいことがある」


 菜々子はそう言うと、メイドロボの髪に指を突っ込んだ。そのまま指を動かすと、ボタンを外したりマジックテープを剥がすような音が聞こえて──


「もうこのウィッグはあかんな。モノはごっつええのに、自己再生ができんぐらい傷んでしもとる」


 メイドロボの頭からウィッグが剥ぎ取られた。人間とは違い、ウィッグを固定するための金具やボタンが幾つも付いているのがわかる。


「ここから先は──ほんまやったら客には見せへんようにしとるやつや。せやけど、弓子には敢えて見せる」

「どういうこと……?」

「あんた、さっきこの子の治療の一部始終、目を逸らさんと見守るって約束したやろ」

「うん」


 菜々子の真剣な目が、あたしを捉えて離さない。


「それはな、この子の"ありのまま"を受け止めて認めるって言うことや」


 菜々子はそう言うと、メイドロボの耳の上辺りに刃物を当て、皮膚を数センチ切った。


「菜々子!? 何をして──」


 あたしの声には耳を貸さず、菜々子は皮膚の切れ込みに指を入れて、頭皮を剥がした。


「よう見とき……これがこの子の、"ありのまま"や!」


 頭皮を剥がして露出した金属製の頭蓋骨を、菜々子は工具で分解した。

 頭蓋骨の中には、あたしが見たことのない機械部品や配線がみっちりと詰まっている。


──これは人間ではない


──目の前にあるのはロボットだ


 誤魔化しようのない事実が、あたしの目を通して次々に突きつけられる。


「ざっと見た感じ、頭部の一番大事なとこは大丈夫っぽいな……」


 菜々子はメイドロボの頭の中にケーブルや工具を差し込み、何かを測っていた。


「菜々子……この子、直るかな」

「心配せんでええ、弓子。うちが一番恐れてた壊れ方はしてへんから、時間はかかるけど何とかなる」


 あたしは部屋の床にへたりこんだ。


「よかった……」

「安心してるとこ申し訳ないけど、これから身体の方をバラさんといかん。手伝ってな」

「うん、わかった」


 この後、あたしは菜々子と一緒にメイドロボの手足を外した。痛々しい姿になってしまったけど、この子のためだと思って我慢する。


「皮膚も見た目以上に痛んでるから、7割ぐらいは新品交換やな」


 手足やお腹の皮膚を剥がし、光に透かしながら菜々子は言った。


「手足の関節もちょっとやそっとでは治らんなぁこれは……見たことないパーツが使われとる。アキバのジャンク屋見に行くか」

「そういえばこの子、充電ずっとしてるのに目を覚ましてくれないのはどうして……?」


 メイドロボから充電ケーブルを外すと、1秒もしないうちに目が赤色点滅してしまう。とてもじゃないが、充電できてるとは思えない。


「あー、これなぁ……ちょっとややこしい話なんやけど、この子のバッテリーが完全にイカれてしもとるからやな」

「バッテリー?」

「この子の電源な、主バッテリーと補助バッテリーの2つあるんや。普通は主バッテリーが壊れても補助バッテリーで何とかなるんやが」


 菜々子がパソコンの画面を見せてくれた。「電源」と書かれた円グラフが二つあって、両方ともグラフの上に赤い文字で「使用不可」って書かれてる。


「見ての通り、両方とも過放電でおじゃんや」

「じゃあもうダメじゃない」

「いやまぁ、交換してやればなんとかなる。ただ、新品はそんなすぐに手に入らん」


 あたしはそれを聞いて落胆した。いつになったらこの子とお喋りできるようになるのか──


「ちょ、弓子、泣かんとって! なんとかしたるから!!」

「ほんとに……?」


 あたしは菜々子に渡されたタオルで涙を拭き、メイドロボを見つめた。


「ちょっとプログラム改造して、うちが持ってきた予備バッテリーを外付けして使えるようにする」

「そんなこと出来るの!?」

「規格が全然違う品物やから、ほんまは無理なんやけどな……まぁそこはうちが何とかしたるから、明日の朝まで待ってや」


 タオルで拭いた頬に、再び涙が溢れ出た。

 

「ありがとう……ありがとう……」

「弓子はほんま、泣き虫やなぁ。まぁうちに任せたとき!」


 涙は止まらないけど、嬉しくて出る涙、悪くないと思った。



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