あたしの彼女は拾い物のAIです

TWIN

第一章 邂逅は突然に

第1話 そんなつもりはなかった

「ちょっと待って」

「何か言ってよ」


 スマホのメッセで彼氏の既読がつかなくなってから1週間が経った。


 あたしは諦めて彼氏のアカウントをブロックした。もうどうせ既読はつかないし、あと3日もすれば彼氏のアカウントは消えるにきまってる。


「……またやっちゃった」


 あたしはスマホをマットレスにほうりなげ、仰向けに寝転んだ。もうこれで何人目だろうか?


「あたし何か悪いことした?」


 付きあいだしてから、彼氏が本当にあたしのことを見てくれてるのか不安になってきて、構ってほしいふりして何度も意味のないメッセを送った。


 最初は構ってくれるんだけど、どんどん面倒くさがってる感じになってきて、最後は喧嘩になるか、ならなくてもスルーされて。


 あれか。依存ってやつ? 確かにあたしはもうすぐ30歳になるというのに独身だし、親とはとうの昔に縁を切って、今じゃどこに住んでるのかさえわからない。


「どーせ、あたしは何の取り柄もないメンヘラ女だよ」


 会社のメンタルテストでいつも自己肯定感も低くて鬱気味だって診断されて、でも結局なんの解決にもならない。


 心だけが死んでいく。もう彼氏とか要らない──いや、人間と付き合うのが面倒だ。


 思考がぐるぐると回りながら暗闇の中に落ちていく。もう何も考えたくなくて、その日は安物の9%酎ハイをかっくらった。明日は休みだからもうどうなったっていい。おやすみ人生。


────────────────────


 次の日、目が覚めたら昼過ぎになってた。頭が痛い。二日酔い? クラクラしながらあたしは服を脱ぎ捨て、風呂に入った。


 シャワーを浴びながら自分の身体付きを確かめる。胸だって結構大きいし、スタイルだけはいいと思ってる。


 というか、この身体目当てに寄ってくる男がいるから、ついそいつらを当て込んでしまう。最近あたしを振った男も、散々あたしとやった挙句に最後は音信不通になった。


「身体の相性はよかったのに」


 多分今までの経験の中で気持ちよさは一番だったと思う。だから、事あるごとに連絡して──


「ん……」


 気がつくとあたしは指を大事なところに沿わせて、一心不乱に動かしてた。自分を慰めてぞくりとする感覚。

 目を瞑り、声を出し、身体を震わせて寂しさを紛らわせる。


 あたしはシャワーをあびたまま、ユニットバスにへたり込んだ。


──なにこれ


 果てたあとにくるのは脱力感と虚しさ、それから虚無。


 身体を洗い直し、脱衣所で適当に髪を乾かす。ボサボサの髪に、荒れまくった肌。


 スマホのアプリで修正したらバレるぐらいに荒んだあたしが、洗面所の鏡の中にいる。


「……買い出しにいかなきゃ」


冷蔵庫の中身が空っぽだったことを思い出したあたしは、よれよれのスエットを着てコンビニへ向かう。


 春の日差しは柔らかいって誰が言ったんだ? 今のあたしには眩しすぎるし、心に刺さる感じがする。


「ん?」


 あたしが住んでいるワンルームマンションの隣、ぼろぼろのアパートを壊す工事が始まってた。


 工事のおっちゃんが何やら文句を大家さんらしい人に言ってる。


「ちょっと困るよこれ! ゴミ溜めみたいな部屋があるじゃねえか」

「この前来た時はそんな部屋はなかった筈です……」


 アパート入り口のすぐ前にあった部屋から、工事のおっちゃんたちが色んなものを運び出してる。何があったかはわからないけど、どうせあたしには関係ない。


「う、うわあああああ!!」


 おっちゃんが一人、部屋から飛び出てきた。


「ひ、人が死んでる!!」

「そんなばかな!」


 人が? 死んでる? あたしの心が非現実感に引っ張りこまれた感じになった。なぜかはわからないけど。


「えらいこっちゃ! け、警察を」

「いや待て、これ人間じゃない」


おっちゃんの一人が、裸のマネキン人形を部屋から引きずりだしてきた。


「なんだマネキンか……驚かすなって、うわあ!?」


 マネキンがぴくりと動いたのが見えた。おっちゃんがびっくりして、マネキンを放り出す。


 ガシャっと音をたてて、コンクリの床にマネキンが転がった。


「…様……旦……旦那……様……」


 掠れた女性の声が、マネキンの口から漏れてる。


「なんだ……メイドロボかよ! 驚かせやがって!!」


 さっき大家さんらしい人に怒鳴ってたおっちゃんがマネキンを蹴った、


「ガッ……!!」


 マネキンは1mぐらい転がって、左手で蹴られた横腹を押さえようとしてる。


「人間の真似をしやがる……気味悪りぃぜ」


 よく見たら、肘から先がまともに動いていない。右手を動かそうとしてるみたいだけど、肩が少し回るだけで動かせないみたいだ。


「どうすんだよこいつ」

「すみません、このメイドロボも含めて、部屋を掃除したらまた連絡します」


 大家さんが平身低頭に謝ってる。マネキン──いや、メイドロボはガクガクと大家さんの足元に這い寄ろうとしてる。


 メイドロボの顔が見えた。


──泣いてる……?


 その時のあたしには確かに見えたんだ。メイドロボが泣いてて、必死で何かを言おうとしていて──


「待ってください!」

「はぁ? 誰ですかあなたは」


 大家さんとおっちゃんが怪訝な顔であたしを睨んだ。


「あの、そのメイドロボ……あたしにください!」

「え!? まぁこれ誰のものかもわからないし、まずは警察に届けて持ち主確認しないと」


 この人達はこの"子"をもの扱いしてる。何故かわからないけど、あたしはそう思った。


「そのことも含めて、あたしが面倒みますから!」

「いいじゃねえか大家さんよ、俺たちは何も見なかった。たまたま落ちてたゴミを、このお嬢さんが"拾った"んだ……よな?」


 おっちゃんが大家さんを見ながら言った。


「わかりました、私は何も知らない。気がついたらあなたが"それ"を拾ってました。いいですね?」

「……ありがとうございます」


 あたしはその後黙ってメイドロボを抱えて自分の部屋に戻った。


 あたしは自分が何でそんなことをしたのかよくわからない。ただ、一つ言えるのは、話し相手が欲しかったんだと思う。




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