②
yuki
4月
田沢さんのお説教
「あ、かなちゃんほらこれ」
翌朝リビングに降りると、待ち構えていたようにお母さんが新聞をくれた。
「こっちは今日のでこれが昨日の」
は?
「いいわねこの写真」
満面の微笑みで新聞を眺める満足そうなお母さん。
どこから撮られたのか、私がみきの頭を撫でている写真だった。
その行動の記憶もないけど、試合終了直後だと思われる。
うどんの話してた時か…
誰もうどんかけてたなんて思わないような、青春ど真ん中な写真。
「あーあれね
ばあちゃん仏壇にあげてた」
みき家では供えられてた。
センバツの次の日も普通に練習だ。
グラウンドに着くと、もう洗濯機が回って、バッティングマシーンが引っ張り出されていた。
昨日まで甲子園にいたなんて嘘みたいに日常。
「午後からは自主練で、軽めにして下さい」
「うん」
「気も抜けてるし昨日一日動いてないからね」
今日の予定を山下さんに伝える。
「2試合だから17時には戻るけど
待たなくていいから解散して」
「うん」
「で、明日は13時からだから
11時くらいまではこっちにいます」
地元は現在、春季大会のまっただ中。
今日は準決勝で明日は決勝。
早速の今日から当番だった。
練習の準備や甲子園の片付けを済ませて、私は市営球場に向かった。
そこで見たものは
「え!田沢さん!」
「うぃーーーかなちゃんおかえりんご」
先生たちとお揃いの、運営ポロシャツを着た田沢さんだった。
「そうだった~!田沢さん来るんだったね~!」
「シクヨロ!先輩!」
「かなさんって呼んで下さい!」
いよいよ私にも後輩ができて先輩になった。
なのに準備をテキパキとこなす後輩田沢さん。
大人と同じ衣装だし、戸惑うこともなくスイッチ入れて回るし、思ってた初心者となんか違う。
私が初心者の時はもっときょどってた。
「そりゃ2週間くらいやってるしな」
私のいない間に後輩はすっかり仕事を覚えていた。
「田沢~昨日の入金票取って」
「へ~い」
「今日お前な、クレーム対応」
「自分一昨日やりましたけど
今日は吉田先生っすよ」
「うっそ~ん」
なんか、前からいた人みたいなんだけど。
時空を超えてしまったような気分。
「あ、かなちゃん
記録用紙出してて」
私が後輩な気がしてきた。
「はい!」
うん、でもこっちのほうがしっくりくる。
今日は久しぶりの当番だ。
ここに座るのも秋以来。
マイクのスイッチを入れる前に喉を潤し、姿勢を正す。
カチッ
『ご来場のお客様にお知らせいたします』
今日の試合の予定や球場の注意事項なんかを読み上げる。
途中視線を感じ、目だけそっちにやると田沢さんがすんごい見てた。
「なんですか…?」
「いやぁ~、改めて見ると
かなちゃんが喋ってたんだなって」
「あ、はい」
「かな、これ車移動」
監督からメモ紙が渡される。
「田沢、それ大丈夫なのか?」
そしてあごでパソコンを指す。
「余裕っす」
「過程を見てないから信じられん」
同じ気持ち。
確かに、もうベテランのように田沢さんは大丈夫だった。
試合が始まり、強襲の打音が響く。
頭上のスタンドが盛り上がっている地響きがここまで届いてくる。
「田沢さん、今のヒットです」
エラーの緑ランプが光っていた。
「いや今のはエラー」
「ヒットですよ」
「完全に逸れたじゃん」
「吉田先生〜」
隣の記録室に呼びかけると、スコア書いてる吉田先生の声が返ってきた。
「ヒット、田沢エラー訂正しろ」
「ま…負けた」
「ほらね~」
まぁでも今のは際どい。
迷うところだよね。
「さすがにかなには敵わないな」
「選手の時より奥が深いぜ高校野球…」
1試合目が5回に差し掛かったところ、監督が私の前にお弁当を置き、隣に椅子を持ってきて自分のお弁当もあけると、いつものようにおかずを入れ替え始めた。
肉団子は私へ、トマトも私へ、卵焼きは自分へ、ご飯も3分の1程自分へ。
「なんか…暗黙のその感じ疎外感」
これをじっと見ていた田沢さん。
監督は煮物の蓮根と人参は田沢さんのお弁当に放り込む。
「そりゃ一年いればな」
「野菜はいらんけど」
3人でお昼を食べつつの途中
「お疲れ様でーす」
「失礼しまーす」
あまり聞きなれない女の子の声が入ってきた。
ちょうどマイクに向かっていたから監督や田沢さんに遅れて振り向くと
「うわ、いたし」ボソッ
「うざ」ボソッ
大道のマネたちだった。
センバツでの一件で、多少は柔らかくなるかと期待したけどダメだった。
どうやったって仲良くはなれないらしいから諦めよう。
「補助員?」
「後半は大道だったよ」
「振り分けどうなってんだよ」
把握していない教師。
「大道はボールボーイとチケット
吉田先生試合だから先生が記録に来る」
「俺すっかり記録干されてんな」
「そだね」
監督があごをしゃくる。
大道のマネに言えと。
「あの、チケットお願いします、上」
「下がよかったね」ボソッ
「ズルくない?」ボソッ
え、出来るの?と思ってる私の横で、監督は真顔になる。
「かな、上行こうぜ
出来るんだろうから」
「え、でも」
前散々だったの覚えてないの?
「監督」
立ち上がる監督を止めたのは田沢さん。
「はいはい君たち!」
「田沢、箸で人を指すな」
「かなちゃんの何が気に入らないか知らんけど
そんなん嫌だと思うぜ~選手も紫藤先生も」
「ちょ…田沢さん」
「かなちゃんに憧れる?
面白くないんだろ、こう見えてこんなだから」
「どんなだよ」
「だってそうじゃん
よく知りもしないのにその感じって
憧れて羨ましいそうなりたいってのの裏返し」
「そうとは限らんだろうけど」
「かなちゃんがなにかしでかしたってのも
無きにしも?」
「この人こんなだけど
そんな事するタイプじゃねぇな」
もうなんか、顔上げれない。
大道のマネージャーたちがどんな顔してるのか見れない。
「かなちゃんに妬いてる暇あったら
自分とこの選手と監督に尽くしてやんな」
田沢さんは「この人」って、私の頭にドシッと手を乗せた。
「全身で尽くしまくってるから、野球部に
だから俺たちも、尽くしてしまうんだと思う
野球に、この人に」
あ、涙腺が。
「な、監督」
「まぁそうだな
ついでにここにも尽くしてるしな」
「野球に対する大きすぎる愛よ」
尽くしているつもりはなかったけど、ちゃんと選手に届いてるんだと思った。
恋愛のそれとは違う、確かに私はみんなのことも監督のことも運営のことも愛してる。
「お疲れ様です」
あ、恋愛的に愛してる人が来た。
「え、何何どうかしたの?」
「まぁ紫藤先生はかなちゃんに甘甘だけど」
余計なひと言を。
それは火に油。
「大貴は基本的に何に対しても甘甘だ」
「確かに」
「何の話?
あ、てかうちは上でいいんだよね?」
「かなが野球部を愛してるって話」
「そう言ったらみんなそうでしょう」
穏やかな口調で先生が言う。
いつも通りの優しい笑顔。
その笑顔がマネージャーたちに向けられる。
「愛がないのにできないよね
いつもありがとう」
なんだか丸く収まった感。
マネージャーたちは嬉しそうに笑って上に行った。
うん、睨まれたのはスルーします。
「俺は大貴が一番怖い」
「すげぇ、コントロール法がえげつない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます