救国の聖女と傾国の魔女
臥龍岡四月朔日
第1話 性女アリシア
「……はぁ」
アリシアは姿見の前で深くため息をついた。
彼女は一糸纏わぬ姿で、あられもないその身を姿見に映していた。
軽くウェーブのかかった亜麻色の髪は光を反射し、黄金の波のように美しく輝いている。深い森を思わせる深緑の瞳も美しく、顔立ちも愛くるしく整っている。申し分のない美少女だ。
ため息の原因は身体の方だった。
彼女の身体は年齢に比べ、発育がよくなかった。胸は薄く、ほとんどないに等しい。肉付きもあまり良くなく、発毛もしていなかった。
「こんな貧相な身体で、男性を籠絡できるのかしら……?」
アリシアは独り言ち、再び深いため息をつくのであった。
アリシアはその日高等魔法学校の門を叩いた。
彼女は男爵家の産まれだった。一般的に彼女のような下級貴族の娘が魔法学校に入学するのは良縁を求めてのことだった。
だが、アリシアには別の目的があった。
彼女には少しの未来が見えていた。
アリシアが見た未来、それはいずれこの国がクーデターにより瓦解し、彼女はそれに巻き込まれて命を落とすという未来であった。
アリシアはその未来を避けるために様々な事をした。高等魔法学校への入学もその一つだった。
◆◇◆
王太子アレックスはその日初めて恋という感情を覚えた。
まるで金の波のような亜麻色のウェーブヘア、深い森を思わせる大きなエメラルドグリーンの瞳。小柄で細身の体は女性らしさには欠けるが、まるで人形のように整っており、立ち振舞も優雅だった。そして、幼い少女のような外見に反して時折見せる大人の色香が彼を惑わせた。
彼女の名前はアリシア。男爵家の末娘だった。
アレックスは苦悩した。王太子である自分の伴侶は上級貴族、最低でも侯爵家以上でなければならない。彼女と結ばれるには家を捨てるか、彼女の家を昇爵させるしか無かった。
それでも想いを抑えきれず、思い切ってアリシアに告白した。
「僕は、君が好きだ。将来、僕の妻になってほしい」
しかし、返ってきたのは思いもよらぬ答えだった。
「王太子様、お戯れを。私のような汚れた女は貴方様には不釣り合いでございます。王太子様にはもっと純粋な方の方が相応しいかと存じます」
『汚れた女』、彼女は自分のことをそう言った。
こんなに美しい彼女のどこが汚れているというのか?アレックスには想像も理解もできなかった。
◆◇◆
――冗談じゃない。
アリシアは困惑していた。なんと王太子から愛の告白を受けたのだ。
正直な所、クーデターで滅ぶ国の王太子なんかとは関わり合いになりたくなかった。
それに、こちらはそれどころではないのだ。なんとしても生き延びるために魔法をできるだけ多く、高レベルで覚えなくてはならなかった。
それに、王太子のような身分の方には自分はふさわしくなかった。純粋で無垢な、ありていに言えば処女の娘の方が彼には似合っていると思った。
そう、アリシアはすでに非処女であった。
できるだけ生き延びられる確率を上げるため、最悪の場合には身体を売ってでも生活出来るように、性技も修練していたのである。
◆◇◆
その日、辺境伯ローランドは学生たちに剣の指導をするために高等魔法学校へと来ていた。
その日の指導を終え、レンガ造りの魔法学校の廊下を歩いていた時、ふと、見知った顔を見かけた。
「アリシア嬢、お久しぶりですね」
「あら、ローランド辺境伯もおかわりないようで」
アリシアはそう言いつつスカートの端をつまみ、見事なカーテシーで挨拶する。
ふと、ローランドは彼女の隣にいる人物に気づき、恭しく挨拶した。
「これはこれは王太子殿下。アリシア嬢と歓談の所失礼いたしました」
王太子殿下はあからさまに不機嫌な顔を見せる。
ローランド辺境伯は女好きで有名で「好色伯」とも呼ばれていた。多分王太子はアリシアと顔見知りの彼のことを警戒していているのだろう。
アリシアに性技を教え、仕込んだのはローランドだった。
彼女はもしもの場合の庇護と引き換えに、彼にその純潔を捧げたのだった。そして彼女は彼に性技の指導も依頼した。そして今では経験豊富な彼でさえ舌を巻くほどのテクニックを有していた。
――王太子殿下はアリシアに思いを寄せているのか……これは、私との関係を知られるわけにはいかないな……
◆◇◆
アリシアが辺境伯ローランドを契約の相手に選んだのは三つの理由からだった。
まず1つ目はローランドの領地がクーデターの起こる王都から最も離れた辺境であるということ。
2つ目は彼が国外の勢力を抑え込めるだけの武力と軍事力を持っていること。
そして3つ目は彼が「好色伯」と呼ばれるほど女好きであり、自分自身を契約の代償にすれば乗ってくるだろうという思惑からだった。
その思惑はうまくいき、ローランドに純潔を捧げ、その後の行為を約束することで、自身の保護と性技の手ほどきを約束させたのであった。
◇◆◇
王太子アレックスは童貞だった。
彼の恋愛観はパーティーでダンスを踊り、バルコニーで愛を語らい、熱い口づけを交わす。その程度のものだった。性交渉などは結婚してからという意識だった。なので目の前の二人が性的関係を結んでいることなど想像もしていなかった。
救国の聖女と傾国の魔女 臥龍岡四月朔日 @nagaoka-watanuki
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