フラミンゴの王国

堀川花湖

【01】「日本トロピカル化」

 フラミンゴ。

 それは、フラミンゴ目フラミンゴ科に属する鳥類の総称。

 鮮やかなビビットピンクが目にもまぶしい、アフリカなどに生息している鳥類。

 そんなフラミンゴに、初めて出会ったとき、わたしは三歳。お父さんとお母さんと一緒に(このとき、まだ妹は生まれていなかった)、近所の動物園を訪れていたときのことだ。

 三歳のわたしは、パンダの形をしたパンを頬張りながら、とてとてったったと園内を走っていた。見知らぬ動物がたくさんいるので、とてもはしゃいでいたのである。

 と、そのとき。

 どこからともなく温い液体が飛んできて、わたしのふくふくした右手のパンダパン(ややこしい)をしたたかに打った。

 パンダパンはたちまち濡れて、いやなにおいを発するようになってしまった。

 わたしは泣いた。

 なんとなく、パンダパンがお陀仏になったことを理解していた。

 もろもろと泣きながら顔を上げると、ある檻が目に入った。中にはたくさんのピンク色の鳥がいた。そう、フラミンゴである。

 どうやらこのフラミンゴたちが水浴びをしたときに跳ねた、汚くて茶色の水が、わたしのパンダパンにクリーンヒットした模様。ゆえに、パンダパンからあんな悪臭がしたのだろう。

 わたしは幼いながら、フラミンゴを断罪せねばなるまい、と思って、フラミンゴの檻に向かってあっかんべーをした。

と、こんなふうに、わたしとフラミンゴの出会いはかなり最悪なものであった。

 しかし、所詮は遠い異国の地に棲息するピンクの鳥である。平凡な日本の女子高生たるわたしの人生には、これ以上なんら干渉してこないだろう、と思っていた。

 そう、昨日までは――。



「かせて……あと五分寝かせて……」

 と、妹が目覚まし時計に向かって文句をいっている。わたしはそれを、二段ベッドの二階から見下ろしている。目覚まし時計を寝転がったままとめようとして、妹が二段ベッドの天板に頭を打ち付けた。……我が妹ながら、情けないやつだ。

 わたしははしごを使って、二段ベッドの二階から床へと降りる。そして、体をぐーっと伸ばす。今日もかったるいけど、高校にいかないとな……なんて思いながら、スマホを開くと、「あれ?」

 一呼吸おいてから、スマホに表示された通知を、ゆっくりと読み上げた。

「――本日は休校となります――え⁉」

 えーっと、何何?

 スマホの画面を猛スクロール。休校のわけを探す。それは案外、あっさりと見つか

った。

「えっと、日本のトロピカル化という緊急事態に伴って、休校とします。よって、生徒諸君は自宅で待機しておくように。以上、学校長、今西忍……」

 自分で読み上げておきながら、がくぜんとした。

 日本のトロピカル化って、そもそも何なのだ。

 すると、カーテンを開けて窓の外を見た妹が、「あっ」と声をあげた。

「……お、お姉ちゃん! あれ!」

「何ぃ!」

 妹にいわれて、外の景色を見ると――そこには風に揺れるヤシの木と、ビビットなピンク色の鳥。たぶん、動物園とかでたむろしてる、フラミンゴってやつだ。あと、近所の、有名な変なおじさん(今日はアロハシャツを着て、ウクレレを弾いてる)。

「ッきゃーっ! やばすぎ、ハワイじゃん!」

 妹が黄色い声をあげて、スマホのカメラを窓の外に向ける(変なおじさん、映り込んでも知らないぞ)。

 興奮気味に、妹がわたしにたずねてくる。

「待って、ここって日本だよね? 日本だよねっ?」

「うん、日本。超日本」

「じゃあこれ、ハワイみたいになってるの、おかしくない?」

「うん、超おかしい」

 わたしも自分でいっていて、内心びっくりしている。なんだこれ、学校行くってレベルじゃないぞ。

「おかぁーさぁーん!」

 ドタドタと足音を響かせて、妹が一階のリビングに降りていった。

 ……我が妹ながら、騒々しいやつだ。

 妹に続いてリビングに向かうと、お母さん、お父さん、そして妹が朝食を食べているところだった。

 わたしもちゃぶ台について、ごはんを食べ始める……朝ごはんは、目玉焼き。それも、パイナップルがのった目玉焼きだった。

 思わず、つぶやく。

「……え、なにこれ?」

「あ、いいでしょそれ。なんか、庭にパイナップルが生えてたもんだから、せっかくだしハワイアンにしてみようかなと思ったのよ」

 と、お母さんがしれっという。

 はあ……。

 庭にパイナップルって、そこまでトロピカル化が進んでいるのか。おそるべし、謎の日本トロピカル化。

 わたしはパイナップルののった目玉焼きを、一口食べてみる。……予想通りの味がした。甘酸っぱいさと、たまごのまろやかさがうまくマッチしている。

 お父さんが目玉焼きにしょう油をかけながら、「しっかし、これはどういうことなんだろうな」と首をひねる。

「さあ、知らないわよ。テレビとかはなんていってるの?」

「原因不明っていってたぞ。なんか、日本全域が常夏になってるみたいなことが起きてるけど、まったくもって理由は判らないそうだ」

 ふーん……。

「北海道まで常夏になってるの?」

 これは、わたし。

「そうみたいだな」

 お父さんがうなずく。

「じゃあ、沖縄はそのままってことか」

「そうなるね」

「なんか、そう考えると損ね。わたしたち、ここに住んでてよかったよかった」

 お母さんが能天気にいった。

 目玉焼きを食べながら、わたしは考える。

 そういえばあゆきち、どうしてるんだろう。

 と、考えるとなんだか体がうずうずして、わたしは目玉焼きを一気にかきこんだ。そして、むせた。

「げっふぉ、げっふぉ!」

「あー、あんた、大丈夫?」

 お母さんが背中をさすってくれる。

 わたしは、「だ、だいじょぶ……」と弱々しくサムズアップした。

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