第3部 第6話 十三番目の鍵

雨が降り出していた。


神納の町にとって、雨はいつも“転換”の兆しだった。

静かに降り注ぐその水は、まるで地に眠る記憶を呼び起こすかのように、空気を濡らしていた。


綾乃と七海は、再び“祠跡”に立っていた。

前日、綾乃が手向けた封筒のあった場所に、小さな石板が浮かび上がっていた。


そこには、二つの名が刻まれていた。


> 白月(しらつき) ヨウコ

> 白鹿(はくろく) カンナ


「カンナ……?」


綾乃がその名を呟くと、七海が静かに頷いた。


「YOKOの“つがい”――もう一人の番です。

封印された神事において、彼女と共に山の神を祀っていた“神の使い”」


「でも……その名前は、今まで一度も出てこなかった」


七海は、自身のルーツに触れるように言った。


「封印の儀が行われた直後、神納村では“全てを記録から消す”措置が取られました。

番を失った神は“暴走”し、土地に災いをもたらしかけた。

それを止めたのが、わたしの先祖――“高僧・椎名蓮光”。」


「じゃあ、カンナは……?」


「封印の中心です。

すなわち“十三番目の鍵”とは、カンナという存在を封じ込めた象徴。

町がその記憶を葬り、誰も存在を思い出せないように仕組んだ、“最後の鍵”。」


綾乃は言葉を失った。

十二の鍵が揃ったと思われた封印――だが本当は、十三番目があった。


「なぜ十三という数が、“忌み数”とされたのか。

それは、祀られるべき番が“対”ではなく、“片割れ”だけが残されたから」


七海の声はどこか祈るように、悲しむように響いた。


***


その日の夕方、綾乃の自宅。

遺品の中にもう一通、見落としていた封書が見つかった。封にはこう記されていた。


> 「13を探すな。13は災いを呼ぶ。

> わたしは、その“災い”を止めるために記憶を封じた。

> 綾乃へ――

> あの子(ヨウコ)の願いが叶うとき、きっと“カンナ”もまた目覚める」


祖父、榊原道隆の文字だった。


「封じたのは……おじいちゃんだったんだね」


綾乃は、その文字の向こうにある“孤独”を思った。

誰にも話せず、町のために“神”と“願い”を葬った男。


「でも、もう……わたしが、引き受けるよ」


綾乃の目に、決意の光が灯る。


***


夜。七海が一人、町の北端――旧村の石段を登っていた。


月明かりがわずかに照らす石畳の途中に、古びた祠がひっそりと姿を現す。

YOKOと同じ白装束を纏った、影のような“少女”がそこにいた。


その目は、空を見上げたまま、動かない。


「……あなたが、カンナ?」


風に揺れる草木が、少女の答えを代弁するようにざわめいた。


彼女は微笑んだ。


『わたしは、“祈り”に呼ばれて目覚めた。

でも、わたしが目覚めれば、町はまた“罰”を受ける。

あなたは、それでも願うの?』


七海は静かに頷いた。


「あなたが存在を知られないまま、消えていくことが“町の救い”ではない。

町はあなたたち二人を“忘れた”ことで、繰り返す罪を止められなかった。

……私はその罪を、赦してほしい」


カンナの目が、七海を見つめた。

その瞳の奥には、千年の時間が宿っていた。


『ならば、記憶を還しなさい。

人々に、過去と向き合わせなさい。

それが叶うなら、わたしは……赦す』


白装束の少女の姿は、風に乗って消えた。


***


夜明け。


綾乃は、自宅のベランダから、光に包まれた空を見つめていた。


遠く、鳥居の奥に、二柱の“影”が重なっていくのが見えた。


YOKOとカンナ。


「全部、思い出させる。町がもう一度、自分自身と向き合えるように」


綾乃の胸元で、“鍵”のペンダントが再び輝いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る