在庫
元 源一(げん げんいち)
第1話、
早期退職をした鈴木は、午前中は新聞や雑誌に目を通し、二時ぐらいからは近くを散歩するという毎日を過ごしていた。ある日趣味のゴルフ雑誌を見ようとコンビニに入り、雑誌をペラペラとめくっていた。ガラス越しに制服を着た女子高生らしき人が写っていた。
何気に鈴木はその女子高生の方に目を向けた。その時赤いボールペンが彼女の布製のバッグの中に落ちて行った。その光景はまるでスローモーションのように鈴木の目には映った。万引き?いや万引きだよ。えっ?鈴木は放心状態だった。女子高生は黒のボールペンを手に取り
レジで支払いをし店から出て行った。
鈴木は我に返りすぐさま雑誌を元に戻し、女子高生を追った。
「君ー、君ー待ちなさい。」と鈴木が呼び止める。
女子高生の月子はゆっくりと後ろを振り向き、「私?」
「そう君だ、今コンビニで万引きしただろ?」
「万引き?、そんな大袈裟な。スリルを味わっただけよ、悪い?」月子は悪びれた様子もなく鈴木に言い放った。「万引きは犯罪だよ、それに在庫が合わなくなる。店にとっても経営する会社にとっても大変な事なんだ。
鈴木は勤めていた食品会社の倉庫課長をしていたのでつい在庫の事を口にした。「たとえば今君が万引きしたペンを二〇本仕入れて十五本売れたら在庫は五本だ。しかし一本万引きされたら在庫が四本しかない。これが厄介なだ。」
月子はへーと人事みたいに返事をした。
「君はスリルを味わえばいいんだろ?万引きしたものが欲しいわけではないんだよね?」鈴木は説得するような口調で言った。
「そうよ、スリルが味わえばいいの。だらだらな生活だからなんかパンチっていうかハラハラ、ドキドキがほしいの」月子は目を輝かせながら言った。
鈴木は少し考えて「それなら今万引きしたボールペンを俺が今から戻しに行く、そしたら在庫は合うし。そうしよう。ペンをくれ。」鈴木は何という名案なんだと、少し笑いながら自惚れにも似た感覚を得ていた。
「あっそうだ、これからも万引きでスリルを味わう時、俺が君と一緒にいて、店の外で品物をもらい俺が返しにいく。そしたら万引きしたことは、犯罪になるけど君がスリルを味わえればいいわけで、そうしよう。」鈴木は力説した。月子は鈴木が何でそこまでして私の事をと
不思議に思った。このおじさんも暇やから暇つぶしに丁度いいと思ってるだろう、協力してやるか、暇つぶしに。月子は少し上目遣いに鈴木をみてにんやりとした。
「わかったわ、そうしようよ、おじさんも万引きしたのを返すのもスリルあるから少しドキドキが楽しめるね。ライン交換しとこ。次の万引き日を知らせるためにね。いいでしょ。」
翌日早速月子からラインがきた。今日十六時ぐらいに昨日のコンビニに来れる?」鈴木は「来れる」と返信した。鈴木は三時前にそのコンビニの前に着いた。少し遅れて月子もやってきた。月子は笑顔で鈴木を見た。鈴木は顔が少しこわばっていた。あんな事言わなければ良かったと反省してるのだろう。
「じゃあやってくるよ、少し先の方で待ってて。行ってきまーす」月子は店に入っていった。五分もしないうちに店から出てきた。買い物袋に買った物の中から紅鮭おにぎりを取り出した。「これね」月子は鈴木に渡した。ここで待ってるからと言って鈴木の背中を押した。鈴木は上着のポケットにおにぎりをいれて店に入って行った。兎に角何か買おうとゴルフ雑誌を手に取り買い物カゴに入れた。ゆっくりとおにぎりがある方に歩いて行き、レジの定員を見る。1人の客の相手をしていた。今だ!と思った鈴木はポケットから紅鮭おにぎりを取り、
おにぎりを置いた。余裕もあるはずがなく梅おにぎりと明太おにぎりの間に不自然な形で置かれた。鈴木は汗びっしょりでこれでいい、戻したしと自問自答をしてレジに並んだ。ゴルフ雑誌を買って店を出て月子の元へ歩き、「いや、難しかったよ。レジの前だろう、しかしよく万引き出来たね、凄腕だな、どうやったの?」と月子に問う。「場所が場所だけに難しかったよ。おにぎりを三個カゴに入れて奥のお茶を買いに行き紅鮭おにぎりをカバンに入れただけよ。」月子は自慢げに言った。二人は近くの公園に行き少し話を始めた。
「やっぱりさ、万引きは犯罪だからさ、後一回でやめにしよう。でないと捕まったら君の人生終わりだからね。いいね。」鈴木は諭すように言った。月子は軽く首を縦に振った。そして互いの帰路についた。
月子から一週間ラインがない事に鈴木はまさか勝手に 万引きをやってるんじゃないやろなと思い、月子にラインした。
月子は中間テスト中だったらしい。鈴木は安心した。
真面目な子なんだからこのまま万引き辞めたらいいのにと思ったが鈴木はいや後一回で終わりにしようと思っていた。鈴木も品を返すのだから犯罪ではないけど、あのドキドキ感はかなりスリルがあると思っていた。
翌日の土曜日に月子からラインがきた。今日三時ぐらいにカナデアンプラザに来れる?ラストの万引きと。鈴木はいいよと返信してその時間に行く事にした。宝くじ売り場がある入り口との事でそこで待つようにと。
着いて十分ぐらいして月子が寄ってきた。久しぶりねと少し笑いながら、これ。ラストの万引きと黒くて薄いものを手渡された。ハンカチか?広げて見ると女性のショーツ?だった。「何これ、いやこれは売り場に行くだけで勇気いるし、え?」鈴木は頭をかきながら言った。
大丈夫、さあ返してきて、ここで待ってるからと又背中を押した。
鈴木は店の二階へいきショーツ売り場を探した。やっと見つけて同じ物らしい所に着いた。どれなんだろう、と探して同じ物がある所に着きポケットからショーツを取り出した。何故かわからないけど鈴木はショーツをひろげてみた。丁度その時近所の柳田さんの奥さんが、鈴木の姿を見てしまった。柳田の奥さんはすぐに隠れて、にやっとしていた。「鈴木のご主人凄く大胆ね、奥さんにプレゼント?羨ましい。早速奥さんに電話しなきゃ」
「もしもし?私。今買い物してるご主人をみたわ、楽しみにしてて。でも羨ましい限りだわ」鈴木夫人は「ええ?プレゼント?あぁ、主人は毎年この時期になると買ってくるのよ、今夜が楽しみだわ、電話してくれてありがとう。」鈴木家では毎年恒例の事だった。
だだいまと言いながら鈴木は家に戻った。「これ初物が入ったって前田の大将から電話があったので買ってきたよ。脂がのって旨そうよ。秋刀魚の刺身は格別やもんな」と言いながら冷蔵庫にしまっていると、妻の洋子が
「ねえ、これ買う時柳田の奥さんと会った?」
「柳田さん?いや会ってないよ。どうして?」
「先ね、電話があって今日ご主人からプレゼントがあるわよ。いいな洋子ちゃんて何か意味深な口調で言ったから。」秋刀魚の刺身中々食べる人いないからな、柳田の奥さん好きなのかなあ、でご主人が嫌いで中々食べれないって事かな」二人は熱燗で秋刀魚の刺身を堪能した。
翌日十一時ころ洋子の電話が鳴った。柳田の奥さんからだった。「もしもし?私、昨日のプレゼントどうだった?よかった?」やはり意味深な口調で話した。
洋子は「そりゃもう二人とも唸ったわよ、やっぱりいいわね。最高だったわ」と嬉しさを隠しきれず秋刀魚の刺身の美味しさを思いだすように柳田に話した。
「そうだよねぇやっぱり何か、雰囲気がね、わかったわ私も今日買いに行くわ、有難う」そう話すと電話は切れてしまった。洋子は雰囲気?まあいつもとは違う初物秋刀魚の刺身だからね。前田鮮魚店は知ってるのかしら、
あぁ、主人を見たって言ったから知ってるか。ならいいわね。しかし今日あるのかしらね。秋刀魚の刺身。
その頃鈴木と月子はカナデアンプラザの向かい側の喫茶店にいた。月子がジンジャーエール飲みたいといったからだ。店内は結構客がいた。鈴木は何かしら自分達が見られてる様で少し落ち着きがなかった。月子が「援助交際と思われているのよと小声で言った。えっ?あ、そう言う事。人の気もしらないでねと自分を諭すように吐いた。鈴木はビールをオーダーして払拭する様にグラス半分程一気に飲んだ。話す話題も万引きの話しかないし、ここでそんな話は出来ないしと鈴木は思いながらビールを飲んでいた。すると月子が「今日のショーツはね盗んでないのよ、やっぱりカナデアンプラザあたりになると無理。結局買ってきた。」鈴木はびっくりして
「じゃあ在庫過多になるやない、やばいよ、どうする?又俺取り戻しにはいけないよ。」「ここで待ってて。私が行ってくる。レシートあるし」と言って店を出て行った。二十分ぐらいして戻ってきた。定員さんに買ってはみたものの自分には身につける自信がなかったから戻したと伝え、定員さんと売り場に行くと少し崩れた様に並んでるショーツが会ったし、その定員さんも月子が買ったのを覚えてくれたからレシートと確認して渡して貰い店に戻ってきた。それを月子が袋から出し手に持ってみせた。「辞めなさい、しまいなさい」と鈴木は慌てたように月子に言った。月子は小悪魔の様に少し笑い袋の中にショーツをしまった。もう万引きはしない、新しい事に興味が湧いてきたからと話した。「新しい事?何だいそれは」月子は毎日ここでデートしよと訳の分からない事を言い始めた。「私、満更ではないの、タイプかもしれない、おじさんの事だから学校が終わったら毎日会おうよ、こんなにしてるだけで幸せなの、ねえいいでしょ
、ねえお願い」二杯目のビールを呑んでた鈴木は急に周りをキョロキョロし始めた。
急に大きな聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「あなた、昼寝長くない?起きて!何かいい夢でも見てたの?にやけてるわよ。」
「うーん、夢か、夢だよな」と鈴木は現実に戻った。
その時鈴木のラインが鳴った。:今日わ、秋刀魚の初物入りましたよ、刺身引いときましょうか?:
完
題名 在庫 元 源一
在庫 元 源一(げん げんいち) @stuh0914
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