第4話【ルゥネはルゥネだよ?】1
主を失った魔王城は静寂に包まれていた。
つい先ほどまで漂っていた瘴気は消え失せ、壁や床には壮絶な死闘の証である傷や穴が開いている。
人類を救う勇者として異世界に召喚されて、戦いを強いられ、ついにその役目を果たしたハルト。
ハルトは剣を収めると、しばらくその場に立ち尽くしていた。
後ろには共に魔王との死闘の末に満身創痍になっている仲間たち。
「……終わった」
ふと、そんなことを無意識に呟くハルト。
――”終わった”。
自分の口から出た言葉だというのに、その言葉の意味を脳が理解するまで数秒を要した。
(終わった……そう、か。やっと……終わったのか)
全身の力が抜けたハルトはドサっと崩れ落ちるように、座り込む。
都合のいい夢でも見ているのではないかと……そんなふうにすら思ってしまう。
それほどまでに、魔王を討伐したという実感が湧かなかった。
その実感が沸いたのは、共に死闘を乗り越えた仲間たちの喜びの声が王座の間に響き渡ったあとのことだった。
「ハルトさん?」
座り込んだまま、動くことなく天井を仰ぎ見ていたハルトを心配したミーレイが傍に寄ってくる。
ハルトは、彼女に視線を向ける。
「あ、うん……大丈夫だよ」
「本当ですか? ヒール、いりますか?」
「いや、平気。それより他の四人のヒールを優先してあげて。あいつらの方がボロボロだと思うから。ほら、あそこに転がってるジェドなんて、自分で立ち上がることすらできてなさそうだよ」
ハルトはそう言うと、傷だらけになっている賢者――”ジェド・リング・マクルスター”を見る。
後衛の魔法使い。
魔王からしてみれば、厄介な存在だったのだろう。
攻撃のフォーカスは彼と、その部下であり、同じ魔法使いのミラに向いていた。
「分かりました。でも……あれだけの戦闘をしたあとですから、ハルトさんも痛いところがあったら遠慮なく言って下さいね」
「はいはい」
手をひらひらと振って、ミーレイを他の仲間たちの元へ向かうように促す。
一体どれくらいの時間をこうしていたのだろうか。
気付けば、王座の間に残っているのはハルトだけになっていた。
(魔王城の探索とかしてるんだろうな……お宝とかありそうだし)
なんてことを吞気に考えながら、変わらず天井を仰ぎ見る。
つい考えてしまうのは、魔王との戦闘のことだった。
魔王は圧倒的な強さを誇っていた。
スキルを打っても、剣を振っても……簡単に捌かれてしまっていたのだ。
最後は
(ギリギリな戦いだったなぁ……)
ボケーっと力の抜けた表情を浮かべながら、何度も、何度も戦闘を思い返す。
ふと、何かがハルトの胸の奥をざわつかせた。
終わったはずなのに……胸に引っかかるものがあった。
それは、剣で
「あのとき、魔王は――」
ハルトはゆっくり立ち上がると、魔王が戦闘中に何度も視線を送っていた壁へ向かう。
そして、その部分を軽く触れると――ゴゴゴという音と共に扉が姿を現した。
「わお! 異世界!」
つい、そんなふざけたことを言ってしまうハルト。
(大体こういうときは、魔王が復活して第二ラウンドに突入するか、裏ボスが出てくるってのがお約束だ……)
ハルトは普段よりも二倍増しでバクバクしている心臓をギュっと抑えると剣を抜く。
(あいつら……待ってた方がいいかな?)
そんな心配をしながら、扉の奥――階段を一段、また一段と下る。
最大限の警戒をしながら、進むハルト。
しかし、一つの部屋の前に辿り着く頃には、裏ボスやら、第二ラウンドやらの心配はなくなっていた。
なぜか?
それは――ハルトがその道中で見てきたものが原因だった。
お風呂にトイレ、食堂に寝室。
さらにはサンドバッグが置かれたトレーニングルームみたいな部屋まで……。
そんな中で、どこか生活感が漂うリビングのような部屋を見つけたとなれば、ハルトの警戒心が薄れていくのも無理はなかった。
魔王城――なんて快適な生活空間なのだろう。
(でも……考えてみれば当然だよなぁ……魔王だって生きてるんだし)
魔王城の威厳は、もうなかった。
それどころか、どこか親近感すら湧いていた。
そして、何よりもハルトの緊張感を削ぐ部屋が一つ――
(……ルゥネの部屋?)
扉につけられたピンクのプレート。
そこに可愛いらしい文字で書かれた名前。
(ここは――子供部屋か)
ドキっとハルトの心臓が跳ねる。
(魔王って……子供がいたのか)
子供がいるかもしれない魔王を殺してしまった。
そんな罪悪感がハルトを襲う。
扉をゆっくりと開ける。
すると……一人の少女がベッドに横になり、眠っていた。
異世界に召喚された勇者、ハルトフォード。
そして、魔王の娘――ルゥネ・ヴァルト・ラグネリア。
これが、後に疑似家族として一緒に暮らすことになる二人の出会いだった。
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