心があたたまる家族愛ファンタジー
@2321umoyukaku_2319
第1話おひとりさま異世界ファンタジーからの
「自由気ままに異世界で暮らしたい」……そんな夢を叶えるためファンタジスタ・レイラ子(仮名)は特別な許可を得て便利な魔法やスキルを習得した。早速その魔法を唱えてみる。
気が付くと雪原にいた。風が強い。足を止め、寒さに耐える魔法を唱える。暖かくなった。しかし風は収まらない。魔法の力で風を鎮めようとしたら、目の前に赤い文字が表示された。
「ファンタジスタ・レイラ子さん、天候制御の魔法を使うにはマジックポイントが足りません」
舌打ちをして歩き出す。風は段々強まりつつあった。発作的な突風が吹くたびに、呼吸ができなくなる感じがした。地吹雪が顔に当たり、体が震えるのだった。倒れそうになることもしばしばだった。強風のため雪煙が舞い上がり、そのたびに視界は白くなり、まるで灰色の幕を下ろしたかのように完全に遮られた。
やがて雪が激しく降り始めた。赤ん坊の手ほどの大きさの雪が間断なく降る。冷たい雪と風が容赦なく体温を奪う。寒さに耐える魔法の効果が衰えてきたように思えた。立ち止まり、先ほどと同じ魔法を唱える。目の前に文字が赤く表示された。
「ファンタジスタ・レイラ子さん、防寒の魔法を使うにはマジックポイントが足りません」
歯ぎしりが自然に出てきた。自由気ままに異世界で暮らしたくて便利な魔法やスキルを習得したというのに! これでは何の意味もないではないか! 苛立ちで体が熱くなる。結果的には、防寒の魔法と同じ効果が表れた。再び歩き始める。
果てしなく続く雪原を歩くこと数分……それほど進まないうちにファンタジスタ・レイラ子は疲労を感じた。歩くのをやめる。周囲を見渡すが吹雪で何も見えない。単調な作業ゲームと何ら変わらない状況に、彼女は飽き飽きした。「自由気ままに異世界で暮らしたい」から、この異世界に異世界転移魔法で転移してきたのだ。雪の進軍をやるために来たのではない!
前の世界へ戻ろうと決意する。元の世界へ戻るためには、心の奥底にあるリセットスイッチのボタンを押せばいいと聞いている。しかし、心の奥深くまで探してみたが、そんなものは見つからない。困ったらヘルプということで「ヘルプ!」と唱えてみたが、何も起こらない。いや、起こった。
「ファンタジスタ・レイラ子さん、ヘルプ機能を利用するためには有料会員になる必要があります。有料会員になりますか? 有料会員になるためにはクレジットカードのカード番号とマイナンバーカードの写しを添付して送信して下さい」
基本無料のサービスしか利用しておらず、今後も有料会員になるつもりのないファンタジスタ・レイラ子は、ヘルプ機能の利用を断念した。
それでは、どうするか?
出発地点に戻ったら、元の世界へ戻れるかも!
早速ここまで来た道を後戻りしようとして、惑う。自分が何処から来て、ここにいるのか、ここが何所なのか、まるで分からないからだ。
とりあえず歩き始める。行く先も分からぬままに。だが、不安はない。災難や不幸には縁のない人生を送ってきた。これからも自分に理不尽な悲劇が襲いかかるなんてことは、あるはずがないからだ。
自分は、この物語の女主人公なのだ。順風満帆な未来が待っている……と考えて次の一歩を踏み出したら、そこには地面がなかった。雪原に覆われ見えなくなっていた深いクレバスに落下したファンタジスタ・レイラ子は全身を強く打撲して動けなくなった。痛くて我慢できない。呼吸するのも辛かった。こんなときは魔法に頼るしかない! と思った彼女は治癒魔法を唱えた。しかし何も起きない……いや、起こった。目の前に黒い文字が表示された。
「ファンタジスタ・レイラ子さん、治癒の魔法を使うにはマジックポイントが足りません」
怒りを覚えたが、罵声を浴びせる元気はない。これはヘルプ機能に頼るしかない! と残された力を振り絞りクレジットカードのカード番号とマイナンバーカードの写しを添付して送信しようとして、力尽きた。目の前が急に真っ暗になる。
突如、痛みが消えた。だからといって動けるようにはならなかった。何の感覚もなくなってきただけだった。呼吸が辛いことすら分からなくなった。脳に血が回っていないせいだと気付く。自分が死にかけていることにも気付く。
泣き叫ぶ前にファンタジスタ・レイラ子は息絶えた。いや、最後のあたりでは息をしていないわけだから、泣き叫ぶことは不可能だったろうが。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体一号は言った。
「ファンタジスタ・レイラ子のオリジナルが死んだようだな……」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号が顔を歪ませて笑った。
「クックックッタ、あいつはファンタジスタ・レイラ子四天王最弱……」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が、さも嘆かわしいと言わんばかりに片手を額に当てて首を横に振った。
「それにしてもファンタジスタ・レイラ子のオリジナルは<自由気ままに異世界で暮らしたい>人間の面汚しよ……」
ファンタジスタ・レイラ子のオリジナルは死んだ。しかし、生物学的な保険がかけられているから、心配には及ばない。ファンタジスタ・レイラ子には、そのコピー体が三つ存在しており、それらが「自由気ままに異世界で暮らしたい」という夢をかなえることになったのである。
「それでは、次は私の番だな」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体一号は頭に赤いバンダナを巻いた。そのバンダナは彼女の気合の証しだった。大事な局面では必ず彼女は、額に赤いバンダナを巻くのである。
「待ちな」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号が一号を呼び止めた。
「何だよ?」
出鼻をくじかれた一号が不愉快そうに顔を向ける。
「その赤いバンダナを外せ」
「何だと!」
同じ立場で同じ身長のコピー体から上から目線で命じられ、一号は憤った。
「てめえ、何様のつもりなんだよ? ああン? このバンダナを外すなんて、出来るわけがねえだろ!」
二号が言い返す。
「そんな個性は要らないんだよ。ファンタジスタ・レイラ子のコピー体を名乗るのなら、その汚い布切れを捨てろ」
魂が込められた赤いバンダナを、こともあろうに捨てろと言われ、一号は激昂した。
「許せねえ! これをき、き、汚ねえ布切れだと抜かしやがるなんて、もう絶対にゆ、ゆる、許せねッ!」
そんな一号を二号は、せせら笑う。
「で、どうすんだ?」
「殺してやる」
一号が二号に襲いかかろうとした、そのときである。
「よせ、同じコピー人間で殺し合っても、意味はないよ」
三号が二人の争いを止めた。彼女は一号に言った。
「さっさと転移しな。こっちは任せてくれ」
「分かった」
一号は頷いた。二号に鋭い視線を送る。
「戻って来たら、ただじゃおかねえからな」
二号が言い返す前に三号が言った。
「こっちは任せろと言ったのに、早速それかよ。早く行けってんだよ」
一号は異世界への転移魔法を唱えた。一号の姿が消えると三号は二号へ言った。
「あんなのに突っかかるな。あいつも、どうせ、すぐに死ぬんだから」
二号は納得しなかった。
「変なこだわりを持たれると、こっちが迷惑なんだよ。どうせすぐに死ぬったって、そんなんじゃこっちはな、嬉しくないんだ。この手でギタギタにしてやりたいんだ。自由気ままに異世界で暮らしたいなんて、あんな奴には贅沢な欲望だ。大それたことを考えてんじゃねえよタコって言ってやりたいんだよ」
「その気持ちは、分からないでもないさ。だけど夢や希望をかなえてやるってのが、このユートピア社会の国是なんだから、好きなようにさせてやりゃいい……その夢の途中で何が起ころうが、そいつの勝手なんだから」
「でもよ……」
しつこく二号はブツブツ不満を述べたが三号は無視した。他人のことなんか、基本的にはどうでもいいのだ。自分以外は死ねばいい、としか考えられない。その幸せを願うなんてことは、絶対にないのである。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体一号は、オリジナルのファンタジスタ・レイラ子と同様に、果てしなく雪原が続く異世界へと転移した。どうやら「自由気ままに異世界で暮らしたい」と願った人間は、そこへ転送される仕組みらしい。そのことに気付いたのは、しばらく雪原を歩いてからだ。徒歩で延々と歩き続ける間に、色々と考えていたら、その可能性に思い当たったのである。
「ちっくしょう、畜生め! そんなだったら、別の希望を念じたら良かったんだ! 雪のない世界で異世界ライフをエンジョイしたいとか何とか!」
ブーブー言ったが今さら始まらない。吹雪の雪原を進むこと十数分後、一号は氷の張った池の縁に到着した。吹雪で前が見えなかったが、地面と池の段差があって、気付いたのだ。池の方に目を凝らす。水面を覆う氷は厚く見えた。これなら渡れそうだ。しかし、氷が割れない保証はない。安全を考えれば池を迂回するのが第一となる。
「ちくしょう、面倒だから氷の真ん中を歩くか! とも思ったけど、そうはいかんかのお」
一号は池の縁を歩き始めた。しばらく進んだところで、足を滑らせて池の表面を覆う氷の上に落ちた。氷がバリンと音を立てて割れた。足の先から頭の先まで池の中に入る。冷たい池の水が鼻と口から入ってきた。溺れそうになり、手足をばたつかせたが、海水と違って淡水は浮力に乏しい。なかなか浮かび上がれない。しかも、水は非常に冷たいため、体が強張ってしまった。手足を動かそうとも動かせないのである。ヘルプだ、ヘルプ機能だ! と思ったが、もう頭も動かなくなってきた。泳ぎが達者になる魔法を唱えようかとも思ったが、そんなのはオプションで、無料通常版には備わっていない。
万事休す!
このままでは死ぬ……と考える一号の脳裏に幻が浮かぶ。その幻は、かつて彼女が夢見た風景だった。
「ごめんなさい。私、あなたとは付き合えない」
まさかのゴメンナサイを聞いて、色男は激しく動揺した。
「どうしてっ、どうしてなんだっ、僕に何の不満があるって言うんだっ!」
千々に乱れるイケメンに一号は言った。
「ドキドキの恋愛は、なしなので」
「は?」
「ドキドキの恋愛は、なしなんです。だから、ごめんなさい」
「そんな理由で、引き下がれるかよ!」
ハンサムな顔を怒りで歪め、一号に食ってかかる。
「ふざけたこと言いやがって、許せない。お前とバトルしてやる!」
怒り心頭の相手に対し、一号は冷静に対応した。ピストルを構え、バトルをしたがる男に突きつける。
「熱いバトルもなしですから」
バトル宣言をした男は熱くなりすぎて頭の具合がどうにかなってしまったようだ。自分にピストルを向けている相手に襲いかかったのだから。
一号は自分とバトルを希望する男の腹へ向けて一発撃った。撃った瞬間、男が身を沈めたので、弾丸は胸に命中した。弾丸は心臓を貫いた。致命傷だった。もっとも、腹に命中しても致命傷だったかもしれないが。
撃たれた男は信じられない、といった顔をした。まぎれもない驚愕が滲んだ声で言う。
「好きだって告白した相手を、殺すのか?」
肩をすくめて一号は質問に答えた。
「ドキドキの恋愛も、熱いバトルもなし。それが決まりなの。ウザイから早く死んで。私は自由気ままに異世界で暮らしたいの」
男は胸から血を流し、口からも泡の混じった血を吐いて死んだ。そんな幻覚を見ていた一号も死んだ。こちらは心臓麻痺が死因だ。冷たい水のせいで致死的な不整脈が起きたのだ。
一号は信じられない、といった表情のまま、凍った池の底へ沈んでいった。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号は言った。
「ファンタジスタ・レイラ子のコピー体一号が死んだようだな……」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は顔を歪ませて笑った。
「クックックッタ、あいつはファンタジスタ・レイラ子四天王最弱……」
ファンタジスタ・レイラ子の母親が、さも嘆かわしいと言わんばかりに片手を額に当てて首を横に振った。
「それにしてもファンタジスタ・レイラ子のコピー体一号は<自由気ままに異世界で暮らしたい>人間の面汚しよ……」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号と三号は、ファンタジスタ・レイラ子の母親を凝視した。
「誰なんだ、お前」
ファンタジスタ・レイラ子の母親は言った。
「ファンタジスタ・レイラ子の母親です」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号と三号は顔を見合わせてから、声を合わせて言った。
「母親」
「はい、そうです」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号と三号はゴクリと唾を飲み込んだ。二人は母親という存在を目にするのが初めてだった。
二号が呟く。
「信じられない」
三号は疑念を呈した。
「本当に母親なのか?」
両名が母親なる者を前に動揺しているのには理由がある。
ファンタジスタ・レイラ子のオリジナルとコピー体三人がいるのは、完全無欠のユートピア社会である。この社会ではプールされた精子と卵子から遺伝子的に最良の組み合わせで受精が行われ、受精卵を人工子宮で育成し、子宮外でも生存可能となるまで成長した胎児を、そのまま育児槽と呼ばれる保育器へ移し替えて育てるのが一般的だ。従って、母親という概念は、あくまでも卵子の提供者あるいは遺伝子情報の片方を与えた人間という程度でしかない。成長後は、母親と会うこともない。必要ないからだ。
これらの事情からファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号と三号は、母親という存在を生まれて初めて目の前にして、異様な緊張感を抱いているのである。
そんな二人にファンタジスタ・レイラ子の母親は言った。
「ここにいる二人は、私の卵子から発生した人間なのですよね?」
それは間違いない事実である。ファンタジスタ・レイラ子のオリジナルを完全に複製した人造人間がファンタジスタ・レイラ子のコピー体なのだ。二人ともファンタジスタ・レイラ子の母親を名乗る人間の卵子から生まれた……というか、発生したと言って構わないだろう。
そういった事情から、ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号と三号は頷いた。するとファンタジスタ・レイラ子の母親は居丈高な口調で言った。
「自分の母親に対し、その態度は何です?」
何ですと言われても……と当惑する二号と三号にファンタジスタ・レイラ子の母親は悲し気な顔を見せつけた。大袈裟に溜め息を吐く。
「母親になんてなるものじゃないわね。こんな恩知らずが自分の子供だなんて、本当に悲しいし、悔しいわ。あんたたちのせいで、あたしの人生は終わってしまったのよ。夢も希望もあったのに、何もかもが台無しになってしまったのよ」
そう言われても、二号と三号には何のことだかサッパリ分からない。
そんな二人にファンタジスタ・レイラ子の母親は悲しい過去を語り始めた。
「あんたたちには分からないでしょうね。あたしには夢があったのよ。便利な魔法やスキルを活用したり、農業や放牧に手を出してみたり、といった夢が! それが全部、あんたたちのせいでだめになってしまったよ。全部、あんたたちのせいなのよ!」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号と三号は顔を見合わせた。おずおずと二号が尋ねる。
「どうして、その責任が私たちに?」
恐る恐る三号が疑問を付け加える。
「今日、しかも、ついさっき、初めて会ったんですけど私たち。それなのに、どうして?」
母親が口を開いた……が、彼女が何か言う前に、このユートピア社会とコピー体について説明しておこう。
全住民の夢と希望をかなえる。それが、ユートピア社会の国是である。
しかし、夢の途上で斃れる者がいるのも事実だ。そのための保険がコピー体である。たとえ一人が死んでも、同じ遺伝子を持つ別の個体つまり複製人間が、オリジナルの夢をかなえるために後任として冷凍保存装置から蘇生されるのだ。
これらのコピー体は大抵の場合、三つ作られる。そして冷凍保存装置へ入れられ、必要時に蘇生処置を施されるのだ。ファンタジスタ・レイラ子のオリジナルが夢をかなえるため異世界に向かったタイミングで、彼女の複製人間が三体同時に蘇生された。「自由気ままに異世界で暮らしたい」という彼女の夢は危険度が高いと判定されたからだ。
さて、それではファンタジスタ・レイラ子たちの母親の話を聞こう。
「あたしには、便利な魔法やスキルを活用したり、農業や放牧に手を出してみたり、といった夢があったの。だけど、その夢を実現するチャンスが貰える抽選でファンタジスタ・レイラ子の方が当たったものだから、あたしは二等賞の<兄弟愛、親子愛、あるいは疑似家族の絆など、異世界を舞台に繰り広げられる、家族をテーマとした人間ドラマ>とオリジナルステッカーが貰えることになったのよぉぉぉ! そんなもん、要らないってのによぉぉぉぉお!」
スガビンドンガラガッシャ~ん! という効果音が、何処からともなく聞こえてきたが、それはこの際どうでもいい。
二号は言った。
「それじゃ、そろそろ行くわ」
三号が手を振った。
「頑張ってこい。骨は拾ってやる」
異世界転移魔法を二号は唱えた。その姿が一瞬で消える。血相を変えてファンタジスタ・レイラ子たちの母親は言った。
「ちょっと、あんたたち! 母親の話を聞かないなんて、酷い、酷すぎる! 酷いのにも程があるわよ! あんたら、あたしの子供でしょ? 親孝行するのが普通ってもんでしょ! 譲るでしょ、親に、一等賞<自由気ままに異世界で暮らしたい>の夢を! 普通は! ああ、分かったわよ。あんたらは普通じゃない。絶対に普通じゃないのさ! あ~あ、まったく、誰が育てたのやら。 本当に、むかつくんだよ! あーあー、親の顔が見てみたいねえ!」
三号はレーザービーム・ピストルを自分の母親へ向けて構えた。
「今の発言は、このユートピア社会への不平不満だ。この最高に幸せな空間を創り上げてくれたマザー・コンピューターに対する不服申し立ては認められていない。そんなことをする人間は不穏分子だ」
このユートピア社会を築き上げているマザー・コンピューターは不穏分子を自身への反逆者と見なす。そして反逆者には死あるのみだ。
その鉄則は、このユートピア社会の住人であるファンタジスタ・レイラ子たちの母親も分かっている。口を滑らしてしまったことに気付いた彼女は媚びた笑顔を浮かべて見せた。
「そんなこと言わないでさあ。ねえ、今の言葉、忘れてちょうだいよ」
三号は首を横に振った。
「駄目だ。お前を処刑する」
「そんな……あたしたちは家族じゃないか」
そう言う母親に、ファンタジスタ・レイラ子たちの一人は厳しい口調で語った。
「ここでは家族という不幸を生産するだけのシステムは存在しない。お前が言っているのは、単なる嘘だ。親が子供を支配するためだけに作り上げた虚構だ」
ファンタジスタ・レイラ子たちの母親は涙を浮かべ、悲しみの表情で言った。
「あたしは、あんたの母親なんだよ。それなのに……」
うすら笑いを浮かべて三号は言った。
「言いたいことは、それだけか? それじゃあ、死ね」
突き出した両手をブルブル左右に震わせてファンタジスタ・レイラ子たちの母親は哀願した。
「見逃しておくれよ、あたしはあんたの母親なんだから!」
「勘違いするんじゃねえよ。あたしらの母親はマザー・コンピューターだけだよ」
三号はレーザービーム・ピストルの引き金を引いた。ピストルから発射されたレーザービームはファンタジスタ・レイラ子たちの母親の額を貫通し、その脳をホカホカの肉汁に変えた。仰向けになって倒れる。
ファンタジスタ・レイラ子たちの母親が耳や鼻の穴そして口から血と元は脳味噌だった物体を垂れ流しながら息絶えた頃、ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号は山村の一軒家で村人と交流しながらのんびり暮らしていた。「山村の一軒家で村人と交流しながらのんびり暮らす」という夢がかなったのである。
だが、その細やかな幸せに暗い影が差すイベントが発生した。
「採算を気にせずに異世界で趣味の店を経営する」という夢を抱いて現れた人物によって、平和な村の暮らしが変わり始めたのである。
その人物の趣味とは人助けだった。その人は不便な山村で暮らす人々を哀れに思い、都会の便利な品々に供給する店を始めたのだった。まずはエネルギーの供給である。燃料と言えば枯れ枝や薪だった田舎に石油燃料と発電機を持ち込み、電気の生産を可能にした。それから店で石油燃料で動く自動車や農業機械を売り出した。電気でしか動かない機械類、たとえばスマートフォンやパソコンも売り出した。これらの品々は静かな田舎の山村を一変させた。機械の騒音や音楽が常に聞こえる都会的な山村に生まれ変わったのである。排気ガスは自然環境を悪化させ病人の数を増やしたが、便利な暮らしには代えられない。山村の人々は、それを受容した。ただ、困ったのは現金収入だ。金がないと燃料代や諸経費に事欠く。それなら現金収入のある都会で生活した方が良い、となって不便な田舎の山村から人口が流出するようになった。
山村が寂れていくのを悲しく思った人物がいた。それは、この村の人々の幸せのために都会の便利な品々に供給する趣味の店を始めた人である。その人は、現金収入が乏しいせいで村を去って行く人々が多い問題を解決するため、この村で事業を起こすことを決めた。しかし、事業を始める金がない。採算を度外視して店を経営していたので貯金は限りなくゼロに近かったのだ。そこで、都会の大手観光資本を呼び込むことにした。観光業者が建設するホテルやテーマパークに勤めることで一定の現金収入を得られるようになり、山村からの人口流出は前よりは減った。しかし、完全にゼロとはならない。人口の自然減少があるからだ。若者の都会への流出が増えることで人口の増加数は減り、老人が亡くなることで、村の人口は減り続けた。その減った人間の中に「山村の一軒家で村人と交流しながらのんびり暮らす」という夢をかなえたファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号がいた。事故死したのである。薄暗くなった夕方、近所を散歩中に、ホテル建設現場から出た土砂を運ぶダンプカーに轢き殺されたのだ。轢き逃げで逮捕されたダンプカーの運転手は「動物だと思った」と供述した。実際、車に轢かれる野生動物の数は急増していた。ちなみに、ダンプカーに潰された二号の遺体は翌朝、野生動物の餌となっているところを発見された。
二号の葬儀は山村の共同墓地で行われた。参列者は一人もおらず、墓掘りの人間二人と役場の担当者一名がいるだけだった。山村の人々はホテルの建設現場で働いていて忙しかったので出席しなかった。仕事を休んで来ようとした者が一人もいなかったことが意外ではあるけれど、山村の人々にとって二号は、しょせん、よそ者だった。忌引きが貰えない赤の他人のために、仕事を休むのは馬鹿げている。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は言った。
「ファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号が死んだようだな……」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は顔を歪ませて笑った。
「クックックッタ、あいつはファンタジスタ・レイラ子四天王最弱……」
ファンタジスタ・レイラ子の子供が、さも嘆かわしいと言わんばかりに片手を額に当てて首を横に振った。
「それにしてもファンタジスタ・レイラ子のコピー体二号は<自由気ままに異世界で暮らしたい>人間の面汚しっすよね……ファンタジスタ・レイラ子の子供を名乗るのが超恥ずかしいっすよ……」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は、まずファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号に言った。
「お前さっき、死んだよな」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は頷いた。
「ええ、あんたに撃ち殺されたわよ」
そして二人は物言わぬ死体を見た。先ほどと変わらない。相変わらず床の上に仰向けで倒れたままである。
自分と同じ姿形をした女を見下ろしてファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は言った。
「オリジナルのこいつがあんたに撃ち殺されたから、こいつのコピー体一号のあたしが冷凍保存装置から急速解凍されたってわけ」
顔を強張らせてファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が訊ねる。
「まさか、復讐しようと思ってんじゃないだろうな?」
「まさか」と言ってファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は笑った。
「何の恨みもないのに復讐するなんて莫迦げてるでしょ! あたしはオリジナルのクローン人間だけど、オリジナルのこいつとは別人なの」
屈託なく語るファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号に、ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は訊いてみた。
「それじゃ、何のために復活したんだ?」
「決まってるじゃない」とファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号が言う。
「オリジナルの夢や希望をかなえるためよ」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は首を傾げた。
「そういうことね。そう言や、そんなこと言ってたっけ……何だったか忘れたけどさ」
「あたしも詳しいことは知らない」とファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号。ちょっと考え、何かを思い出す。
「確か<自由気ままに異世界で暮らしたい>だったと思う。それか、あれは確か<兄弟愛、親子愛、あるいは疑似家族の絆など、異世界を舞台に繰り広げられる、家族をテーマとした人間ドラマ>だったかな。でも、どうもね、はっきりしないわあ」
「そんな感じだったと思う」とファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が言った、そのときである。
「<自由気ままに異世界で暮らしたい>を求めていたんすよ。でも<兄弟愛、親子愛、あるいは疑似家族の絆など、異世界を舞台に繰り広げられる、家族をテーマとした人間ドラマ>だったとしても、そんなに変わらないと思うんすよね」
二人の会話に口を挟む者が現れた。そう、ファンタジスタ・レイラ子の子供が言ったのである。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号とファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は、ファンタジスタ・レイラ子の子供を名乗る女の子に目をやった。
見つめられた女の子は、はにかんだ。
「嫌だな、そんなに見ないで下さいっすよ」
この子は女の子だったのか……とファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号とファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は思ったけれど、それには触れず、別の質問をぶつけた。
まずファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号から。
「どうしてここへ来た?」
ファンタジスタ・レイラ子の子供はボサボサの頭を指でガリガリ引っ掻いた。
「矯正施設の指導ロボットから命じられたんす。異世界転移準備センターのブリーフィング・ルームへ出頭しろって。それだけっす」
続いてファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号が訊ねる。
「あんた、矯正施設にいたの?」
「育児槽から矯正施設入りしたっすよ。悪のエリートだって言われましたっす」
自慢げに語るファンタジスタ・レイラ子の子供を見て、大人の二人は顔を見合わせた。反社会的な性格だと審査委員会に判断された個体は育児槽から矯正施設へ送り込まれる。そこで性格矯正が行われるのだが、それでも反社会的な資質が変わらないときは、その個体は殺される。ユートピア社会の治安を乱す反社会的勢力予備軍に吸わせる空気は、この場所には一モルだってないのだ。
「それじゃ、お前は普通の生活をしたことがないんだな」
そう言うファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号にファンタジスタ・レイラ子の子供が答える。
「ここでの普通の暮らしってものが何か、知れたもんじゃないっす」
それはマザー・コンピューターが供給してくれる素晴らしい生活への批判だ! と言いかけたファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号だったが、ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号が腕を抑えたので、ミニスカートの裾を捲り上げ太ももに巻き付けたホルスター内のレーザービーム・ピストルを抜くのをやめた。
それを見届けてからファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は言った。
「ここには自分の意志で来たんじゃないのね」
「うん、そうっす」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のオリジナルは「自由気ままに異世界で暮らしたい」という夢を叶えるチャンスを娘たちから貰おうとして、ここへやってきた。しかしファンタジスタ・レイラ子の子供は、そうではない。矯正施設の指導ロボットからの命令でやってきたのだ。
矯正施設の指導ロボットは、何の目的でファンタジスタ・レイラ子の子供を派遣したのか? ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号にもファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号にも、その理由が分からない。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が子供に尋ねる。
「本当に何も言われてないの?」
「うん」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号も同じ質問をする。しかし答えは一緒だ。
「何も言われてないっすよ。全然っす。でも、これを渡されましたっす」
やっと思い出したファンタジスタ・レイラ子の子供が懐から一枚の紙片を取り出した。
「お手紙だそうっす。字が読めないんで、何が書いてあるのか分からないっすけど」
子供の手からファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が紙片をふんだくった。一読する。呟く。
「こ、これは……」
「何だい何だい何だい、何が書いてあるって言うんだい!」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号が愕然とするファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号から紙片を奪い取る。目を皿のようにして読む。呻く。
「ぐぬう……」
そんな二人の姿にファンタジスタ・レイラ子の子供は居ても立っても居られなくなった。
「なになに……なに! 何が書いてあるって言うんすか?」
その紙片には、こう記されていた。
<あなたの夢と希望をかなえる特等チケット>
特等チケットと記された紙片を前に無言を貫く二人の大人にファンタジスタ・レイラ子の子供は苛立った。
「意味を教えて下さいっす! 秘密のチョコレート工場を見学するチケットに当選でもしたんすか?」
大人二人が子供に説明した内容は、おおよそ以下の通り。
人々の夢や希望をかなえてやるため、このユートピア社会を管理・運営するマザー・コンピューターは様々な施しをしている。その一環が異世界転移あるいは転生だ。ただし、それは容易なことではない。まず抽選に当たらないといけない。一等賞が<自由気ままに異世界で暮らしたい>で、二等賞は<兄弟愛、親子愛、あるいは疑似家族の絆など、異世界を舞台に繰り広げられる、家族をテーマとした人間ドラマ>とオリジナルステッカーなのだが、どちらも当選確率は異常に低いのである。
それでも応募者は絶えない。一等賞と二等賞の当選者に与えられる一等チケットも二等チケットも、異世界転移魔法その他、便利な魔法やスキルを習得可能とするためだ。これさえあれば、異世界では何でもできるのである――十分なマジックポイントがあれば、の条件付きではあるが。
大人たちが驚いたのは、この特等チケットが特別なチケットだからである。一等チケットや二等チケットと違い、抽選に当選しなくても与えられるものだ。さらに、その機能が一等チケットや二等チケットよりも充実しているという特徴があった。便利な魔法やスキルを十分に活用するためには多くのマジックポイントが必要となるが、消費されるポイント数が大幅に減るのである。
こんな貴重な特等チケットが、矯正施設に収容されていた悪ガキに与えられることは、普通では考えられない。従って大人の二人は、その裏事情を勘案した。しかし残念ながら、何も分からなかった。この子供には利用価値があることは分かった。便利な魔法やスキルを十分に活用するために必要なマジックポイントを減らせる優遇措置を利用しない手はない。
「早くチケットをスキャンしな」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が命じた。ファンタジスタ・レイラ子の子供はキョトンとした。
「え、どゆことっすか?」
「チケットには外不可視光線だけで見える透かしの三次元コードで量子暗号キーが印刷されている。それを読めば、自然と魔法やスキルが身に付く」
ファンタジスタ・レイラ子の子供はチケットの表裏を見たり引っ繰り返したりしてから言った。
「字しか書いてないっすよ」
「じっとチケットを見ていると目の奥でホログラム映像化されるから」
そう言ったのはファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号だ。言われた通りファンタジスタ・レイラ子の子供は特等チケットを見た。そうすると<あなたの夢と希望をかなえる特等チケット>と印字された文字のほかに、複雑な文様が浮かんで見えた。
「何か見えてきたっす!」
興奮するファンタジスタ・レイラ子の子供を左右に挟み、大人二人もホログラム映像化された量子暗号キーを読み取ろうとしたが、無理だった。網膜認証と顔認証の二重セキュリティーを突破してホログラム映像を読めるのは、チケットの持ち主だけなのである。
「あ、映像が消えたっすよ」
ファンタジスタ・レイラ子の子供が言った。ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が指示を出す。
「ついてきな。それじゃ、行くよ」
「ど、どこへ?」とファンタジスタ・レイラ子の子供が訊くと「異世界へ」とのご回答。
「なんで?」
「自由気ままに異世界で暮らしたいからさ」
「誰が?」
「私が」
「こっちは、それと何の関係があるんすか」
「あるだろ」
自信たっぷりにファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は言い切った。
「私はお前の母親だ」
「え」
「お前は私の子供なんだから、一緒に行くのは当然だ」
「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待ってよ!」とファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号が二人の会話に割って入る。
「黙って聞いてりゃ何を言ってんだい! あんたは母親じゃないだろ! 単なる遺伝子提供者! いや、それですらない! このガキ……じゃないや、この子に遺伝子を与えたのはファンタジスタ・レイラ子のオリジナルなんだから、あんたは何の関係もないよ! こんなときだけ母親面するなんて、阿呆なこと抜かすのも大概にしとけボケナス野郎め! 引っ込んでな、このすっとこどっこい!」
散々罵った後でファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は子供に言った。
「さあ、お祖母ちゃんと一緒に来るんだ」
「ど、どこへっすか?」
「異世界だよ、さあ早く」
「ふざけんじゃないよ!」とファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号がキレた。
「おばあちゃん? 何を都合のいいこと言ってんじゃあ! 母親と祖母だったら、母親が子供と一緒にいるべきだろうが!」
「だ・か・ら、あんたは母親なんかじゃないだろ!」
「お前だってなあ、ばあちゃん面すんじゃねえし!」
「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待ってよ!」とファンタジスタ・レイラ子の子供が口論する大人二人の中に入った。
「ここでケンカされても困るっす。どっちについて行ったらいいのか、こっちは分かんないんすから」
「それじゃ、話し合いで解決しましょう」
そう言いつつファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号はミニスカートの裾を捲り上げ自慢の美しい太ももに巻き付けたホルスター内のレーザービーム・ピストルを抜いた。発砲する。
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号は腹を撃たれた。彼女は血を噴き出す傷口を見下ろした。そこに穴が開いているのが信じられないような面持ちで腹に手を当てる。まぎれもない驚愕を声に滲ませて「うそだろ」と言う。
「嘘じゃねえよ、死ね」
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号はファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号の顔をめがけて撃った。撃たれた相手は斃れた。動かなくなる。
唖然としているファンタジスタ・レイラ子の子供に、二度目の母親殺しを敢行した殺人鬼は言った。
「邪魔者は消えた。さあ、早く異世界へ転移するんだよ」
「え、で、でも」
「え、でももえもない。私と一緒に異世界へ転移するんだよ」
そう言うと表情を変えずファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号はピストルをホルスターに戻した。頭を吹き飛ばされて生きている人間はいないからだ。いた。
「手を挙げな」
背後から急に声をかけられ、ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は顔を強張らせた。ミニスカートの裾を捲り上げ自慢の美しい太ももに巻き付けたホルスター内のレーザービーム・ピストルを抜こうとして、背中に衝撃を感じた。うつ伏せに倒れる。その背中にファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は言った。
「殺しやしないよ。だけど、そのピストルは預からせてもらうからね」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体一号の死によりファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は冷凍保存装置から急速解凍されるや否や、殺害現場に急行した。そしてファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号を襲ったのである。
目の前で起きた凶行は、ファンタジスタ・レイラ子の子供の精神の均衡を乱したのだろうか? 錯乱したかのような狂気の表情を浮かべた少女は、気絶したファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号からピストルを奪おうとしているファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号の延髄に向けて鋭い跳び蹴りを浴びせた。
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は卒倒した。遺伝子的には、その孫であるファンタジスタ・レイラ子の子供は、失神した祖母ことファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号の手からパラライザー(麻酔銃)を奪い、さらに遺伝子的には母親であるファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号のピストルを持ち去って、何処かへと消えた。
間もなくファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号が目を覚ました。近くにファンタジスタ・レイラ子の子供がいないことに気付くと、顔を歪めた。それから気絶しているファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号の首に黒いチョーカーを巻きつけた。それから命じる。
「起きろってんだ。ぐずぐすしてんじゃねえよ、さっさと起きな」
起きないのでファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号はファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号の頭を蹴って起こした。起こされた方は不機嫌な口調で言った。
「何がどうなってんだ」
「あんたはあたしに撃たれて失神したのさ。そして、首に爆薬付きのチョーカーを巻きつけられた。そのチョーカーに仕込まれた爆薬は、あたしの脳波で作動する。言うことを聞かないと、お仕置きでドカンといくから、大人しくしといてね」
首に巻かれたチョーカーに触れたファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が「ふざけんじゃないよ」と言った途端、その顔色が蒼くなった。ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号がグスッと笑う。
「爆薬以外に毒薬も仕込んであるから、注意して。あんたがあたしの機嫌を損ねると、その毒薬を極細の注射針で頸動脈に注入するから、言葉遣いには気を付けるんだよ」
固い表情でファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が言う。
「くっ、殺せ」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は言った。
「いずれ死ぬんだから、そんなにカリカリしなさんな」
「うるさい、とっとと殺せ」
「そんなに死にたいの? その前に、夢や希望をかなえたら? どうせ死ぬんだから、前向きに生きなさいよ」
訝しげにファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が尋ねた。
「何が望みだ?」
「六十を超えて以降、人生に夢や希望を抱いてないよ」
そう真顔で言ってからファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号はファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号に命じた。
「今からファンタジスタ・レイラ子の子供を追いかける」
そう言われ、ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は、ファンタジスタ・レイラ子の子供がいないことに気付いた。
「どこへ行ったんだ?」
「異世界だよ」
「異世界?」
「あのガキも異世界で暮らしたくなったんだ、このパンフレットを見てね」
そう言ってファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号はファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号に一枚の紙を渡した。
そこには、こんなことが書かれていた。
「自由気ままに異世界で暮らしたい」……そんな夢を叶える物語を募集します。ドキドキの恋愛も、熱いバトルもなし。便利な魔法やスキルを活用したり、農業や放牧に手を出してみたり。異世界ならではの魅力的な生活シーンが読めることを楽しみにしています。
「山村の一軒家で村人と交流しながらのんびり暮らす」「採算を気にせずに異世界で趣味の店を経営する」「特殊スキルで拠点を移動しながら異世界旅を満喫する」など、読者も異世界に行きたくなるような設定を考えてみてください。
なお、こうした日常や生活を描く場合、話の筋道や主人公の目的が見えづらくなることが多くなりそうです。しかし、読者にとって読みやすいものになるよう、うまく目標設定をしてストーリーの道標を立ててあげることは大切だと考えます。
「おひとりさま」部門ですから、主人公のキャラクター設定も重要です。多くの読者が共感できる、あるいは応援したくなるようなキャラクター造形を期待しています。必ずしも奇をてらった設定は必要ありませんが、没個性的でない魅力的な主人公を求めます。
兄弟愛、親子愛、あるいは疑似家族の絆など、異世界を舞台に繰り広げられる、家族をテーマとした人間ドラマを募集します。一家全員を描写せずとも、「兄に転生した主人公と幼い妹」、「継母として転生した主人公と息子」のように、1対1の関係を深掘りしていただいても構いません。貴族社会や魔法など、異世界ならではの味付けも楽しみにしています。
この部門では、異世界に転生または転移した主人公の家族物語を想定しています。家族愛がテーマですので、恋愛を主軸においた作品を受賞作とするのは難しいです。例えば、夫婦を題材として恋愛要素があるというのは問題ありませんが、恋愛関係よりも信頼関係に主眼がおかれるような、家族としてのドラマが展開されることを期待します。
「何だこりゃ?」
首を傾げてファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は、そう言った。ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は、ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号から紙を取り返してから、こう言った。
「古代の文書の一部だよ。あのガキは、矯正施設のデジタル図書館で、その文書を見つけた。そして、その一部をプリントアウトしたんだ」
「字が読めないって、あいつは言っていたと思ったが」
「嘘さ。あたしらを騙そうって腹だったんだよ」
憎々し気にファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は言った。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は冷たい眼をした。
「何が狙いだったんだろう」
「武器が欲しかったんだろうよ。一般市民のあたしらの武器が」
このユートピア社会においては、武器の所持と使用が一般市民には認められている。しかし矯正施設にいる人間には、それらの権利が与えられていない。何が起こるか分からない異世界を丸腰で旅するのは危険極まりない話なので、ファンタジスタ・レイラ子の子供は二人の武器を奪おうとしたのだろう。
「とにかく、急いでガキを捕まえるんだ」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号はファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号に言った。
「理由が何であれ、矯正施設の人間が武器を持つなんて許されないからね。取っ捕まえないといけない。誰よりも早く」
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号の狙いが、ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号には薄々、読めた。武器を持って逃げた矯正施設の人間を捕えたら、褒賞金が出る。その金が欲しいのだ。あるいは、その金で夢や希望をかなえようというのだろう。
マザー・コンピューターとの取引を目論んでいるのかもしれない、とファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は考えた。ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は<自由気ままに異世界で暮らしたい>という一等賞が欲しくてたまらないはずだ。だから、褒賞金で一等賞を買わせてくれと言い出すのでは、と予想したのである。
しかし……そう簡単にいくのだろうか、とファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は疑問に思った。このユートピア社会を統治するマザー・コンピューターは、まともではない。猜疑心の塊であり、すべての取引には裏があると思い込んでいる――それは事実だが――ので、一等賞の<自由気ままに異世界で暮らしたい>を欲しがる人間を疑うことだろう。二等賞の<兄弟愛、親子愛、あるいは疑似家族の絆など、異世界を舞台に繰り広げられる、家族をテーマとした人間ドラマ>とオリジナルステッカーを不要だという人間を、自分の決定に刃向かう反逆者だと認定するかもしれない。
そんな認定を下してもらえたら、実にありがたいとファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は腹の奥底で、ほくそ笑んだ。反逆者を殺すとポイントが貰える。それが溜まると夢や希望をかなえるため異世界へ転移できるチケットと交換できるのだ。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は便利な魔法やスキルをフル活用できる特製チケットと交換できるようになるまで反逆者を殺し続けるつもりだった。矯正施設の収容者でありながら武器を奪って異世界へ転移したファンタジスタ・レイラ子の子供は反逆者だから、殺す。そしてマザー・コンピューターが与えた二等賞に不満を抱くファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号も反逆者だから殺す。一気に二人も反逆者を始末できたら、最高だ! と胸が高鳴った。
「それじゃ、異世界へ転移するよ」とファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は言った。
「分かった」とファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は頷いた。
二人は手をつなぎ、異世界へ転移した。
「特殊スキルで拠点を移動しながら異世界旅を満喫する」なんて、最高だとファンタジスタ・レイラ子の子供は考えていた。だから、そうやってみた。しかし、思ったほど最高ではなかった。行った先々で知り合った家族たちが、どれも変だったのだ。
「兄に転生した主人公と幼い妹」、「継母として転生した主人公と息子」といった連中が禁断の関係に陥っていて、それを目撃しているうちに嫌気が差してきたのである。
日本の昼ドラマも真っ青なドロドロ恋愛、モダモダした関係性、ふとした瞬間の胸の高鳴り……大人向けの恋愛要素をぎゅぎゅっと詰め込んで、さらに熟成されたような物語はファンタジスタ・レイラ子の子供の好みではなかった。
だが、それらの物語が好きな人間がいた。身分や種族の違う、許されない恋の行方。死んだ「あの人」を重ねて見ているだけの関係。それから、いつか裏切らなければいけない人を愛してしまった……みたいな、こんな「背徳」が見たい! と思っている人間が、ファンタジスタ・レイラ子の子供を追っていたのだ。
それはファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号だった。彼女は、この手のコッテリした異世界ロマンスが、異様に好きだったのである。
貴族社会や魔法など、異世界ならではの味付けが舌が麻痺するくらい濃厚に施された大人向けの恋愛ドラマに夢中で気もそぞろなファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号の隙を突いて、ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号はマザー・コンピューターと連絡を取った。
片耳のピアスを引っ張ると、白い糸が出てくる。ピアスを口元まで伸ばし、それから白い糸が出ている耳たぶの隠しスイッチを押すと通信機の電源が入った。ピアスのマイクに向かって話す。ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号に反逆の疑いあり、と。マザー・コンピューターからの指示は、反対側の耳の飾るピアスを通じて脳内に伝達された。反逆者を殺せ。その命令を受諾したファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号の顔に陰湿な笑みが浮かんだ。自分の保有する遺伝子の半分を提供した女に対し、彼女は憎しみ以外の何の感情も持っていなかった。ぶち殺してやる、と心の奥底で独り言を呟く。
ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は、ファンタジスタ・レイラ子の子供が特殊スキルで建設した拠点の一角を勝手に改造し、そこに隠し部屋を作って身を潜めていた。ファンタジスタ・レイラ子の子供の隙を突き、その武器を奪って私的逮捕をしてやろうというのが目的だったが、いつの間にか、その計画は後回しになった。「兄に転生した主人公と幼い妹」や「継母として転生した主人公と息子」の恋愛や貴族社会や魔法など異世界ならではの設定を活かした人間ドラマを見ているうちに、それに気を取られてしまったためである。
今日もファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は、異世界の隠しカメラが撮影した覗き映像を映すテレビの画面を食い入るように見つめている。その背中に近づく影があった。ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号である。彼女はファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号の後頭部に強烈な空手チョップを食らわせた。殴られたファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号は昏倒した。
ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号は、意識を失ったファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号の首を絞め始めた。完全に殺すためである。途中でファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号が意識を取り戻した。自分を殺そうとする人間を見て、その首に巻き付けたチョーカーの爆薬を爆発させようとする! が、頭に血が回らず、それができない。せめてもの抵抗が、同じくチョーカーに仕込んだ毒薬の大量注入だった。この毒薬は大量に注入すると脳に不可逆なダメージを与える。その毒が回ったファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号が泡を吹いて斃れるのと、ファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号が絞殺されるのは、ほぼ同時だった。
二人が倒れる物音を聞いてファンタジスタ・レイラ子の子供が隠し部屋の存在に気付き、そこに入ってきた。倒れている二人を見て、彼女は混乱した。何があったのか、何も分からない。とりあえず便利な魔法で死んだ二人を蘇生させる。
蘇った直後の、ぼんやりしている二人から事情を聴いたファンタジスタ・レイラ子の子供は、二人とも頭がどうかしていると呆れた。それから両者の頭を自分にとって都合の良いように変えることを思い付く。
ファンタジスタ・レイラ子の子供は、自分に特製チケットをくれたマザー・コンピューターに感謝した。どんな気まぐれであっても、マザー・コンピューターは自分にとっては大事な存在……いや、母親であると思う。次に母親がくれた便利な魔法やスキルを使って、自分の家族を作ろうと考える。ファンタジスタ・レイラ子のコピー体三号とファンタジスタ・レイラ子の母親のコピー体二号を、良い母親と祖母に変えるのだ。そして素敵な<兄弟愛、親子愛、あるいは疑似家族の絆など、異世界を舞台に繰り広げられる、家族をテーマとした人間ドラマ>を創るのだ、と彼女は決意した。
心があたたまる家族愛ファンタジー @2321umoyukaku_2319
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