機関誌『現場主義』/2019年8月号
特集:「スパナで殴れ」──現場発、爆音系パンクバンドの正体(後編)
建設現場出身の異色バンド「スパナで殴れ」。 資材置き場でのライブ、火花と工具と騒音と…結成1年、彼らの歩みを追う。
──ところで、2018年9月に話題になった“あの件”についてもお聞きします。スズさん、母校前でCD配布された件ですが…
スズ:あー……あれね。いや、あれは愛だから。うちの工業高校のやつらに届けたくて。ってのは建前で、ぶっちゃけ在庫が余ってた(笑)
寺田:物置に積まれてたのを俺が蹴飛ばして、「これどうすんの?」ってなってな。
小町:スズが「配ればいいじゃん!」って言って、本当に行った。
田中:(頭を抱えるジェスチャー)
スズ:でもさ、配った子が「このベース、やばいっすね」って言ってくれたの。それだけで報われた。
──警察も来たとか。
──正直、怖くなかったですか?
スズ:うーん、まあ多少は。でもさ、警察って基本怒鳴るだけでしょ? 殴られないだけ、親方よりマシだった(笑)
──それはそれでどうかと……。
スズ:いやマジで、現場育ちだとあのくらいじゃ動じないんだよ。
しかも、そのあと職員室呼ばれて、昔の担任にめちゃくちゃ怒られた。「爆音より先に手続きしろ」って。
寺田:うるさくない日はねぇな。
小町:でもあの日、「火花と工具と少しの勇気があれば音楽はできる」って言ったの、あれマジで名言だったと思うよ。
──ちなみに、そのCDを作ったライブのときも警察、来たんだよね?
スズ:うん。地元の建材倉庫でやったんだけど、火花と一斗缶の音がやばすぎて通報された。パトカー5台来てた(笑)
寺田:近所の人が「何か爆発した?」って言って通報したらしい。
小町:「安全第一」って横断幕の下でめちゃくちゃ危ない雰囲気だったもんね。
田中:(軽く頷く)
スズ:でも止められなかったよね。あたしたち、あれが最初の“現場施工ライブ”だったし。
──あのときのライブ、実は音楽雑誌『月刊パンク進行中』の小さな記事でも紹介されてましたよね。
スズ:あー、あれね。「パンクかどうかは議論の余地ありだが、現場で発電機を回してドリルを鳴らす姿勢には敬意を表する」って書かれてたやつでしょ?
寺田:俺、あの記事3枚コピーして実家に送った(笑)
小町:「マンホールを叩く女がいる」ってサブタイトルついてたの、今も笑うわ。
田中:(うれしそうに頷く)
──そのときのライブ風景、もう少し詳しく教えてもらえますか?
スズ:現場の真ん中に足場を組んで、照明代わりに工事用の投光器を四隅に立てて。客席っていうか、みんなパレットの上に立って見てた(笑)
寺田:俺のギターアンプは発電機から直で繋いでた。たまに電圧落ちて音がヨレるんだけど、それも味ってことで。
小町:私は鉄筋の束の上に立って演奏してた。ちょっとでも動くと「ギギィ」って音がして、それが逆にテンション上がった。
田中:スネアが一斗缶で、ライドがマンホール。爆音で、全部共鳴してるのがわかる。
スズ:グラインダーで鉄筋切った時に火花が散りすぎて、床にちょっと焦げつくっていう事故もあったけど……あれもライブのうち、でしょ?
──……いやもう、なんと言うか、ぶっ飛びすぎていて、こちらが音を上げそうです(笑)。ただ一つ確かなのは、“スパナで殴れ”は音楽という枠を超えた“現場現象”だということ。
彼らのライブは爆音と火花と笑いに満ちている。けれどその裏にあるのは、確かな現場の誇りと、道具と向き合ってきた時間、そして誰にも譲れない「自分の声」だ。
結成から1年。彼らはまだ「ちゃんとしたステージ」に立ったことがない。
だがそれがどうした。彼らにとって“音楽”とは、足場の上から響く怒鳴り声であり、一斗缶を叩くリズムであり、ドリルの唸りなのだ。
“スパナで殴れ”は、今日もどこかの現場で音を鳴らしている──。
(了)
──(編集後記)
取材を終えてふと我に返る。
これは本当に、建築業界の機関誌で扱ってよかったのだろうか?
でも、確かにあの瞬間、あの火花と音には“現場”の魂が宿っていた。
きっとどこかの読者が、鉄骨の上でこの音を思い出す。
それで十分じゃないかと思っている。
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