この五分間は、あなたのためだけに演奏を

紫鳥コウ

01. 深爪

 深爪をしてしまった。綺麗さっぱりしたい。そういう気持ちが、無意識のうちにそうさせたのだろう。


 昼下がりに荷物が届いて、いつものように手で開けようとしたら、テープを爪で引っかくことができなかった。それなのに、何度も何度も、この爪でテープをめくろうとしてしまう。イライラした。イライラすることで、自分がみじめな人間だということをアピールしたい。そういう気持ちもあるらしかった。誰も見ていないのに。


 彼がいなくなり、一週間が経とうとしている。どれだけ泣いたことだろう。泣いたあとはちょっとすっきりするのに、少しすると彼との想い出がじわじわとよみがえってきて、悲しくて悔しくて、たまらなくなってしまう。


「結婚かあ。悪くないなあ」

 そんなことを言ってくれたのも思い出してしまう。


 わたしは気付くことができなかった。その言葉が白々しい響きをしていたことに。一体いつから、あいつと付き合いはじめたのだろう。


 せめて、彼もあいつも同じ職場にいなければ、まだしも傷は浅かったかもしれない。いままで、あいつのことを憎いと思ったことはなかった。仕事のできるひとだから、「頼りになる」くらいの印象しかなかった。


 だけどいまは、憎悪と嫉妬の対象でしかない。なんで彼は、わたしの前で、あいつとむつまじくしている姿を見せてくるのだろう。なにか彼に悪いことをしただろうか。


 あんな姿を見かければ、彼と付き合ったのは間違いだったんだと思い込めそうなものなのに、彼への未練が断ちきれなくて、わーっと叫びたくなってしまう。


 どうしても、あのふたりに――とくに、彼を奪ったあいつに、ぎゃふんと言わせたい。そう思って、あれこれ復讐の方法を考えてもみた。だけど、彼女の弱点は見つけられず、これといった策略もうまれなかった。


 生きている意味がない。


 そういう決断に至ってしまうほどに、わたしは追い込まれていた。というより、自分で追い込んでいた。この悲しみや苦しみから逃れるためには、この世からいなくなるしかない。それは楽なことだ。生きているよりマシだ。そんな愚かな考えを巡らせてしまっていた。


 そんなときに、わたしは、に出会った。

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