第1話への応援コメント
すみません、読むのが遅くなりました。
私の母は毒親だったので、これだけ思い出を語れるのが羨ましいです。
宴会は解りますね、嫁ぎ先がそうでしたから。長男の嫁だった私はもてなすだけで食べることのできなかったですよ。そうゆう時代だったんですね。
作者からの返信
星之様
父親の「子供や自分が帰ってきたときには家にいてほしい」という理由で専業主婦をさせられていた母からしたら不満は多かったかもしれません←地方の県事務所で好きな仕事をしていたから辞めたくなかったそうです
お金がない分愛情を……と思ってたかどうかは定かではないですがww
そうなんですよね~昭和の自宅宴会あるある……。
婚家は、舅が市会議員をしていて(嫁いだ時には辞めてた)、支援者に仕出し料理店を経営している人がいたので、自宅では作らずに料理を配達してもらってて目からウロコでした。
編集済
第1話への応援コメント
奈那美さん、お久しぶりです。
活動的で素敵なお母様だったのですね。
出来合いの物ではなく、料理への探究心があるのはとても共感いたします。
手作り餃子おいしいですよね。
私は皮も手作りしていますが、お母様はどうだったのでしょうか?
誰にでも簡単にできる美味しい物だと焼き鳥が思い浮かびます。
様々な部位を購入し串を打って炭(安価な炭ではなく、高級な炭というのが重要です)で焼くだけです。
ぜひ、お試しいただければ幸いです。
作者からの返信
陽野様
焼き鳥……美味しそうですね。
そういえば、子ども時代に鶏肉買ってきて金串に刺して、庭で七輪で焼いて食べたことがあったのを思い出しました。
肉を刺す手伝いもさせられました……多分小学校時代(^_^;)
編集済
第1話への応援コメント
いいお母さんでしたね。ご冥福をお祈りします。
私の母は、正反対に好奇心や自主性がなく、ぼんやりした人でした。きっと奈那美さんのお母様は、最後まで頭もしっかりしていたのでしょうね。うちは、最後の10年余りは母の姿をした別人を見るようでした。
どちらにしても、子供に対する想い、我々の親に対する想いは変わりません。まさに、思い出をありがとう、です。
しみじみとした思いにさせていただきました。近いうちに母の墓参りに行ってまいります。ありがとうございました。
作者からの返信
星様
お読みいただいた上にコメントまでいただき、ありがとうございました。
確かに母は晩年までボケることなく、意識はしっかり保ってました。
ただ、ある年の夏に町内会の旅行のあと体調を崩し、色んな病気で入退院を繰り返していて。
いわゆる病死という形で最期を迎えたので……ものすごく健康に気を使っていたのに、どうしてあんなに病気をしたのか不思議でなりません。
お墓まいり……きっとお母様も喜ばれると思います。