0-14 アルマガルの火

 嘘だ。

 嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ。


 解放されてから数時間が経った。

 こちらの人員もかなり減った。

 バーバラに遠方から指示を受けながらペイルハンマーの残ったメンバーで混乱状態の軍事施設に乗り込んだ。

 そうしないとすぐに殺されるからだ。

 皆で協力して相手の混乱を悪化させ続けなければ私たちは一瞬で捕まる。

 だから司令塔であるバーバラの指示に従いここまで来た。


「ああぁぁ…そこにいるのは五一九か…?」


 やけにくぐもった声で目の前の【魔物】は尋ねてくる。

 何故何も相談してくれなかったのか。

 何故一人で行ってしまったのか。

 …いや一人で向かってくれたのは人員の少ない状態で私を早く見つけるための時間稼ぎだ。

 それでも感情というにはすぐに納得してくれないようだった。


「無事で…良かった…」


「ステ…イル」


「ああ、五一九…次の任務だ…」


 体は変色し、あちこちから結晶化した魔素が生えている。

 目の色も変わり、肌もあちこちパサパサしている。

 ここまで魔素中毒が進行しているのは見たことがないが、これではもう助からないだろう。

 見たところ意識を保っているのがやっとのようだ。

 それでもステイルは片手で自身の胸を押さえ、もう片方の手で自身の頭を指してこちらをまっすぐ見ていた。

 彼は自身の状態を理解していた。


「…っ…了解」


 一瞬、ためらった。

 躊躇したことを後悔した。

 何故ならばその一瞬の間にあの狂った博士の助手が得体の知れない注射をステイルに刺し、思いっきり内容物を流し込んだからだ。

 気がついた時にはもう遅く、助手を切り倒した時点で手遅れだった。


 直ぐにステイルも何か変化が起きてしまう前に斬り殺そうとしたが、十人以上の役漬けされた研究者達が邪魔してきた。

 注射の効果は早かった。


「うぐっ…ぐぉぉぉおおおお!!」


「ステイル!」


 残りの研究者も一人以外殺した。

 駆けつけようとしたその瞬間、ステイルを中心に魔力の高まりを感じた。

 身体中に生えていた魔素結晶も成長し、見た目も変わり、人型の魔物が出来上がった。


「ハハッ、遂に、遂に完成しましたぞぉ!

 人工人形魔物の誕生ですぞぉ!」


「アァ…アア…」


 最後の一人も首を切り、ステイルを見る。

 角のように鋭い魔素結晶が肩や背中から生え、肉体そのものが物質から変わっているようだ。

 硬そうな皮膚、原型を崩して巨大化する腕の先端。


 ああ、魔物だ。

 しかも今までにない人為的に作られた完璧な薬だ。

 特に魔素を多く保有する魔物だ。

 変形していく中で見えた胸に埋め込んであった装置が魔素を魔力に変換して身体中に送っていたのだろう。

 この魔物は魔素だけでなく魔力すら持っている。


 ふと、魔物が私ではなく地上を見た。

 一体何を見ているのかと思えば、顔であろう場所からレーザーが


「アア…ゴォイチキュウ…」


「…っ」


 剣を抜き、魔力を練る。

 あれは魔物だ。

 あれはもう人ではない。


 歩幅を広げ、右手に細身の長剣を構える。

 この剣は私の糸や魔力による加速に合わせて使いやすいように考えたステイルとリチャードが鍛冶屋に頼んで作ってもらった剣だ。

 持ち手の先には糸を通せる穴もある。

 ステイルからもらった最後の贈り物だ。

 動こうとした、その時だった。


「っ!?」


「ラアアッ!!」


 凄まじい勢いで腕を振り抜いてきた。

 いつの間にか接近していた。

 魔力を扱えるようになったからだろう。


 しかしいくらなんでも硬すぎる。

 剣で防いだのはいいものの、明らかに人の皮膚ではない。

 まるで鉄の塊、それも魔素の溜まった間鉄とも呼ばれるような素材。

 ステイルの体そのものが変化している。


「アア…アアア…」


 意味を持たない声を漏らしながら襲ってくる。

 それも昔から持っている剣術や体術の要領で動かしている。

 空いている左手で拳銃を発砲してみたが体に当たると拳銃くらいの威力では弾かれてしまうようだ。

 スナイパーほどの威力があってやっと有効打になるかも知れないが、それでも正直不安だ。

 銃を撃つ際に魔力を込めればある程度威力は増すかも知れないが自身から遠ざかるにつれて魔力が届かなくなるから結局無駄になる。


 ならばと特製手榴弾を三個投げてみたが全て腕の一振りでその場で爆発した。

 その影響はあまりみられなかった。


 まだ練習中だけれど、雲人族としての糸なら使えるだろうか。

 遠すぎなければある程度までは魔力で動かせる。

 今度は私から一気に接近し、剣を振りながら糸を放出する。

 フェイントを入れ、腕を振り抜いたその瞬間頭の高さに跳ぶ。


「はぁっ!!」


 魔力の通っている糸を無数に操り、魔物にいくつもの傷を作る。

 弾力が強い糸を背後に一本設置し、空中から突進する。


 一瞬だった。

 魔物の心臓を一突き、まるで弾けるように身体中の結晶が消え失せ、先ほどまでの動きが嘘かのように静止した。


「アア…」


「ごめん…ありがとう、お義父さん」


「アア…アアア…」


「おやすみなさい…」


「ニンム…ゴク、ロウ…」


 それだけ言って、ステイルの体はボロボロと崩壊した。

 壊れた石像のように。


「…」


 ステイルは体が崩れ去る寸前にジャケットの内ポケットから資料を出した。

 このまま屋根の上にいても直ぐに軍が来てしまう。

 早く行かなきゃ。


「…さようなら」




 追手を振り払いながら軍の施設を進む。別方向からペイルハンマーとブルーウィングスのメンバーが襲撃してくれているおかげでこちらに回される人員も少なく済んでいる。

 ステイルが残してくれた資料は彼に埋め込まれた魔道具の説明と、私を救い出す前に作ったのであろう侵入経路の地図。

 あちこちに潜入しては撃たれながらも爆破していったようだ。

 まだ魔力を使い始めて数週間だというのに無茶をしたものだ。

 しかしこれはもともと私がやるはずだったこと。

 捕まったことで遅れてしまった作戦を進めてくれたのだ。


 今回の任務はアルマガル王国を裏から操り、多くの被害者を出した罪深き連中を始末すること、もしくは公に出して他国にこの真実を知らしめること。

 …だけど、ステイル同様、今の私も奴らを許せそうにない。


 ここから先は私がどうにかしなければいけない。

 軍の施設から奥に研究施設が広がっていた。

 見張りを確実に仕留めて進むしかないが、糸を操れることがここにきてとても有利に働いた。


 施設内部でも厳重に鍵もカメラも警備も配置されている場所は極力避けていたが、やはり目当てのものが見つからない。

 ここから先はバレることを前提にしたうえで進まなくてはならない。


 考えていても仕方がない。

 先手必勝、位置の把握しているカメラに糸を射出して引きちぎる。

 こちらに気がついた見回りと怪しい実験室の前を守っている門番がこちらに向かってくる。

 一、ニ、三、とリズム良く順番に首を切りながら進む。


 室内に突入すると、そこは大きな部屋だった。

 中央に見たことのない巨大な装置があり、研究者達が忙しそうに動き回っていた。

 装置からは大量の魔素が循環しているのが感じられた。

 私を認識した彼らはその場で動きを止め、自衛用であろう魔素銃を向けてくる。

 だが彼らは魔力を扱う者との戦闘どころかまともに戦闘もできない根っからの研究者達だった。




 おかしい。

 手薄すぎる。

 ここまで楽に来れるのはおかしい。

 一瞬で片付いてしまった。

 まさかと思い、バーバラに連絡を取る。


「赤鬼、今ど」


 無線の向こう側から聞こえるのは何かを連射する音と豪快な鬼の声だった。


「ハハッ、悪いねミラージュ!

 今回は私とステイルの問題なんだ、あんたも必要な資料を集めたら五分以内に逃げるんだよ!

 でないとここ一帯が消え失せるからね!」


「な、何を言っ」


「喋ってる暇もないほど忙しくてねぇ、これだけは言っておく。

 ステイルは君へのメッセージを残していった。

 知りたきゃリチャードに聞いとくれ!

 それじゃ、頑張るんだよ」


「待っ…」


 ブチッ。


「…ははっ、カッコつけすぎかねぇ?

 最後くらい、許してもらいたいねぇ!」


 言い切る前に、

 最後の一言だけ、とても優しい声だった。


 なんで?

 なんで置いていくの?

 まだ何も返せていないのに…






 施設から出て十数秒後、背後で大爆発が起こった。

 私の手元には白き影教団の研究資料と過去の記録だけが残った。

 わかったことは、ステイルもバーバラも私に隠していた繋がりがしっかり役に立ったということ。

 同時に複数の位置から爆発が確認できた。

 どこの誰がこんな任務に賛同して参加するのか。


 …いや、自分もステイルに求められたら喜んで参加しただろう。

 私の知らない犠牲も多く出ているのだろう。

 ただ一言言ってくれれば、私も一緒に…


 …私を求めてはくれなかった。

 ステイルも私がどう動くかなんて把握している。

 だからだろう、回りくどくても私を遠ざけた。

 だからなのだろう、昔馴染みや同じ思想を持つ同士と一緒に消えていった。


 どのような者達が手を貸していたかは想像がついた。

 同じ孤児院出身の同じ復讐者や、多くの犠牲を出し続けるであろうこの施設を許せない者達。

 大量殺戮になってもこの施設を破壊しなくてはならないと信じた者達。

 おそらくバーバラ経由で集まったのだろう。


 「お義父さん…」


 その声に応える者はいなかった。











 壊滅した研究所やアルマガル王国の裏に潜んでいた白き影教団の拠点から離れた後、キュブリオン共和国にいるリチャードを訪れていた。


「…そうか、わかった。

 約束通り、お前にこれを渡す」


 ペイルハンマーの人員で今回一緒に死んだのは皆バーバラと協力関係にあった者達であり、参加したくない人達はバーバラがキュブリオン共和国に来た時に信頼できる傭兵団まで送り届けたらしい。

 私達と合流したのはその後だったそうだ。

ステイルからの手紙には謝罪が書いてあった。




 五一九、黙って作戦を進めたことを詫びよう。

 もし君に話していれば君もこちらに来そうだったので我々だけで決行した。

 恨んでくれていい。

 私以外に頼る人がいないというのは避けた方が良かったと今では思っているが今更のことだ。

 君が魔の半島から資料と新たな力を入手してきた時、君が自身のことを思い出すのではとも思ったが、できなかったようだな。


 私は白き影教団を壊滅させて散るだろう。

 もしバーバラが生き残っていれば彼女を頼れ。

 私が一番信頼している人物だ。


 もしも誰も帰ってこないようであれば、お前が決めろ。

 ブルーウィングスのような傭兵団ならば君を守ってくれるだろう。

 もしいなくなった後でも私の指示が欲しいなどと言うのであれば、最後に選択肢だけは残す。


 一つは傭兵団に入り生きていくこと。

 一つはリチャードの助手として働くこと。

 本人は承諾している。

 最後の一つは過去の自分を探すこと。


 どんな危険があるか、どんな真実があるかなんて私にもわからない。

 だが君もわかっているだろうが君は異界からやってきた。

 それ以前の記憶を無くしているが、魔の半島には狭間の反対側の情報が多く眠っているはずだ。

 確実ではないだろうが、君がそれと同時にこちらに来たならば、何か残っているかもしれない。

 知ったことで後悔するかもしれない。

 それでも良いなら向かうと良い。


 最後になったが五一九、記憶も本名も忘れたお前に新たに名前をやろう。

 フィオナ。

 これはシルバーファングの最後の団長、私の孤児院からの先輩が子供につけようとしていた名前だ。

 良ければ受け取ってくれ、嫌ならば忘れてくれて構わない。




 一人、置き手紙を手に持って泣きじゃくる少女を背後にリチャードは静かに部屋を出た。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「落ち着いたか」


 その言葉に少女は静かに頷いた。

 彼女は泣き止んでからリチャードに話を聞きにきた。


「それで、決心はついたのかい?」


「私は…もう一度、あの魔の半島に行こうと、思います」


「…そうか」


「助手になれず、すみません」


「いや、いい。

 お前はお前のしたいようにすれば良い。

 これは俺からの土産だ」


「良いの?」


「ああ、お前専用の道具セットとバッグ、この前の銭湯で多く消費して仕入れないといけなかっただろ。

 ついでに自作のアイテムも突っ込んであるから使ってやってくれ」


「ありがとう、ございます」


「おう、気をつけろよ、フィオナ」






 それからフィオナはブルーウィングスのマルスの力を借り、魔物の巣までやってきた。

 流石に門から先は自分だけで来た。

 いまだに他の誰も到達していない地下帝国に足を踏み入れる。


「いらっしゃーい」


 そう迎えてくれたのはアルベドだった。


「…」


「それで、今回は何をお求めに?」


 フィオナは魔石と複数の本や資料を交換し、店を出た。

 以前来た時に寝たベンチに腰を下ろし、マルスから頂いた弁当を食べる。


「…よし」


 彼女は意を決して以前見た井戸へ飛び込んだ。

 フィオナがここに来た理由、それは狭間のことを知るため。

 そして彼女自身の過去の手がかりでもあれば嬉しい。

 地図をくれた謎の人物にも再会したい。

 マスクを装着し、警戒を強める。

 フィオナはまっすぐ、井戸を降りていった。




 そこに広がるは異界とも思えるほどの景色。

 光る苔やキノコ、空気中でも感じるほど濃い魔素、小さな虫ですら魔物となって過ごしている。

 ここでは他に見られない珍しい生態系が見られる。


 何が待っているかもわからない。

 見たことのない魔物も、環境も、歴史もあるだろう。

 それに寿命の長い種族がまだ残っているとアルベドの資料にあった。

 自身のルーツを探すため、赤い布を纏った少女の長い調査が始まった。

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