褒めて欲しい

「良き日だ、良き風だ」


「俺がいるしな」

「………、愛人あいれん殿が…?」

「風の精霊主エレメンタリーですから」

「成る程、そなたがそうであったか。番人が代々天女をつれておるが、他国の精灵じんりんの主であったか」

「お前は時々古臭い言葉を使うな」

「常世に顕現する時間が極端に少ないものでなぁ」

「そこは仕方がありませんね」


家にいてはいつアッシュに壊されるかわからないと外へと出てきた。

改めて見れば雲海から頭を出したいくつかの霊峰の足場にいくつかの吊り橋で繋がれただけの景色。遥か遠くまで雲海が広がりまるで地平線のような空の際。


「どれ、児の無事でも確認しにでも行くかな」

「出掛けんの?帰ってくる?」

「ん、何ゆえか」

「飯いんのかなって」

「お前、人が良すぎるな」

「そうですねぇ、好きにさせておけばいいんですよ」

「……主はもう帰ってしまうのか」


でかい身体をゆるく丸めてもじもじと聞いてくる。うん、なかなか気持ち悪い。


「なんですか、墓参りをしたら下山するつもりですけど」

「役目を頑張るゆえにな、その な」

「はっきり言え。内容によってはその首今飛ばす」

「アッシュいい子だから」

「願いじゃ、吉兆を与える迄見守ってはくれぬか。悪さはせぬ、急がぬ旅であるならその一日、二日をわしにくれ」

「なんでまた」

「主に嫌われたままで40年の時は過ごせぬ…、後生じゃ」


どうしようか、と自分を抱き上げているアッシュを見上げる。


「はははッ前回俺が見た亀は横柄を絵に描いたみたいな奴だったけど、お前ちょっとかわいーな」

「言歩木の事か。アレはそうさなぁ、わしも好かぬ。面倒くさい」

「アッシュ?」

「……ふん」


ぎゅ、と抱きしめてシエルに自分の匂いを付けるようにぐりぐりと擦り付ける。よしよしと髪を撫ぜながら好きにさせて苦笑混じりに八雲を見る。


「ふふ、いい子。…蛇、二日だけですよ、それ以上はアッシュに我慢させたくない」

「まことか」

「仕方ない」


ぱぁ、と顔を明るくして全身で喜びを見せる。尻尾でもついていたら全力で振り回しているだろう。


「厄介なならずものなくせに子供みたいですね」

「わしの何処が童か」

「頭の中かな、いいから出かけるならさっさと行きなさい。僕達は此処にいるから」

「うむ!約束じゃからな!」

「…彼奴何いってんだと思ったけど、ほんとだわ…、シエルちゃんがかーさんに見えてきた…」

「タキ、お仕置きされたい?」

「ごめんなさい」


ちらちらとシエルの姿を確かめながら雲海へと飛び降りる八雲を見送りながらタキが呆れたように馬鹿なことをいう。


「面倒くさいのに懐かれたな」

「不吉な事言わないでくださいよ」

「二人がいくつかは知らないけど、彼奴らに会うのは初めてだったんだなー」

「10年にいちど、10日もいない周期ですからね。今回邂逅したのも大した確率でしょう」

「いつ降りてきたんだろ」

「わからんのか」

「神様は気紛れじゃん。遣いも同じだよ」

「なるほど?」





❀❀❀






『主は木の実は好きかのぅ。桃でも採っていったら喜ぶだろうか。桃源郷の仙果を持ってくるのだった』


鼻唄でも歌いそうになる程ご機嫌に長い身体をくねらせながら黒い龍が高い空を悠々と飛んでいた。雲間に見え隠れする身体は人の目には映らない。一部の子供には幻のように見えることもあるらしくその姿は伝説として語られていた。


『土産をとって帰ろう。喜んでくれんかのう』


桃の木をみつけてふわりと高度を下げると雲間で姿を変える。すとりと人の姿で降り立ち甘そうな実をいくつか見繕い出した。

機嫌よく桃の実を採っていると不意に気配がして声をかけられて何気なく振り返る。いつの間にいたのか背後から深い緑の髪を雑に束ねた青年がのんびりとした仕草で寄ってきた。


「兄さん、背ぇ高いねー こんなとこで何してんの」

「む。桃をこのに分けてもらっておる」

「ふぅん」


ざわりと桃の木が揺れる。

何かがおかしい、人ではなかった。


「………そなた、何者よ」

「けけ、なぁんだよ八雲ォ オレがわからねぇとか薄情だよなぁあ」

「……ッ そなた…、蚩尤か」


途端に熱い熱気に視界が奪われ手にした桃と背後の木を咄嗟に庇う。薄く目を開けるとそこには燃えるような赤い目を爛々と向ける男が半分獣になりかけたような姿で笑っていた。


「八雲ォ、なぁんか腑抜けてねぇかぁ?こんだけ挑発してもノッてこねぇとか…玉取られたんじゃねぇの」

「…く、おさめよ 纏わりつくな、煩い。わしはもうそなたと無意味な諍いはせぬ」

「あぁ?」

「暇になると絡んできおって。40年に一度の今くらいは大人しく出来ぬのか」

「関係ねぇなぁ、おまえが相手をしねぇならオレは誰と喧嘩したらいいんだ。憂さ晴らし出来ねぇと人間でも虐めたくなっちまうぜぇ」


乱された髪を撫でつけながら呆れたように桃を庇って丸めていた身体を起こして向き直る。


「帰ったら遊んでやるわ、されど喧嘩はせぬぞ。今からわしの祝い児を見に行く、邪魔するでない」

「何でだよ、お前なんかおかしくねぇ…… おい、なんだそれ」


八雲の首元に目を止めて蚩尤と呼ばれた半獣は眉を顰める。


「む、これか これは主からの首輪ぞ。つけられてから不思議と心が安らかでな。喧嘩事など興味が失せた」

「それ、逆鱗じゃねぇか…、誰だこんな事しやがったのは」

「だから主じゃ、そなたも人が目にする前に戻れ。わしはまだ2日3日崑崙にお、……る」


音もなく、背中から鋭く長い爪が胸へと生えていた。自分の血にまみれたそれをぼんやりと目にしたのを最後に力を無くした身体が崩れ落ちる。


「八雲ぉ、何されてくれてんだよてめぇはぁ…」


ころりと手にしていた桃が転がり、流れ出た血に汚れた。半獣の男は崩れた身体を抱きとめると、無造作に肩へと担ぎあげて空を見上げる。口元へ指を当てて笛を吹いた。


「此処までしても怒らねぇか、クソがァ」


呟いて八つ当たり気味にそこにあった桃の木を蹴り倒すと 雲が割れ、見えた空へと八雲を担いだまま大地を蹴って空へと消えた。





❀❀❀






「なんかハーティ機嫌いいんだよなー、レンちゃんとリリィちゃんのおかげかな」

「五大元素の精霊は自我が強いですから、他の精霊達に比べたら遊んだり喜んだりが人のようですよね」


この世界の殆どのものに精霊は宿っている。殆どはふわふわと掴みどころのない存在で、木であったりとか花であったりとかを宿にしているのでを愛でて大切にしてくれるものには懐いて恩恵をくれたりする。

例えばキースの家などはそれがわかりやすく、家門そのものが自然に愛された家系だった。

宿をもつ精霊はそれらに依存するため、枯れたり朽ちたりすれば共に消え、また生まれ変わる。五大元素精霊たちに比べれば段違いに脆弱だ。


「ん、どしたハーティ んん、落ち着いて」

「どうしました」

「なんか騒いでる。いや、泣いてる…?どうしたのさ」

「レン、何かあったか」


精霊達がにわかに騒ぎ出す気配に主達がのんびり飲んでいた茶を置いて席を立った。それぞれの精霊を宥めて何があったのかを聞き出す。


「桃の木の精霊が…、どした」

「この子達が我を忘れると要領を得ませんね」

「下で何かあったのは違いなさそうだが…、レンも泣くな。俺がいる」


甘えるように主達に寄り添う精霊を宥めてタキへと向き直る。


「その場所に繋げられますか」

「多分いける、桃の木の精霊がいる所だ ハーティ」


こくこくと頷くとそっと目を閉じるタキの額へと合わせて泣きながらロックハートが扉を開いた。

こんな風にこの扉を見せてもらうはずではなかったのに。


初めてくぐった扉の先には無残に叩き折られた桃の木と、傍の血溜まりで今にも息絶えそうな精霊が血に染まった桃の実を抱いて倒れた自身の分身に寄りかかるようにして座りこんでいた。精霊達がその精霊へと集まる。


「なんだこれは」

「精霊が血を…、違うな 誰か別の、身体を持つ存在の血ですね」

「……やべぇ、これ八雲だ」

「…え」

「この子が言ってる、大切な人にあげたいから桃の実を分けて欲しいってお願いされた。嬉しそうに優しく採ってくれたって 庇ってくれたって」

「……消えていなくてよかった、まだ救える」


消えそうになりながら桃の実を守る精霊にリリィローズがそっと手を伸ばして閉じた瞼に口づけた。


「癒しはこの子の得意とするところです、救えないものなどない」


ふわりと周りの重力が消えたように倒れた木が少しだけ起き上がる。ばくりと折られた個所にゆっくりと根が絡みつき幹を再生してゆくと、ぐにゃりと曲がった姿ではあるが倒れた桃の木がみずみずしい実をたたえて蘇った。

消えかけていた桃の精霊がゆっくりと目を覚まして心配そうに覗き込む五大元素精霊達にびっくりしたようにぱちくりと目を瞬かせた。


「大丈夫だった?何があったの」


目を覚ましたのに嬉しそうにキラキラ始める精霊達を落ち着かせると、問われた内容に何があったのか思い出したのか悲しそうな顔で桃の精霊がチィンと鳴いた。


精霊達が声にならない桃の木の精霊が伝えてくれた事を教えてくれた。


長い黒髪を高く結った男が自分の桃を採っていたところに獣が現れた。いくつか言葉を交わしていたが、黒髪の男が相手にしないのを見て獣が苛立ったように男を殺して身体を連れ去った。

獣は空に消えた。

神気を感じたからやっとでハーティに知らせた。


「こういう事?」


タキが確認するとこくこくと精霊達が頷く。


「獣…、いや応龍であるあの子を簡単に殺めることなどできないでしょう。死んではいないとは思いますが、流れ出た血をみれば何かしら害されたのは間違いないようですね」

「気配に神気が混じっているが獣臭い。仲間だろう」

「困ったな、放って置くには関わりすぎたか」

「ちッ仕方ない、聞いてやる」


ゆらりと黒髪が揺れて混じり合うように輝く白が支配してゆく。揺れる紅紫の瞳が月色に染まると片手を耳に当てて何かに話しかけ始めた。


[アルフ、見てたか。教えろ]


不思議な声だった。音でもなく、共鳴でもなく。何処か深い、遠いところへと響く それは動物の産声にも似た胸を貫くおとだった。


「……………は?へ…?太陽アルフ?」

「ふふ、気にしないで。何処へ行ったかはすぐにわかりますよ」


[わかった …煩い]


「こら、また悪態をついて」

「ふん、こっちから話すと彼奴はすぐにおまえの心配をする」

「貴方の心配もでしょう」

「……だから煩いんだろう」

「あははは」

「なんかあんたら複雑そうだね?」


揺れる白銀の髪に触れたくて手を伸ばす。抱き上げられて満足そうにアッシュの髪に頬を擦り寄らせた。


「さて、手のかかる蛇です」




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