加護を頂きました。迷惑です。
「あらいやだ、なんでこんな異国人がこの国の加護を頂いてるの」
胸に揺れる白い花を見てすれ違った何処かの子爵令嬢が眉を寄せて呟く。
この国の民ですら
白い花弁からキラキラと止めどなく光がこぼれる。
嫉妬と羨望となんともいえない複雑な視線をこの国に来てからずっと向けられているのだがはずすわけにはいかない、なんせ命がかかっているのだから。
マルルは姉が夜にしか目覚めないため同じ時間に重ねるような生活をしていた。ある夜、いつものように姉の為に水を汲みに外へ出ると何だか空気が揺れる気配がして、何気なく空を見上げれば大きな月が目に入った。月に重なる2つの、人影…?その片方がふいに身体を離すとくつくつと笑い出したのだ。月影で逆光になっていて顔や何をしてるかなどはよく見えないが人が宙空にいる、魔法師だろうかと何気なく眺めていたら次の瞬間目の前に優しい笑顔の美しい人が立っていた。
「ッ、え…、…ぇ…は」
それが誰なのか、宙空にいた人のどちらがだと理解する事もすぐには出来ず、何が起きたかも分からない。突然自分に降りかかった出来事に恐怖でかたまっていると、青年はおっとりとした口調で優しく言ってきた。
「可愛いお嬢さん、今見たことは月夜の秘密ですよ。誰にも言ってはいけない」
何のことかすらわからない。
約束、とその美しい人は白い花を恭しく差し出したのに誘われるままそれを受け取ってしまった。そっと頬に手をやられ、撫ぜられている。と理解した瞬間彼の唇が額に触れようとし、た…
「クロード!」
あはは、と楽しげな笑い声が聞こえたかと思えば彼を引き離すように何かが眼前を吹き抜け、次の瞬間まぶしい光に包まれたと思ったら私は異国の地に立っていた。
そして、視界を奪われた瞬間に響いてきた声。
『――――――』
耳に馴染まない初めて聞く音だったけれど、それが自分に向けられたどうしようもない怨嗟である事だけはわかった。
私は、一体 何をしてしまったと、言うのだろうか…。
呆然と辺りを見回し途方に暮れて、噴水の傍のベンチに腰掛けた。もうすぐ夜が明ける。寝る前の水汲みだったから姉には何も伝えることなくいきなり姿を消してしまった。
異国な事だけはわかる。
だけど一瞬でこんな遠くの地へ飛ばされるなど聞いたことがない。ふと手元を見ると光がこぼれる白い花。
あぁ、これは加護だ。とマルルはここでやっと自分になにが起きたのか気づいたのだった。
あれは、神様だったのだ…。
これは神様が誰かを想って与える愛の一つだ。体に直接変化や守りを与える永続的な加護もあるが、今マルルが手にしたようなほんのひと時与えられるような加護もある。
きっとこの花が枯れたら私はあの怨嗟に殺されてしまうのだろう。
「はぁ…、一体どうしろっていうのよ」
自分は何も悪くない。悪くないったら悪くない。それは間違いないはずなのだ。うっかり夜に井戸へ出てしまったのが罪だというのか、理不尽極まりない。
そして多分これは神の慈悲な事もわかっている。
見知らぬ土地の中央広場で路頭に迷っていたところに保護者として人の良さそうな男爵家の馬車が迎えにやってきたのも、メイドとして働かせていただけてるのも、なんのゆかりもない人達から衣食住どころか元いた国よりいい暮らしをさせていただいてるのも優しい優しい神様からの慈悲なのだ。
だがそうじゃない、そうじゃないだろう?
「ミルラ姉さん大丈夫かな…ご飯食べてるかな…また庭先で眠っちゃってないかな」
姉は月が出ていなければ目覚めていられないのだ。突然雲間に隠れてしまえば町中で倒れてしまう可能性もあって殆ど家から出ることもできず、火を使うことすら難しい。心配しか無い。今もちゃんと寝床で寝ていられてるのかすら心配なのである。
姉の恋人がある程度は見てくれていることを願うが、あまりに突然すぎてそれすらも大丈夫なのか確かめるすべすら無い。
なのに私は多分死ぬ。こんな遠くの異国の地で、私は神の理不尽によって簡単に握りつぶされてしまうのだ。
悩み過ぎて頭が痛いのに外へ出れば先程の令嬢のような心無い人間もいて、お使いに出ただけなのにため息くらい出るというものだ。
ねぇ神さま、私は前世にでも何か貴方に悪いことをしたのでしょうか。だって今世では絶対そんな心当たりはないんだから!
「おい」
ふ、と影が差したかと思ったら背後から軽く手を取られた。ビクリと一瞬体を強張らせてしまったがこの声には聞き覚えがある、すぐに頬に熱がのぼるのを自覚してあわてて空いた手でおさえた。
「ああぁあア、アッシュ、さん…、こんにちわ、あ、あの…昨日の夜はありがとうござい、ました…」
ザワッと空気が揺れたのが分かった。誰もが振り返るような男だ、見惚れていた女性達が聞き間違いかとすごい目で振り返る。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
誤解を招く言い方をしてしまいましたすいません!
「…よく眠れたか」
「………うん」
え、嘘でしょなんでこんな何処にでもいるような女に!?と言う声が聞こえてきそうというか何人か声に出したでしょ。聞こえた。なんだよ君達だってただの通りすがりじゃん関係ないじゃんほっといてくださいよわかってます!
「こんにちわマルル、昨晩は大変だったそうですね、ご無事でなにより」
「あ、シエルくん」
この空気どうにかして!
ぐるん!と勢いよく振り返るとくすくすと何やら楽しそうに笑われてしまった。
あー…相変わらず空気を粉々にする勢いの美貌の二人だ。声をかけた時半分顔を隠すような格好だったのが腑に落ちる、目立って仕方がないのだろう。
だがなんだか今日は可愛らしい様相だ。大きな襟に飾られたリボン。何処かの貴族の令息のようなちゃんとした服を着せられて、可愛らしいミニハットもよく似合う。隣に立つアッシュさんも全身真っ黒だがペリースを左肩にかけ、帯刀した騎士のような姿だ。長い前髪も半分上げて隠していた容貌が見えていた。
やっぱり貴族だったんじゃない。そしてやはりこの残念な騎士は格好良い。
「原因と現状と、色々判明したので謝罪に参りました…本当にご迷惑をかけたみたいですね」
「え…、そうなの?…私いまだによく分かってなくて…、シエルくんも関係あったりする…、ってこと…?」
「原因や事象には特に関係ないんですが、僕も意図せず巻き込まれてしまっていたようでしてね…本当に申し訳無い事でした」
「おまえがあのバカの代わりに謝る必要はないだろう」
あ、やっぱりバカって聞き間違いじゃなかったんだ。一体誰なんだろう…。………いや、ごめんなさいなんとなくわかってはいる。だってあの月に見えた影の人は確かに叫んだのだ『クロード』って。
「ねぇシエルくんは…、あの…王様に
「うーんどうでしょう。僕がただの吟遊詩人なのは嘘ではないんですが…孫、のようなものなのかな。遊びに行くとなんか喜んでくれますし」
なんか適当なこと言ってるが事実ではないだろう。光と闇の王にはどちらも血縁は存在しない。大体まだ20代前半の若い王のはずだ。なのになんでよりにもよって表現が『孫』なのだろう…。
「彼は非常に直情径行な人でね、その時が楽しければ割とあとは何も考えていなくて…快楽主義者と言ってもいい」
はぁ、と困った顔をするがその大人びた顔も造り物のような美貌だ。この顔されたらお祖父ちゃんでなくてもみんな何でもしてあげちゃうのではなかろうか。この子将来どうなっちゃうんだろ。
「貴女の身を寄せる場所の手配だけでもしていた事がまだ救いでしょうか。不具合はなくとも不都合極まりない事でしょう」
「まぁ、正直」
はは、と答えに困って苦笑いをする。
「近いうちに全部解決して帰れるように致します。住まいは
「うん一応そうだよ。街の端っこだけどね」
「わかりました、あと数日お待ちいただけますか」
こんな小さな少年に本当にどうにか出来るのだろうか。あぁ、王様に色々頼んでくれるってことかな。
「お詫びもちゃんと致しますね、それで許して頂けるといいのですが」
でも、と優しげに目を細めて思う。君はすごいですね、こんな神の理不尽にも怒らないなんて。
「お詫びなんていいよ、それより本当に帰れるの…?あと、
「それなんですけど、お父様へ伝言が伝われば何でもいいのですよね」
「え?まぁそうなんだけど、内容があんまりいい話じゃないし時間もないし確実に届けたいから手紙みたいなものじゃだめだから」
帰れるのなら…もう頼まなくてもいいのかな。でも神様が怒ってるのは変わらないんだし生きられるとは限らない。
「僕の知り合いに頼めば可能なので」
にっこりと微笑んだ。微笑んだんだけど!
「ちょっと待って知り合いって誰ですか」
「この国でほんの少し好き勝手やってる人なんですけどね。なんか結構色々出来ちゃう人なんですよ」
「それって精霊術を使える人が他にも居たとか」
「いえ…、あれはまぁあの人個体がもつ特技と言いましょうか」
「いや待って待って待って!内容もヤバいし元凶だし無理無理無理!」
あなたの為に私死んじゃうんですなんて伝言を伝えてなんて言えるわけ無いしお願い出来るわけ無いでしょ!
「そうなんです?」
可愛いから!首傾げないで!
そして隣の残念な人!そんな目でシエルくん見ないで!ペットがご主人様を見る顔じゃない絶対!誤解しそうになるし誤解じゃなかったら私の淡い気持ちはほんと泣くしかない!
「一体どんな内容なんですか」
「そんな内容なんです!」
「…うーん、あんまりバレたくないんだけどな」
ん?と意味を考えようとすると笑顔で誤魔化された。
「まぁ、そちらも何とかしておきます」
シエルくんって一体何者なんだろう。
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