第16話 ヒーローが壊れはじめる
真っ白な空間の裂け目から現実世界へと足を踏み出した瞬間、
オレは、重力という感覚を思い出した。
地に足がつくというのは、当たり前のようでいて、
物語の中では“演出”でしかなかったのだと、あらためて思い知る。
後ろを振り返ると、構成室の扉はすでに閉じていた。
あの白い空間、作者機構、物語の最適化装置――
すべてが、もう“物語の中”に置き去りにされた。
しかし、外に出たからといって、平穏が訪れるわけではなかった。
目の前に広がる王都――
かつて住んでいた、へーローキングダムの街並み。
だがそこには、“違和感”が満ちていた。
人々が動かない。
ヒーローたちが街に立ち尽くし、空を見上げていた。
まるで、命令を失った機械人形のように。
そして、視線の先には、空中に浮かぶひとつの“黒い裂け目”。
あれは……構造崩壊の影響か。
そこへ、何かが落ちてきた。
「うあああああああああ!!」
それは、712号だった。
かつて、コンビニ強盗からオレを守った明るいヒーロー。
だが、今の彼は――顔が半分、崩れていた。
皮膚ではなく、データとしての“表示バグ”のような亀裂。
「……おれ、なに……するんだっけ……?
なんで、たすけるの……? だれを……?」
明るさも正義感も消え、ただ虚ろな声を発するだけの存在。
それでも、彼は“ヒーローでいよう”ともがいていた。
「ちがう、ぼくは、ヒーロー、だから、
“ピンチの人間”を、まもらなきゃ、まも、なきゃ、な、――ッッ!」
突然、彼の背中がバリバリと音を立てて裂けた。
ノイズが走る。空間のひび割れが、彼の身体にも伝播する。
それは“物語の崩壊”が、ヒーローたちの存在の根本を侵し始めている証だった。
オレは彼の腕を掴んだ。
「落ち着け! お前は712号、俺を助けた“あのときのヒーロー”だ!」
だが、712号の目にはもう、焦点がなかった。
まるで、メモリーの空き容量を探すPCのように、彼の脳内がぐるぐると回っている。
「だれを……守れば……いい? “守るべき”って、だれ……?」
涼介は、深く息を吸った。
そして、宣言した。
「俺が、全部を壊した。
でもな、それでも――お前らはヒーローだ!
“命令”じゃなく、“意志”で誰かを守る存在になれ!!」
その叫びに、かすかに――ほんの一瞬、712号の目が揺れた。
「意志、で……?」
彼の背中のノイズが、ピタリと止まる。
存在の再構成が、一瞬だけ迷いを見せた。
涼介は続けた。
「お前らは、ヒーローとして“物語に従って”俺を守ったんじゃない。
“誰かの笑顔が見たい”って気持ちで動いてたはずだろ!
だったら今度は、それを“自分で選ぶ”んだ!」
その言葉を聞いたヒーローたちの中で、数名が顔を上げた。
712号だけではない。403号も、815号も、少しずつ動きを取り戻していく。
崩れかけていたヒーローたちの自我が――“選択”によって再起動し始めたのだ。
――だが、そのとき。
王都の中央広場の空に、**巨大な“眼”**が開いた。
それは、かつて構成室で聞いた“作者機構”のデータの一部。
今なおこの世界の“復元”を試みようとする、最後の干渉体。
──「逸脱者、確認。
構造安定化のため、選択者を削除します」──
涼介の頭上に、光の矢がいくつも出現した。
「チッ……この期に及んで、“選ばせねえ”ってのかよ……!」
そのとき。
目の前に、712号が立った。
ボロボロの体で、それでも両腕を広げて――涼介を庇った。
「それでも、俺は……ヒーロー、だから……!」
そして、光の矢が降り注ぐ――!
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