第10話 味方の顔をした敵

「ヒーローの……裏切り?」


 駅前のサイネージに一瞬だけ浮かんだ文字列が、頭から離れない。


 《第10章:再構成開始。ヒーローの裏切り》


 それが何を意味するのか、正確にはまだわからない。

 だが、確実にひとつだけ言える。


 もう、“全員が味方”ではなくなった。


 999人のヒーロー。それは、これまでオレを死なせないためだけに行動してきた。


 だが、彼らの中の誰かが、“作者側”に寝返る。


 あるいは、最初からそのつもりだったやつがいる。


 


 それを確認するには――


 まず、403号の顔を見ておきたかった。


 


 ※ ※ ※


 


 オレは、昨日も会った「南町防災センター」の屋上へと向かった。

 ここは403号の待機拠点のひとつで、夕方以降によく滞在している……と、以前聞いていたからだ。


 


 その姿は、やはりいた。


 赤いスーツ、少年のような顔立ち。

 目が合うと、彼は少し安心したように笑った。


「来てくれたんだ。構成室はどうだった?」


「――おかげで、いろいろ見えた」


 オレは静かに言った。


 言葉を選ぶ。正面からは問い詰めない。ただ、試す。


 


「なあ、403号」


「ん?」


「仮にさ、ヒーローの中に“作者側”についたやつがいたら……お前、どうする?」


「…………」


 一瞬、彼の目の奥が動いた。迷いの色。あるいは、沈黙の間。


 その一拍の遅れが、言葉以上の答えを物語っていた。


 


 「……まさか、そんなやつはいないよ。全員、君を守るために動いてる」


「そうか……なら、いいけどさ」


 苦笑いを浮かべてみせる。


 でも、オレの心はもう決まっていた。


 


 403号、お前――何かを隠してる。


 


 それを証明するように、その直後。

 403号のポケットの通信機が、誤って音声を漏らした。


 


 『……指令受信。対象が“深部”に到達した場合、

  記憶のリセット処理を優先……ヒーロー側で対応可』


 


 「…………」


 「…………」


 沈黙が、重たく流れる。


 403号が、ゆっくりと通信機を手で覆った。


 


「……聞いた、か」


「ああ。聞いた。十分にな」


 


 そう、ヒーローは味方じゃない。


 少なくとも一部は、“オレを守る”ことじゃなく、“記憶を消す”ことを優先するようになってる。


 それが意味するのは明確だ。


 


 作者が、オレの行動に本気で焦り始めている。


 


 だから“ヒーローの枠組み”そのものが、操作されはじめている。


 ヒーローたちは忠誠心が高い。だが、それゆえに“国の命令”とされれば、盲目的に従う者もいる。


 403号。たぶん、お前はまだ迷ってる。


 だけど――その迷いが、いつオレの命を奪うかはわからない。


 


「……すまない」


 403号が低く呟く。


「オレは、お前を責めねえよ。けど、信じるとも言えねえ」


「……わかってる」


 


 風が吹く。屋上に、沈黙が落ちた。


 その中で、オレは思う。


 


 誰も信じられない状況で、どう生き残ればいい?


 この世界には999人のヒーローがいる。


 でも、もしかすると――999通りの思惑がある。


 


 信じていい味方が誰かなんて、もう決められない。


 だから、オレは――自分自身だけを信じる。


 


 次に誰が敵に回っても構わない。


 “作者”が何を書こうが、何を上書きしようが。


 その全部を、ぶち壊して、俺が俺の人生を書き換える。


 


 そのとき、背後でカツンと足音が鳴った。


 屋上の扉が開かれ、ひとりの女が立っていた。


 白のコートに、鋭い目つき。ヒーロースーツの上から厚手の外套を羽織った姿。


 


 そして――その胸元には、**「No.001」**のバッジ。


 


「初めまして、笹原涼介くん。ようやく会えたわね。

 私はこの国の“最初のヒーロー”。この物語の“始まり”に関わる者よ」


 


 静かな声だったが、全身を凍らせるような威圧感があった。


 


 オレは、息をのむ。


 


 この女が、“鍵”を握ってる。


 そして、次の裏切りは――おそらく彼女から始まる。

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