第4話 住民全員がヒーローってマジですか?



 保健室のベッドで、天井を見つめていた。


 高い天井。やけに白くて、蛍光灯の明かりがまぶしい。シン……と静まり返った空間。


 だけど――オレは落ち着けなかった。


 なぜなら、さっきから保健の先生が5秒おきに様子を見に来るからだ。


「どう? 気分は?」


「いや、体温も測ってないし、なんとも……」


「じゃあ水飲む? 枕もう少し柔らかくする?」


「そんなに見られてると逆に落ち着かないんですが……」


 先生はニコニコしてうなずく。


 問題はそこじゃない。


 問題はこの保健の先生、ついさっきまで別の校舎にいたはずだということ。


 さっき一瞬だけ窓の外に見えた。にもかかわらず、もうここにいる。

 しかもエプロンを装備して、完全にスタンバってた。


 どこにでもいる。なんでか間に合う。タイミングが完璧すぎる。


「……全部、仕組まれてる」


 確信は日に日に強くなる。


 というか、そもそも保健室に連れてこられた理由だっておかしい。体温が高い“気がした”から来たって、どこの世界にそんな判断があるんだよ。


 オレがいるだけで、まるでイベントが始まる。


 おかしい。おかしいってレベルじゃない。


 (まさか、とは思ってたけど……)


 あまりに救助が過剰。情報が早すぎる。物の配置が良すぎる。


 


 ――この国、全員がヒーローなんじゃないのか?


 


 そう思った瞬間、背筋がゾワッとした。


 ヒーローってなんだ。そんな話、今まで一度もされたことない。


 でも、“助けられる瞬間”だけで、既に百回は越えてる。ここ数年、いやもっと前からずっと。


 誰かが、オレを助けに来る。


 それが別の誰かにすぐ交代されて、また次の誰かが何も言わずにフォローする。


 そして皆が、オレに対してやたらと馴れ馴れしいのに、名前は絶対呼ばない。それも――


 


 “その日、最初に声をかけた人間だけが名前を呼んでくる”。


 


 ……あれって、連携? 当番制? 交代制ヒーロー?


「いや、まさかな……まさか……」


 苦笑しようとした瞬間――


 保健室の窓の外を、制服姿の男子が一人、めちゃくちゃ不自然に壁伝いに這って移動していった。


「……見えたぞ。今、絶対にいたぞお前」


 追いかけようと立ち上がった瞬間、先生がドアを開けて、


「安静にしてね!」


 って満面の笑みで言ってきた。タイミング完璧すぎて逆に怖い。


 逃げるチャンスを潰された感がすごい。


 


 ……よし。ここにいても埒が明かない。


 オレはこっそり窓から外へ出た。運よく誰もいない瞬間をついて、校舎裏へ回り込む。


 そしてさっき見た“壁伝いの男”を探す――と、


 


 いた。


 


 物陰で無線みたいなものを持ち、「対象、現在位置保健室前から校舎裏へ移動。目視確認」とつぶやいてる男が。


 明らかに監視員。


 いや、お前誰!?


「……おい、ちょっと待て」


 とっさに声をかけた。


 男はこちらを見て――驚いたような顔をして、一歩下がった。


 オレが近づくと、咄嗟に無線を切り、「大丈夫です! 問題ありません!」と誰かに叫んでから、逃げるように走っていった。


 その背中を見つめながら、オレは思った。


 


 マジで全員グルだ。


 


 この国の住民、全員がオレの“ピンチ”を追い回してる。

 そして、未然に防ぐ。守る。救う。気づかれないように、完璧な流れで。


 


 ……なんのために?


 オレの人生って、そんなに特別なのか?


 それとも――これはもう、“誰かが作った物語”なのか?


 


 謎が、どんどん深まっていく。


 


 そしてこのとき、オレはまだ知らなかった。


 この王国の本当の名前が――**『ヘーローキングダム』**であることを。


 そして、オレがこの国で**唯一の“非ヒーロー”**であるということを。

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