第2話 デュエット
side:ルナ
私は大切な誰かを少し離れた位置から見守っていた。その誰かの奏でる悲痛な叫びのような、刻み付けられるような声を聞いていた。ノイズの大群は過去類を見ないほどの軍勢でその誰かは私たちのために歌ってくれた。
ねえ、あなたの名前は? 誰なの? ボヤけたように認識されるその誰かはノイズを退けたメゾ指揮官麾下の歌使いたちを讃える群衆へと紛れて消えていった。ダメ、ダメな気がする。何かがおかしい。彼がメゾ指揮官麾下の歌使いってだけじゃなかった気がするのに。
何か、何か思い出せるものはないの? 辺りを見渡しても何も思い浮かばない。あれ? 私って何をこんなに慌てているんだろう。フラフラとポッカリとあいた心を埋めるように自分の部屋に戻った私は習慣でつけている日記帳を開いた。
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誰も覚えていない。もしかしたら、この記録でさえも消えてしまっているかもしれない。でも、私はアルトが生きていた存在したことを記そうと思う。淡い恋心さえも消えてしまうって思えないけど、最近ボヤけて思い出しにくくなったから。
……
……
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私の日記にアルトという少年の物語が記されている。おかしい。これは日記帳なのに。私は何を書いているの? 意味が分からないのに、目が離せない。空想だと思うのに、現実だと感じる。何より、読んだ日記の中の少年に私は恋していた。
「意味が分からないよ!」
乱雑に置かれた日記帳は机から落ちる。その時、間に挟み込まれていた写真が私の足元へとヒラヒラと落ちた。知らない男の子と私が並んで笑顔で幸せそうにしている。知らないのに、確かにそこにいるのは私で……日記に写真を挟んだ記憶はあった。そして記憶が正しければ、大事なことを写真の裏に書いた。
『ねえ、大好きなアルトのこと。忘れていないでしょうね、ルナ』
ああ、私は忘れたんだね。日記からこんなに大好きだって気持ちが伝わるのに……私は忘れたんだ。私は忘れたよ、でもね。
私たちから記憶が消えた今、日記にあるアルトなら亀裂に向かっているよね。代償を力に変えて今までで一番強力になった彼なら、亀裂を塞ぎに向かって一人で死ぬつもりでしょ。
side:アルト
歌使いとして力が人並み外れていて、人から僕の記憶が消えるにつれて力が強くなり続けていたことからこうなる未来のために心の準備を整えてきた。なぜか、僕の近くでずっと歌を聴いてくれていた幼馴染のルナは記憶が消えている様子は薄かったけど。
『私がアルトのことを記憶し続けるから』
そう言ってくれていたルナも今日で記憶が抜けてしまっていた。
「嬉しかったよ、大好きなルナがそう言ってくれて」
そのルナが暮らす世界が平和になって彼女が幸せになってくれるなら、僕は亀裂「セレスティア」を塞ぐ最後の旋律になることも厭わないよ。さあ、最後の歌を奏でよう。
そんな僕の決意は最も会いたくて会いたくない相手によって一時的に中断させられた。
「……アルト」
知っている。この心配するような声はルナ、君なんだね。僕のことを忘れてしまっていたはずなのに。
「ルナ、どうしてここに?」
「私も一緒に歌っていいかな?」
一緒に歌うことがどういう意味か分かっているの? 僕はこの身を捧げて亀裂を塞ぐんだよ。ルナも巻き添えになってしまう。そう言いたいのに。そうか僕は君と一緒に封印の一部になりたいって思っているのか。
「ダメだよ。ルナは死ぬ必要がないんだ。無駄死にするべきではないよ」
「私の命の使い道は私で決めるわ。私はアルト、あなたが好きだよ」
「記憶はどうするんだ。知らない男と二人きりになってしまうんだよ」
言っていて自分でも辛くなる。どうして、自分は普通に生まれなかったんだ。
「記憶が薄れても、あなたを忘れても、きっと私の中からあなたが消え去ることはないから。だから、私を置いていかないで。一人残されることの方が辛いの」
ノートを持って訴えるルナは少し前に感じていた悲壮感をそのままにただ、その瞳には覚悟を決めた強さがあるように感じた。
「本当にいいんだな?」
「もちろん」
不安を打ち払うようなルナの覚悟は諦めていた僕を照らしてくれる光のように思えた。分かったよ。ルナには生きていて欲しかったけど、僕はとんだワガママだったらしい。
僕と一緒に人生最期の時間を共有してね。
メゾ指揮官と歌使いたちが巨大なノイズを退けて凱旋している姿を祝福しているように男女のデュエット曲が一時的な喜びに溢れる街へと響く。シェルターの一番高い場所で二人の男女の魂の声が
夜明け前のデュエット〜壊れた世界で、君と歌う最期の歌〜 コウノトリ🐣 @hishutoria
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