第3話 定例会
身支度を整えた
強力な力である異能を操るメシアといえど、同じく強力な力を持つエニグマ討伐には大きな危険が伴う。
そのためメシアは原則五人一組のチームで行動するという規則があり、隼人もその例に漏れず自身をも含め計五人のメシアとチームを組んでエニグマの討伐を行なっていた。
隼人をリーダーとするこのチームのメンバーは
そしてこのチームは、メシアの中でも特に力の強い五人を集めたこの街きっての精鋭チームでもあった。
「隼人くん、おはよう。……ちょっと調子悪い?」
「おはよう、奏衣。大丈夫、寝覚めが悪かっただけだから」
不安を覗かせる顔で隼人にそう聞いたのは
そんな彼女に隼人は笑って答えるが、奏衣も他の面々もその表情は晴れなかった。彼女を含むチームメンバーは隼人の過去を知っている。度々ある隼人の寝覚めが悪い朝の原因にも当然気がついているし、何より明らかに無理をして浮かべた笑みに安心などできるわけもなかった。
しかしその心中に化粧を施し、茜は八重歯を覗かせながら小悪魔的微笑みを浮かべる。
「隼人、奏衣が相手だからって強がらなくても良いのよ? むしろ素直に弱音を
「なっ……俺と奏衣はそんな関係じゃない!」
「そ、そうだよ! そういうのは、まだちょっと……」
その術中に、隼人と奏衣はまんまと嵌まった。
思った通りの
茜のおかげと言っては二名ほど反論するだろうが、事実として
「まだ、らしいわね」
「ですね。いつかは良いんでしょうか」
「良いんじゃねぇか? その時が楽しみだな」
ここぞとばかりに茜、澪、雄一が二人を攻め立てる。
この荒廃した世界に娯楽などほとんど存在しない。当然テレビは映らず、スマホも簡単に使えるものではなく、エニグマ出現前から変わらずできるのはアナログゲームくらいである。
そんな殺伐とした毎日の中で恋愛は貴重な栄養源、というのが茜の認識であり澪と雄一もその考えに大差なかった。それが自分ではなく友人同士のものであれば尚更である。
元は場を和ませることが目的だったとはいえ、それを理由に見逃してあげるほどこの三人は慈悲深くない。そんなもの平和な世界に置いてきている。
互いに顔を見合わせ、頬を染めて
ニヤニヤと野次馬じみた表情で何かを期待する三人をよそに、隼人と奏衣の二人の間にはむず痒い沈黙が漂っていた。
ちらちらと隼人の様子を伺う奏衣。別の意味で重苦しくなってしまった空気と沈黙にとうとう耐えかねたのか、彼女が普段の精神状態であれば絶対に言わなかったであろうことを口にした。
「……えっと、隼人くん。ぎゅって、する?」
「————————なっ!?」
十五センチほどある身長差故に、若干の上目遣いで言われたその言葉。羞恥と不安に揺れる胡桃色の瞳に隼人の心臓は射抜かれた。今まで彼がエニグマに受けたダメージを全て足し合わせても足りないほどのダメージである。
思考が停止し体が硬直する中、さして大きくはないはずのざわめきが妙な鮮明さで彼の耳に届いた。
「おぉ! これはようやく進展あり?」
「かもしれませんね。ですが、これまでの隼人さんのヘタレ具合を考えるとまだ油断はできません」
「だな。この程度で変化があるならもう付き合っててもおかしくねぇ」
「……確かにその通りね」
かなり酷いことを外野に言われている気もする。しかし隼人にそれを気にする余裕はなかった。
それよりも、未だ硬直している隼人の体から目線だけが奏衣の胸元に吸い寄せられる。遠慮気味に広げられた手を見るに、彼を受け入れる準備は整っているのだろう。
「え、えっと、ほら! ハグをするとその日のストレスの三分の一が解消されるとか聞くし……こんな世界だからストレスなんていくら解消してもしきれないし……」
言い訳のように捲し立てる奏衣の声がだんだんと細くなっていく。
彼女はまだ隼人の視線に気がついていない。茜たち三人は気が付いているがもちろん口には出さない。
妙な緊張感に包まれながらも、奏衣がその視線に気づくか気づかないかという頃だった。幸か不幸か、会議室に新たな影が現れる。
「……あなたたち、そういうことは
「えっ、教官!?」
驚愕の表情を浮かべながら声が聞こえた方を見た隼人と奏衣。そこでは、スーツを見事に着こなした背の高い女性がいつのまにか彼らに生ぬるい眼差しをむけていた。
歳の頃は二十過ぎ、髪を短く切りそろえたスレンダーな女性。彼女の名前は
キリッとした雰囲気を漂わせる顔立ちの彼女は実のところ隼人たちと比べても五歳ほど年上なだけなのだが、非常に優秀な人物であるせいかその性格故か、見た目以外は全くもってそう思えない人物だった。
なお、莉沙はメシアではない。メシアはなぜか、十代の割合がとても高いのだ。それでも隼人たち五人は皆、いつも彼らを支えてくれている莉沙を強く尊敬していた。
しかし、それとこれとは話が別である。今の状況は例えるなら教室でいちゃついていたところを担任に見られてしまったようなもの。尊敬していようと、むしろ尊敬の念があるからこそ、気まずいのである。
「き、教官。いつから……」
あまり感情を表に出すことが少ない彼女だが、今回ばかりは隠しきれない呆れを滲ませている。
莉沙は隼人の質問を放置したまま彼らに歩み寄った。
「
「ち、ちがっ…………はい」
真っ先にそういう仲を否定しようとした隼人。しかしまさか直属の上官に、それも基本的には厳格な彼女にそんなことで異を唱えるなどできるはずもない。
彼女が冷たいように見えて実際はそうではないことは皆知っているが、それでも無口な父親くらいの恐怖は持ち合わせているのだ。……まだ若い女性に無口な父親など、大層な言い様である。
結局は何も言えなくなり、真っ赤な顔をした二人が大人しく頷く。それを見て、莉沙は表情を凛としたものに切り替えた。
「……まあいいわ。全員揃っているようだし、定例会を始めます」
緩んだ雰囲気を正すように莉沙は連絡事項を伝え始める。
今日の行動範囲や作戦の注意事項、同じ作戦を行う他のチームの説明など。
人数が多すぎても連携に支障が生まれるため、街の外では他のチームとは別行動をとることがほとんど。とはいえ不測の事態が発生した時には救援に行く、あるいは逆に来てもらうということもある。
普段と大きくは変わらない内容ではあるが、ここで聞き逃しては比喩ではなく命に関わる。隼人たちも先ほどまでの穏やかな雰囲気から一転、真剣な面持ちで会に臨んでいた。
「最後に、最近は群れるエニグマが発見されるなど不穏な状況が続いているわ。そうでなくとも屍界は危険が多い。慣れてきた頃かもしれないけれど、決して油断することのないように」
「はい!」
今までであれば、知能が低いエニグマが群れることはあり得なかった。それが覆されたということは何かが起こった可能性があるということだ。
屍界探索は非常に危険が大きく、万が一誰か一人でも戦闘不能になった時、他の四人は即時帰還を義務付けられているほどである。
その義務が実際に履行されたことは一度しかないが、逆にいえば一度はあるということ。
普段ですらそこまで警戒しているのに最近のエニグマの異変だ。その危険性がを理解できない者はここにはいなかった。もし彼らがそんな人であれば、とうの昔にこの世から消えている。
緊張した、好戦的な、それぞれで面持ちは違いながらも全員が強く返事をする。
「よろしい。それでは定例会を終了します。くれぐれも気をつけて行ってきなさい。必ず生きて戻るように」
もう一度、あの時の光景を見ることはできない。失ったものは取り戻せない。だからこそ、せめて今ある幸せを守り抜く。隼人はそう心に刻んだ。
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