大剣抱く少女の鬼哭

石山 京

第1話 私が必ず、殺してあげます

 大地震でも起きたのかと思うほどの惨状だった。


 瓦礫があちこちに転がっていた。

 街だったものは見る影もなくなり、街そのものがただの残骸と化していた。


 その中にただ一人倒れ伏していた少女の指がピクリと動いた。


 手が土を握りしめ、濁った瞳が朦朧もうろうと辺りを見回す。


「…………生き、てる?」


 震える声。返事は誰からも返ってこない。


 可憐なはずの容姿は雨と泥、血にまみれてしまっていた。それでも彼女はゆっくりと立ち上がると、虚ろな目で一歩前に進んだ。


「隼人さん……」


 光の見えない彼女の瞳は、怪しく輝く巨大な氷の結晶を——否、氷の結晶の中に居る黒髪の少年を見つめていた。


 闇に呑まれたこの街で輝きを残しているのは、その氷の結晶と、その少年の瞳だけだった。


 氷に固められた少年の表情からは、決死の覚悟がありありと伝わってくる。そんな彼は手に持った刀で、異形の化け物を串刺しにしていた。


 鬼でも泣き出す恐ろしい形相で彼の首を握り潰さんとする化け物。それと共に、少年は眠りについたのだ。


「……奏衣さんっ」


 堕ちた天使が、その氷塊を抱きしめていた。黒の両翼と醜い両腕で、宝物を守るかのように結晶をかかえていた。


 湧き上がる想いに突き動かされ、彼女は氷塊に歩を進める。


 ————そして、止まる。


 呆然と黒い化け物を見つめる少女。家族に拒絶された幼い子供が見せるような、痛々しい表情だった。


 化け物に伸ばした手が、力なく下ろされる。そこでしばらく、彼女の時は止まった。


「————あかねさんっ」


 次に呟いた名前の少女は、この場には居なかった。それが、彼女には信じられなかった。


「なんで……」


 その問いに答えてくれる人も、やはり居なかった。


 ぎゅっと目を閉じると、両の瞳から一滴ずつ涙が溢れる。


 彼女は落ちていた大剣を拾った。


『巻き戻れ』


 彼女の背丈ほどあろうかという漆黒の大剣。死闘の名残を感じさせる汚れが、そこから消え失せた。

 この場で唯一、命を持たないその大剣だけが、時をさかのぼることを許されていた。


 少女はぎゅっと、その大剣を抱き寄せた。服越しに当たる刃の痛みなど気にも留めず、目を閉じてぎゅっと抱きしめ頬を寄せた。


「————あ゙っ……あ゙あ゙あ゙っ…………」


 大剣にすがるように、嗚咽を漏らし続けた。


 どれだけの時間がったのだろう。少女が再び目を開けたとき、瞳からは揺らぎが消え失せ闇に包まれていた。代わりに、悲壮な覚悟が宿っていた。


 鈍い輝きを取り戻した大剣を引っ提げて、彼女はかつての仲間たちに背を向けた。


 何かを思い出すように閉じられた瞳から、雫なんて溢れなかった。


 その小さな背中に、数多の想いが背負われていた。


「待っていてください、茜さん」


 開けられた彼女の瞳に、もう仲間は映らない。






「————私が必ず、殺してあげます」

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