ただの後輩を恋人にする方法

蒼林 海斗

後輩のことが好きだ。告白はできなかった。

「鉄、炭素、カリウム、それと」

「愛情!」

「違う」


 脇から伸びてきた手をはたいてナトリウムを入れる。


「絶対足りないのは愛情ですって!」

「そんな形のないもの、どうやって入れるつもりだ」

「それはこう……だーいすき、ちゅって」


 フラスコに向かって投げキッスをかます後輩に俺は嘆息した。


「非科学的で話にならない」

「先輩ひどーい!」

「っ、おいやめろ! くっつくな!」


 背中にしがみついて頬を擦りつけてくる後輩に振り回される。フラスコの中身がちゃぷりと揺れた。


「先輩には私がいるじゃないですかー。なんでそんなに恋人がほしいんですか?」

「お前はただの後輩だろ」

「恋人ですよ!」

「違う」


 再び伸びてきた手をパシリと叩き落として、俺はフラスコの中を見つめた。液体だった中身は、いつの間にか白い靄となって浮かんでいる。

 後輩も俺の背後からフラスコを覗き込んだ。


「今度こそ成功しましたかね?」

「……いや」


 白い靄は霧散して、フラスコの中は空っぽになった。

 それと同時に背中に感じていた重みも消える。


 俺は後ろを振り返った。そこに姦しい後輩の姿はない。


「やっぱお前はただの後輩──」


 空のフラスコが目の前で揺れた。諦めの悪い俺は、何度手にしたかわからないそれに手を伸ばす。


「もう一度後輩の肉体をつくるところから」


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ただの後輩を恋人にする方法 蒼林 海斗 @soukairinn

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