19.
おれは藤沢瑛介が着いていたテーブル席に移り、食事を再開する彼と卓を挟むことになった。青年のとりなしで、店主の女性はカウンターの内側に戻っていった。
瑛介は東望医科大学の五年生だと自己紹介をした。藤沢家は代々医者の家系で、理瑚さんも医大を志望していたという。
「牧野……史也くんは、高校生か」
定食の天ぷらをつつきながら、瑛介は落ち着いた口調で尋ねてくる。
「はい。報久学園の二年生です」
「なるほど、進学校だ。ぼくの同級生にも、何人か出身者がいるよ」
「恐縮です」
「別にきみが恐縮しなくていい。さっきはいきなり喧嘩腰になって悪かった」
謝ってもらえたのはいいが、それですっかり気を許せるようになるわけでもない。
気まずさの漂うなか、瑛介は黙々と箸を動かしている。
「――それで?」
食事が済み、店主が定食のトレイを下げたあと。湯呑みのお茶を美味そうにすすって、おもむろに瑛介は口火を切った。
「ぼくはちゃんと話したぞ。牧野くんも、そろそろ話してもらおうか。いったいきみと理瑚の間に、どんな関係があったのか」
彼の食事中に一応、どう話したものかを頭の中でまとめてはいた。だが、本当にこれでいいのやら、自信はあまりない。
「おれは藤沢理瑚さんに、ある頼み事をされたんです。おれと理瑚さんがどうやって知り合ったのか、どんな状況でその頼み事をされたのかは、すみません、いまは言えません。というか、言っても信じてもらえないと思います」
瑛介は疑わしげに目を細めるが、言っても信じてもらえないだろうというのは、掛け値なしのおれの本音だ。
「ただ、頼み事の内容は話せます。それは、月上嶺奈さんを護ってほしいというものでした」
月上の名前が、新たな爆弾になるだろうということは予想できた。
案の定、藤沢瑛介はかっと目を見開き、再び絶句する。
「……理瑚はあのクルーズまで、月上嶺奈さんとは面識はなかったはずだ。きみは彼女が死ぬ直前に会ったのか」
「ま、そういうことになるでしょうね」
カマをかけるように、おれは曖昧な返答を寄越す。
「それで、月上さんはいまどうしてる」
「月上はいま、報久学園の一年生です。おれと同じ、文芸部に所属しています」
「理瑚はきみたちが同じ高校だから……いや、それだと時期的に合わない。高校が同じなのは偶然か。そもそも、きみと月上さんはもとから知り合いだったのか」
「いえ。ただ、おれと月上はともに報久学園を志望していました。理瑚さんはそのことを知って、月上が高校に上がったあとのことをおれに託したんです」
おれは初めて話に脚色を加えた。実際には、おれが理瑚さん――の幽霊――と出会ったのは、すでに報久学園に入ったあとである。
「二年前、理瑚さんと月上の間になにがあったのかは、正直なところ分かりません。それでも、おれは理瑚さんの頼みを果たすために、月上を同じ部に勧誘し、彼女のことを近くで見ていました。果たしておれは月上を、なにから護ればいいのか。その答えの端緒が初めておれの前に現れたのは、一週間前のことです――」
そこからは、事実をありのままに話すだけでよかった。
先週の金曜日、学校の月上の靴箱に入れられていた脅迫状。そしてつい昨夜、おれと月上を狙って落とされたコンクリートブロック。
話を聞き終えた瑛介は、すっかり真剣な顔つきになって、
「その脅迫状の文面は……確かに、二年前の事件と関係してるのか……?」
「あの、おれからもいいですか」
「あ、ああ。いいよ。なんだい?」
「藤沢さんはどうして今日、この町にいたんですか? 理瑚さんの月命日というわけでもないですよね。もしかして、おれたちの周りで起こってることと、なにか関係があるとか……」
「あァ、いやいや」
彼は軽く笑って片手を振る。
「それこそ偶然だよ。ちょっと横須賀に住んでる知人を訪ねる予定があって、ついでになんとなく戸澄町まで足を運んでみたくなったんだ。だけど、うん、そうだな。今日ここで牧野くんに会えたのも、理瑚が導いてくれたおかげかもしれない。牧野くん、ぼくはきみを信じるよ」
澄んだまなざし、やわらかい微笑から一転して、瑛介は表情を引き締めた。
「ただ、ぼくもリアルタイムで、すべての経緯を把握していたわけじゃない。いまから話すのはぼくが後日、理瑚本人や事件のなかで彼女と関わった人たちから聞いたことだ。あのとき、彼女が人知れず身を投じていた闘いに、もしぼくたちも加わっていたら、未来は変わっていたかもしれない」
悔恨を振り払うように、青年は毅然とした面差しをおれに向ける。
「二年前、あの子やぼくたちの周りでいったい、なにがあったのか。牧野くん、ぼくの知っていることをきみに、すべて教えよう」
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