3.

「難しい顔してるな、史也」


 テーブルの向かいから勇晴に声をかけられ、おれは我に返った。気づけば右手に持った箸は、かき揚げうどんのどんぶりの上でずっと止まったままだ。


「月上嶺奈さんのことを考えてたのか」


 定食のフライに美味そうにかぶりついて、勇晴はにやにや細めた目でおれを見る。


「まァな」と素っ気なくうなずき、おれはことさら勢いよくうどんをすすった。


 昼休みの時間もだいぶ過ぎているようで、広い食堂のあちこちで生徒たちがトレイを手に席を立っている。


「今日も勧誘に行くのか」

「そのつもり」

「まさか史也が、そこまで月上さんに熱烈になってるとはなァ」


 箸を持ったまま腕を組み、感慨深げにうんうんうなずく勇晴。なんだか腹の立つ仕草だ。


「気づいてないだろうが、史也おまえ、この一週間ですっかり有名人だぜ。なにせ相手があの月上嶺奈さんだ、狙ってる野郎も多い。それがあまりに意外なダークホースの出現だからな」

「別にそんなんじゃねぇよ」

「いやいや。おれは二次元に恋してしまった男だが、三次元の恋愛の素晴らしさもよく分かるつもりだ。親友の恋路ともなれば、応援しないわけにはいかないゼ!」

「だから、そんなんじゃ――」


 否定の言葉を繰り返そうとして、おれは思い直した。


 確かに、なにも知らない者の目には、そういうふうに映っても仕方がない。


 去年の夏休み、空き家になっていた藤沢邸でおれが経験した出会いについては結局、身近な誰にも話していなかった。あの肝試しの直後に、文芸部の仲間相手に打ち明けていたならまた違ったかもしれないが、いまとなってはタイミングを逸した感もあり、まったく信じてもらえないだろう。


 なぜここまで月上嶺奈へのアプローチに熱心になっているのか、自分でも不思議だった。


 頼み事をしてきた藤沢理瑚の幽霊なる存在も、その頼み事の内容も、ことごとくが胡乱だ。まさか無視すれば呪われるわけでもあるまいし、まともに取り合うだけナンセンスというやつだろう。


 自分で認識している以上に、おれという人間はお節介なのか、あるいは暇人なのか。


「ま、史也が納得いくまでやればいいさ」


 おれの内心の困惑など知らぬくせに、心得顔で勇晴は言い募る。


「せっかく熱い想いを伝えるなら、しつこいぐらいがいい。史也はデリカシーのない物言いはときどきするけど、本当に相手が嫌がることはちゃんとわきまえてるからな」

「そりゃどうも」


 友人のアドバイスに話半分に耳を傾けながら、おれはすっかり柔らかくなったかき揚げをすくって口に運ぶ。


 癪なことにこの男は顔のよさゆえ、三次元女子の扱い方にもある程度通じているのである。

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