第2話 森みたいな彼との初デート
今日はマッチングアプリで出会った人とはじめて会う日。なのに私ったら朝の準備に戸惑って遅刻しそうになっている。
ユイ『ごめんなさい!! 少し遅れそうです!!』
森『大丈夫ですよ。ゆっくり来てください』
相手の人にメッセージを送って、道を急いだ。慣れないヒールだからちょっと足が痛いけど、返信の文面が優しくてほっとする。
(どんな人かなぁ。リアルの森さんもいい人だといいな)
アプリ内の名前が『森』だから、私は『森さん』と呼んでいる。これって本名なのかな。
私は緊張と期待で胸をいっぱいにしながらまたメッセージを送った。
ユイ『もう少しで着きそうです。どのあたりにいますか?』
森『えーっと、時計台の前にいます。黒のジャケットに白T、デニムを履いてます』
その言葉に時計台の方に目をやると、メッセージで聞いた通りの服装の人は一人しかいなかった。あの人だ。画面の中でやり取りしていた人が、今、現実世界の目の前にいる。待ち合わせしてるのだから当たり前なんだけど、ドクンと心臓が跳ねた。
ユイ『あ! 見つけました! すぐ行きますね』
その時の私は目の前のその人に夢中で、足の痛さなんて忘れちゃってたんだ。
「す、すみません! 道に迷ってしまって……遅くなりました!!」
少し息を切らしながら駆け寄った。どうしよう、いざ本人を目の前にしたら顔を合わせるのが恥ずかしい……。せっかく巻いた髪、崩れてないかな。昨日練習したメイク、変じゃないかな。仕事で初対面の人に会う時は何とも思わないのに、今日はいろんなことが不安になってくる。
「ああ、全然待ってないので大丈夫ですよー」
けれど、リアルで聞こえる森さんのその声は想像よりもおっとりと優しくて、また胸が高鳴った。
(あれ? でも、この声と雰囲気……)
聞き覚えのある声に顔を上げる。その瞬間、――ドキッとまた心臓が跳ねた。けれどそれは、さっきまでとは違う理由。
(この人――会社の部下の大杉君じゃない!!)
え、ウソ。なんで? どうして? ユーザーネームの『森』って、本名じゃないの?? なんで『森』なのよ。
やばい、恥ずかしい。待って、どうしよう。困る。
――まさか会社の部下にマッチングアプリ使ったことがバレるなんて!!!!
しかも会社での私と今日の私が違い過ぎる。会社では、真面目モードを貫いているのに。この日のために気合いを入れたのがバレてしまう。ああ、こんなの恥ずかし過ぎる。穴があったら入りたい……。
頭に湯気が出そうになりながら躊躇っているうちに、ふと思った。
(待って? もしかして、大杉君……私って気付いてない?)
そうだよね、いつもの私と違い過ぎるもん。髪型だってメイクだって服装だって、全く違う。後は私が素知らぬふりをしていれば、このままバレずにやり過ごせるんじゃない??
とはいえ遅刻してきたくせにこのままトンボ帰りじゃあまりにも失礼。
ここはご飯だけ食べて、早めに切り上げて帰ろう……。ごめんね、大杉君。フェアじゃないかもしれないけれど、恥ずかし過ぎるんだもん。
心の中で懺悔した時。
「……あの、何か付いてますよ?」
大杉君が私のえりあしを指差した。反射的に触れてみれば、そこには商品タグが付いていて。
「う、わ!! 恥ずかしいな。……タグ、取り忘れてました」
(もう、本当にやだ。昨日買った服を並べてあーだこーだ悩んでたからタグ切るの忘れてたんだ。穴があったら入りたいどころか、もう穴に埋まって冬眠したい……)
「どうしよう、ハサミなんて持って来てないし……」
ボソッと呟いた言葉に。
「よかったら、僕が切りましょうか?」
大杉君のまさかの言葉。
「え、お願い出来ますか?」
「もちろん」
にこっと笑った大杉君は会社の中で見るよりかっこよくて。そこに気を取られてつい、私は考えなしにカーディガンを脱いでしまった。
そしたら肩に大杉君の視線を感じてハッとした。
(あ!! ブラの肩紐見えてる!!)
私は慌てて両手で隠した。よりにもよって、それはピンクのお気に入りのもので。会社の部下に、いつもの自分を見られるみたいで恥ずかしくなってしまう。
「……み、見ちゃいました?」
私は恥ずかしさを堪えて分かり切ったことを聞いた。
「……いえ。何も。……じゃあ、移動しましょっか」
なのに大杉君は、なんてことない顔をしてさらっとタグをちぎって私の肩にカーディガンを掛けてくれた。
……私が、両手を離さなくても大丈夫なように掛けてくれたんだ。
これ以上、見られなくて済むように……。
それは私への気遣いなんだと思った。本当は見えてたけど、私を辱めないように敢えて嘘をついて、けれど私を気遣って手渡しではなく肩に掛けてくれたんだ。
仕事でも、穏やかな人だなとは思ってたけど、仕事中は気が張っていて、仕事以外のことは考えられなかった。
どうしよう、意識したら急にドキドキしてきちゃった。
まさか仕事の部下にこんな気持ちになるなんて。
けれどこんなに醜態を晒したのが私だっただなんて、やっぱり知られるのは恥ずかし過ぎる。第一、これがバレたら次からどんな顔して会社で顔を合わせたらいいのよ。
やっぱり頃合いを見計らって帰ろう。――そう思った時。
――ズキンと足に痛みが走った。
そうだ。買ったばかりの靴だからなんとなく合わないなとは思ってたのに。まさか本当に靴擦れしちゃうなんて。
こんな自分が情けなくなってくる。
『ビジネスは段取りが命。事前準備は抜かりなく!』
これは、私が新人だった頃、先輩から口すっぱく言われていた言葉。
その言葉を信じて、私は今回のデートも気合を入れて、服だって靴だってカバンだって、全身買い直して準備してたのに。
恋愛は、仕事よりうまくいかない。予想外のことが多すぎる。
情けなくなってきて、足が重い。――思うように動かない。
「どうしました?」
すると大杉君に声をかけられた。
「あ……ご、ごめんなさい。靴擦れ……しちゃって」
すると大杉君は、にこやかな笑顔で言ったんだ。
「肩貸すので、近くの飲食店に入って絆創膏貼りましょっか。僕、後でコンビニで買ってきますよ。ストッキングと絆創膏」
その時私は、人は簡単に恋に落ちるものだなと思った。
さっきから、胸の高鳴りが抑えられない。思えばこんな風に、男性に優しくされたことなんてなかったからかもしれないけれど。
大杉君て……かっこよすぎない? さらっとした清潔感のある髪に、ラフ過ぎずキメ過ぎでもないほどよい服装に、穏やかな笑顔に優しい気遣い。
そして私は究極の2択に迫られた。
……このまま、ユイとして大杉君と仲良くなれるように傍にいるか。
深雪唯奈だとバレる前に、家に帰るか。
『けれどこの状況、帰れるはずがないじゃない』
私は頭に浮かんだ言葉を言い訳に、大杉君の肩をそっと借りて飲食店に向かって歩いていく。
ジンジンと痛む足の感覚と一緒に、ドキドキと高鳴って仕方がない胸の鼓動を感じながら――。
一緒にいたら私が私だってバレちゃうのは分かり切っているのに。会社に行けばいつでも会えるのに。それでも私は、今、大杉君と一緒に居たいなって思ってしまったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます