「誰もわからない世界を可視化したファンタジー映画の名作」

@masareds

第1話 『片思い世界』

  いつも一緒に暮らしている三人の女性、相楽美咲(広瀬しすず)片石優花(杉咲花)阿澄さくら(清原果耶)はとても仲がいい。朝起きるとき三人ともベッドから落ちたり、美咲が二人分のお弁当を作ったりしている。会社に行き、大学に通い、水族館の仕事をするごく普通の女性だ。

  ただ見進めていくうちのおかしいと思い始めた。実は三人は幼いとき合唱団に所属していてある事件で殺されてしまっていた。映画が始まったときにはまったく予想できない展開。三人はいわゆる幽霊という設定には正直びっくりした。

 坂元裕二の脚本はとてもユニークだ。死後の世界という誰もわからない世界を描写する。誰もわからないから上質のフィクション、ファンタジー作品になる。見えていても話ができない、物を動かすこともできない。しかも生きている人間からはまったく見えていない。この要素を最大限に活用し美咲、優花、さくらのそれぞれが、思いをよせる人、憎む人の心情を可視化していく。

 思う人への強い思い。美咲の初恋の相手(横浜流星)や優花の母親(西田尚美)への思いが鮮明に描写される。しかし彼女たちの心情は相手に伝わらない。この虚無感はどのようなものであろうかと想像する。この虚無感、ヴィム・ヴェンダース監督作品「ベルリン・天使の詩」で感じた天使の虚無感と同様だ。

 幼くして殺された三人が小さいときから一緒に今まで育ってきて現在に至っているというのもファンタジーであり、三人の仲がよい理由がより明確になる。お姉さん役の広瀬すず、真ん中の杉咲花、末っ子の清原果耶、三姉妹のような絶妙にバランスがとれていて、それぞれの個性が魅力ある人物像を造形し、三人は見事な演技をしていた。

 映像表現として、三人が何かを見ているとき、動いているときには彼女たちの姿が描写される。しかし生きている人間しかいない場面では彼女たちの姿は消えている。周りからは見えていないからだ。そのセオリーが崩れるシーンが数回描写される。あえてセオリーを崩すことによって彼女たちの思いの強さが倍増される映像表現は見事な感情表出となっていた。

 人間に戻れるという情報をラジオで聞き、三人はそれぞれ思いのある人と心をかよわせようとする。この展開なくして思いを持っている人たちの本心が明らかにならない。人間に戻れるというフェイクが真実を明らかにする見事な物語の転回であった。

 死んだ美咲の強い思いを感じた、初恋の男性高杉典真が立ち直ったり、優花の母親の大胆な行動は優花を忘れていない、心の奥底に悲しみとしてずっと抱いていたことが明らかになる。事件を起こした犯人の本性も暴き出す。三人を中心として、思いを寄せる人や憎んでいる人の心の思いまで描写するすぐれた脚本である。

 死後の世界にいる三人の思いは一方通行でしかないが、秘めた思いがちゃんと双方向でつながっていく描写は「片思い世界」をくつがえし「両思い世界」となったのだ。脚本・演出・演技が見事なコラボレーションを発揮し見終わったあと心が熱くなりながらもほのぼのとした、ウェルメイドなファンタジー映画であった。

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