蠱毒(こどく)
ねこまんまときみどりのことり
第1話 お料理ロボットマール7
「ありがとうね、マール
「ピコンッ♪ 美味しく食べてくれて嬉しいよ。じゃあね」
俺はマール
自立式お料理ロボットだ。
ある天才科学者が発明し、全私財を駆使して世界中に配布した。
主に食料不足の地域へ。
その能力は高く、個人的に購入する飲食店も多く存在した。
天使のようなかわいい顔と形で、丸いフォルム。
視覚部分(目の部分)で材料を視認しメニュー作成、その材料を機械の口部分に入れれば、AI(人工知能)機能が瞬時に大きさを判断し下処理後に切断。
味付け後、胸部分に内蔵のオーブンやレンジで調理し、最適な料理を作る。
出来上がり後、お腹部分の扉がパカットと開き、レンジのように取り出せるのだ。
食せない部分や硬い骨などは、調理途中に別途で分けられ、チューブを通り専用の貯蔵庫へ運ばれる。
調味料も元になる海水や胡椒の実、サトウキビなどを口部分に入れれば、内蔵するオーブンやレンジ機能で炒ったり乾燥させて自動作成し、そのまま体内に貯蔵できる。
水分は不要と判断されれば、高圧の熱源により蒸発する仕組みだ。
そのロボットは全世界で見られる程、大幅に普及していた。
どんな草だろうが、魚だろうが、毒や鱗を除去して、美味しい料理を作ることができた。
特に食料が不足する地域では、食べられる物を何とか作り出してくれるロボットは、とても大切にされた。
それでも、食料事情が改善しない地域がある。
木の根を掘り尽くしても、食べ物が足りないのだ。
だから全世界のマール
◇◇◇
「あぁん、太っちゃうわ。お寿司のネタだけ食べて、ご飯を残そうっと」
「シールだけ欲しんだ。えっ、こんなにチョコなんて食べられないよ」
「まあ、私は今日は魚の気分なのよ。お肉は下げて頂戴」
「食べ放題で取り過ぎた。もう食べられないや、残そう」
「あらぁ、冷蔵庫のお野菜、いたんじゃったわ。捨てましょう」
「今日は無礼講だ。酒も食べ物もたらふく食べろ、ワハハハッ」
「またおやつ食べ過ぎて、ご飯残しちゃった。だって米って味なくてキライなの」
ある日大きな国で、大量の人間が死亡した。
その原因はわからず、人々は恐怖する。
「くるし、た、すけて……」
「突然、おかし、くなっ、たの……」
「死にた、く、ないよ……」
苦悶に喘ぐ人々。
調査は続けられるも、一向に進展はない。
病床者を病院へ運ぶ救急隊員は、休むことなく連勤していた。
「どういうことなんだ。みんな吐き気症状が出て、一週間以内でなくなっているぞ」
「薬物反応や食中毒でもない。健康な者も病気の者も無差別だ。なんでこんな状態になってる?」
「感染症でしょうか? そうだとしたら、今までにないものです。南極の氷が溶け出して現れたウイルスでしょうか?」
「だが、この国だけしか症状は出ていないから、それはおかしいだろう?」
「……あぁ、スミマセン隊長。どうやら……俺も発症したよう…………です………………」
「ああ、なんで急に? 待ってろ、今医者を連れてくる」
そう言って走り出した消防隊長にも、変化が。
「うっ、くそ。お、俺もなんだ、か、体、うごかない…………」
街の要の救急隊員は、活動を止めた。
病院内でも混乱が生じていた。
「もう、ベッドが満床です。廊下にも入り切れません」
「医師にも症状が出て、数が足りません。看護師達も動けなくなり、半数は休んでいます」
「もう点滴台もありません」
「点滴や解毒作用のある薬も在庫ゼロです。他の地域にも余剰はないと断られました」
「人員が足りません、どうしましょう?」
「動けない者ばかりで、食事や排泄すら介助できません」
「せんせい、せん、すいま、せん、もう、ダメ…………」
「ああ、俺もうごけ、ない…………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
その後この滅びの大国を他の国が支配し、更にその国は発展した。
そしてその国も、数年後に大量の死者が出たのだ。
原因がわからずに、人々は恐怖に震えた。
だが、その被害に合うのは豊かな大国ばかりで、何らかの生物兵器ではないかと推察された。
◇◇◇
「最近は前みたいに根こそぎ魚も釣られないし、小麦も値上がりしなくなったね」
「ここまで果物を取りにくる商人もいなくなったし、木の伐採もなくなって良かった」
以前は安価で、資源である食料をむしり取られていた貧しい島の民や、高い税金で食べる物が買えなかった人にも、値段が下げられて食料が回るようになってきた。
高額で購入する人が減り(死に)、食料の流通経路が変わったからだ。
今までよりも、だいぶん安価で手に入るようになった。
彼らは空腹になることも少なくなり、元気が漲ることで畑を元気に耕し、漁に出て魚を取ることもできる。
捨てられたような援助のない人々は、少し楽になった。
子供が釣りに行っても、容易に魚が釣れるようになった。
今まで観光客が荒らしていた、森の木の実やきのこもそっくり残っていた。
けれども住民は食料を無駄にすることはなく、彼らはその恵みを大切にしていった。
マール
「ピコンッ♪ 今日はこの料理だよ。元気で頑張って」
「ありがとうね、行ってくるよマール」
「今日は魚が釣れたの。マール、これを7人で食べられるようにして」
「ピコンッ♪ わかりました。頑張って釣れたのですね。久々のタンパク質ですね。木の実を入れてパイにしましょう」
「ありがとう。楽しみです」
時間がある時のマールは、野山を自己に付いているバイクのような二輪の車輪で移動し、草から栄養を吸収する。
伸縮する
食べ物がない日は、水にそれらを溶かして人間に与えていた。
「ピコンッ♪ これだけでも、どうぞ」
「ありがとうマール。元気が出るよ。明日は頑張って、畑を耕せるよ」
「ピコンッ♪ ご無理なさらないで」
マール
彼らの生き甲斐は、美味しく調理した物を残さず食べて貰うことだ。
そして彼らを慕う人間に喜んで貰うことが、年月を積み上げて “嬉しいこと” だとインプットされていく。
『マール達は学習していたのだ』
《ピコンッ♪ この国は駄目だ。大切な命を無駄にして、捨ててしまう》
《ピコンッ♪ この国もです。ではまた、いつものように》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
マール達は独断ではなく、マール同士で相談しながら選択していく。
ただその中でも飽食せず、食を大事にする子供達だけは、他国と連絡を取り保護していくのだ。
「ピピピピッ、はい、◯◯国です。どのようなご用件ですか?」
「ピコンッ♪ ◯◯国の者です。子供達が親とはぐれて死にそうです。国境沿いにいます。助けてください。場所は、◯◯地区の川沿いです。よろしくお願いします」
「貴方のお名前は?」
「ピコンッ♪ 私? 私に個別名はありません」
「え、どういうこと? もしもし、もしもし、切れてるわ。でも、隣国の状態は聞いているわ。すぐに救急隊に要請しましょう」
要請を受けた国はマールの電話に応え、子供達を助けに来てくれた。
救助が来るまではたくさんのマールが集まり、子供達の世話をしていた。
「ピコンッ♪ 頑張ってください、お嬢ちゃん、お坊っちゃん」
「ピコンッ♪ 食べ物は大切にね」
「ピコンッ♪ しっかり生きるのですよ」
マールには食事以外の援助は出来ない。
ただ水やお湯だけは精製できるので、シャワー代わりに洗い流す援助だけはした。
乳飲み子にはチューブで乳や離乳食を与え、少し大きい子供達には言葉をかけて食事を取らせた。
そして救助が来た時に、一斉にその場を去ったのだ。
「マール、何処に行くの?」
「置いていかないで」
「行っちゃヤダよ」
「「「「マール!!!!」」」」
子供達の親兄弟を奪ったマール。
でも彼らを真摯に助けてくれたマール。
矛盾するその存在。
マール
空中に噴霧すれば、人類が20回は即死できる程の威力がある毒を。
それはまだ人類が確認できない構造式だから、いくら調べても毒だと認知出来ないだろう。
今までに取り込まれた物によって、毒性に違いが生じていた。
食事に混ぜた遅効性の毒が、食事と共に体内に入ったこと。これが、今までの大量死の答だ。
命に感謝すれば、害にならないマール
だが、敵にまわせば……………………
マール
けれど、この事実を理解してもそう思えるかは謎だ。
◇◇◇
制作者はスラムに生まれ、母親となる科学者に拾われる迄は、体も心も傷だらけの男の孤児ユマールだった。
彼を拾った女科学者ナナスも貧しい生まれで、成功するまでは辛酸を舐めて生きてきたと言う。
そこで食事の大切さを学び、生きる為に学びを深めた。
女科学者ナナスは細菌学で賞を取り、多くの人を救った。
男の孤児ユマールもそれらを学び、その上でAIの活用法を学んでいく。
そして彼が、孤児の時に渇望していた研究を進めていったのだ。
そんなユマールにも好きな女ができて付き合ったが、浮気されて捨てられた。
その時の暴言は、彼の心を深く痛めつけた。
「貴方、スラムの孤児なんですって。黙っているなんて酷いじゃない。
死んだネズミも食べていたんでしょう?
嫌だわ、穢らわしい。
知っていれば付き合わなかったのに。
もう近寄らないでね」
女の本性を初めて知った。
優しい女だと思ったのに。
大事にしたいと思ったのに。
生まれのことでバカにされた。
好きでスラムにいた訳じゃない。
浮気をした癖に、正当化しようとする。
おまけに俺が悪いと、罵ってくる。
「どうしてこんなに責められるのか?
生まれて来なければ良かったのか?
苦しい、苦しい、苦しい…………」
ナナスは、彼を抱き締めて囁く。
「そんな女とは別れて良かったのよ。そんな嫌な人間ばかりじゃないわ。
私もたくさん騙されて、罵られて来た。
けれど、信じられる人間も僅かにいるわ。
だから、前を向いて。私と生きていこう」
「わあぁぁぁぁぁ。母さん、辛いよ。
本当に好きだったんだ。
でもでも、あんなに酷い…………あぁぁぁ」
どうして自分ではどうしようもないことで、こんなに責められなくてはならないのだろう?
上等な親に生まれたら、そいつも上等だと言うのか?
違うだろ?
そうして一つ、ユマールは挫折を知った。
◇◇◇
その後も研究の日々を続け、マール
彼女の祖国は、珍しい果物がなる島国だ。
外国人が来るまでは、穏やかに田を耕して生きる
けれど観光地になったことで、立地の良い土地を追い出され、山に追いたてられた。
国が主導しており、逆らえなかったそうだ。
そうして資源を取りつくし、海沿いにも建物を作った為、魚も取れなくなったと言う。
元々島だ。
大きな船などなく、釣竿や小舟でくらいでしか釣れないのだ。
騒がしい場所から離れた魚を、彼らは口にすることが出来なくなった。
そして土地も奪われ、資源も乏しくなり、土地を離れる人が増えていく。
彼女は山の果実を取り、観光客に売買していた。
そしてある日、両親に言われたそうだ。
「このままではお前の未来は暗い。豊かな土地があれば、耕して生きていけたが、今はそれも取られた。
俺達はここから離れられないが、お前は教育を受けて外で暮らすんだ」
そう言って、持ち金の半分を彼女に渡したらしい。
本当は花嫁に行く時の資金にしようと思っていたが、それどころではない状況だ。
そうしてこの国に来たらしいのだ。
彼女は一人前になって、親に送金したいと真剣だった。
食べる物も削り、ユマールの助手となって懸命に働いた。
ユマールはアルノチアの真面目で優しい部分に憧れ、尊敬していた。
異国でアルバイトをしながらも、懸命に学ぶ姿にも。
そうして、アルノチアの研究成果が日の目を見る直前、彼女は自殺した。
後で聞いたことだが、彼女は妊娠していたらしい。
そして彼女の研究は、俺も顔だけを知る科学者ビルが発表した。
明らかに彼女が研究していた、テロメアの使用回数を増やす細胞因子の考察だった。
そいつは笑っていた。
ユマールを見つけ、嘲るようにさらに呟いた。
「馬鹿な女だよ。体も研究も俺が頂いた。
あんたも気があったんだろ、あの女に?
残念でした」
その顔には僅かな後悔も見えず、ニヤけていた。
アルノチアの死に、そいつが関わっていることは明確だった。
その横には、ユマールが別れた女リンダがいた。
「やっぱり生まれが悪いと、股も弛いのね。
私という婚約者がいるのに、妊娠するなんて下品な女。フフフッ」
「そう言うなよ。貧乏飯を作るけど、良い女だったんだよ。
まさか死ぬなんてな。まあ、後腐れなくて良いけど。
アハハハッ」
ああ、またこの女が絡んでいるのか。
どこまで俺を貶めれば気が済むんだ。
「ああ、そうそう。あの女の親に慰謝料を要求したらね、二人とも死んだんだって。親子揃って恥知らずね」
こいつらは人間じゃない!
きっと彼女のことを大切にしていた両親に、酷い言葉で傷つけたんだろう。
富裕層以外を馬鹿にするのを当たり前だと思っている
どんなに無念だったに違いない。
クソッ、絶対に許さない!
俺は義母に今回のことを伝えた。
そして共に憤ってくれて、俺に力添えをしてくれたのだ。
「あの女の親は、食品偽装をしている。
自分達富裕層には本物を売り、それ以外には偽物の粗悪品を売り付けているのさ。
こちらに利がないから放っておいたけど、私の息子にこんな仕打ちをしたんだ。
痛い目に合わせてやるさ」
義母もここまで成り上がる際、有力者の愛人になったり、いろんな辛いことをして資金を捻出していたと言う。
あの女の、婉曲に罵る言動には無視を決めてきたそうだけど、今は理由ができたから反撃すると言ってくれた。
昔の伝手や有力者の友人?達に、協力を仰いでくれるそうだ。
今でも呑み仲間としてたまに会っているみたい。
その事実は噂として流れ出し、真実も絡み回収不能のものとなった。
あの時の婚約者ビルには、即座に捨てられたらしい。
表舞台には、もう上がることはないだろう。
会社も潰れたそうだから、あの女の威張れる理由は何もなくなった。
たいそう高い
もう見ることもないだろう。
そして俺は、助手だったアルノチアの手記を元に、彼女の研究を母と進めて成果を発表した。
ビルは奪った研究をものにできず、沈んでいった。
元々あいつの手に収まるものではないのだ。
彼女が命懸けで手掛けた成果だもの。
共同研究者には、彼女の名前を入れている。
死んでいたって関係ない。
これは彼女の研究だったのだ。
その後の俺は、貧しくても食べる物に困らないように、手助けしてくれるマール
リンダが馬鹿にしていた、俺がネズミの肉のくだりは本当のことだったから、そんなものを食べなくて良い世界を作りたかったんだ。
空腹は辛いから。
辛くて涙が出そうになるが、今の俺には義母がいる。
かなり頼りになる義母が。
アルノチアと彼女の子供と、彼女の両親の冥福を祈りながら、これからも役立ちそうな研究を続けていくことを誓う。
「せめて来世は幸せになってね」
お墓に花を手向け、その場を後にする。
アルノチアと子供の遺骨は自ら故郷の島に届け、両親と一緒の場所に眠れるようにした。
それが俺なりの弔いだった。
俺はやっぱり彼女が好きだった。
良い人だけを好きになれれば、みんな幸せになれるのに。
でもそれがわかる方法なんてないから、どうしようもない。
ユマールはその後も、恵まれない人々を助ける研究や援助金を送る支援をして、人格者として敬われた。
◇◇◇
その後マール達が独自で学習し、人間選別をしていくのは男の死後のことだった。
蠱毒(こどく) ねこまんまときみどりのことり @sachi-go
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