美術部の部長は絵で語る
烏蝿 五月
第1話 緩そうな部活に行ってみる
俺はつい先日高校生になったところだ。
そして今、部活動紹介とかいうダルい映像を見させられていられる。
「今の文化部は楽そうじゃなかった?」
「やっぱ陸上部だろ」
などとそれぞれ見学に行く部活を見定めていた。
一方、俺含め数人は興味が無く、始めから寝ている奴もいる。
(俺も寝よ...)
顔を伏せようとしたタイミングで紹介されている部活が入れ代わり、その声に思わず顔を上げた。
「こ...こんにちは...び...美術部です。部員...が少ないので...ぜ...ぜひ...見学に...来てください...」
終始声が震え、言葉がとぎれとぎれで、たったそれだけで映像は終わってしまう。
部長らしきその女子生徒は、映像で見る限り身長も小さそう、気弱で気迫を感じない、なんとなく昔飼っていたハムスターを思い出す。
放課後になり、廊下中にグループで行きたい部活の見学に行く人が溢れかえっている。
俺が入った高校は強制的にどこかの部活に所属しなければならない決まりで、クラスで寝ていた連中もそれぞれ主に楽そうな文化部に行こうとしている。
考えることは俺も同じで、活動が週一か幽霊部員で済まされる所を探そうとして一覧表を見る。
すると後ろから名前を呼ばれ振り返ると、声の主は中学の知り合いだった。
「おーい!一緒にサッカーとバスケと野球と、あと陸上の見学いこーぜ!」
俺は手を振って(あっちに行けの)あれから気になっていた“美術室”へと向かった。
折角の平穏な高校生活があんな奴に脅かされてはなるものかと、切らねばならない縁もあることを学んだのである...。
後ろから大声で名前を呼ばれても気にしない、そもそも部活は一つしか入れないし、それであの種類を見学する意味が分からない、もういっその事全部活に入って過労でくたばってしまえと、心のなかで別れを告げておいた。
自分の教室と美術室は棟が異なるため、それなりに移動が必要で時間がかかる。
しばらくして美術室の近くに着くと、中から騒ぐような声が漏れ出していた。
部活動紹介の時とは違う雰囲気で、少し戸惑いながらもノックをして入室すると、騒いでいる男女数人がこちらを一瞬見たが、すぐに会話に戻った。
少し焦ったが、とりあえず落ち着いてから映像の部長らしき人物を探す。
「いない...教室間違えたのか?」
「あ...あのっ...」
急に目の前から声がして、驚いた反動で尻餅をついてしまった。
「だ...大丈夫っ...ですかっ...」
俺を驚かせた張本人が、近づいて来て慌てている。
「平気、平気、俺が勝手に転んだだけだよ」
何をすればいいのか分からない様子で慌て続けている彼女をなだめつつ、とりあえず立ち上がって挨拶をした。
部活の入部希望者だということが分かると、先程の件から申し訳無さそうに靴に向けられていた視線が一気に上昇し、その目を輝かせていた。
やっぱり、昔飼っていたハムスターにご飯をあげている時のことを思い出させる可愛い仕草に、一人胸を打たれていた。
そんな部長から部活についての説明を受けている時も、この教室に来た時にこちらを睨んできた男女数名は騒ぎ続けている。
「あの、後ろにいる人たちも部員なんですか?」
「えっと...。そうです...。一応...。」
部室の道具や設備について目を輝かせながら説明していた時のお花畑のような雰囲気が一瞬で暗くジメッとしたものになっていく。
あまり触れない方がいいのだろうと悟ると、別の話を切り出した。
「部長の書いた絵が見たいです」
しばらく返事は帰ってこず目が点になって立ち尽くしたまま動かなくなった、顔の前で手を降って呼びかけるとハッとして奥の部屋へ走って行ってしまう。
怒らせてしまったのか、何か嫌なことを嫌なことを言ってしまったのかと焦っていると、部長の消えた部屋から物が雪崩を起こしたような音が聞こえた。
「部長っ!大丈夫ですか!」
駆けつけると、地面には倒れている部長とその上に乗っている沢山の画用紙やキャンバスがあった。
それを念の為、丁寧に避けたあとに部長を起こす。
「み...見てください!」
脳内で「ペカーン!」と効果音が聞こえてくるようなポーズをとって、自分を押し潰していたものを俺に差し出す。
心配しつつも差し出されたものを受け取り、一枚一枚眺めていく。
そこに描かれているものは様々だった。どこか落ち着くような夕陽の絵や猫をモデルにした絵、現実的なものが多いと思えばペガサスが翼を羽ばたかせている絵もあった。
描く素材も絵の具からクレヨン、鉛筆と種類が多い。
時間を忘れるほどにその作品に見とれていて、声を掛けられて正気に戻る。
「ど...どうですか?」
「とても凄いです、俺そんな芸術とか詳しくないんですけど、それでもこれが凄い作品だってわかります。被写体も景色とか生き物とか色々あって、描くのに使ってる物も、なんかこう...とらわれないって感じで、とにかく凄いです!」
柄にも無く興奮してしまった。しかしそれは絵になんの興味も無い人間をここまで奮い立たせる力が込められている絵だということで、感度してしまった。
部活動見学という名前の通り、見学をして一日の放課後は終わってしまった。
気がつくと騒いでいた数人も居なくなっていて、美術室の鍵を返してくるからと部長とはすぐに別れた。
今まではとにかく早く帰りたいとしか思っていなかった放課後が、なんとも楽しい時間になってしまった。とは言っても高校生になって数日なのだが...。
これからの部活を楽しみに考えていて、どこか何かに期待していた。
帰路がいつもと違い夕日に照らされていたからか、高揚する気持ちは中々治まらなかった。
美術部の部長は絵で語る 烏蝿 五月 @Iyou_Itsuki
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