第5話
5.
作戦会議室に向かって参謀たちに方針を伝える。誰もがうすうす予期していたようで、反論は出なかった。参謀たちは、手勢を率いて残っている城壁の防衛にあたるらしい。
少なくとも、敵は突撃してくる僕たちと、抵抗を続ける参謀たちと戦うことになる。これで、少しは姫様に楽をさせられましょうと、疲れ切った笑みを浮かべる参謀長の両手をしっかりと握りしめる。ぐるりと部屋を見渡す。若い参謀などは泣きながら機密書類を燃やしていた。死にたくない、死にたくないとつぶやきながら。でも、最期はみな笑って僕を見送ってくれた。死後の世界があるなら、また姫様のもとで働きたいですななどとうそぶきながら。
武装を整えて城門前広場につくと、そこではもう皆が待っていた。そこには無数の人々がいた。重装魔道騎兵の生き残りから軽装魔道連隊の生き残り。果ては陣地防衛部隊の生き残りまで。他にもたくさんの顔見知りがいた。パン屋のおっちゃん、仕立て屋のおばさん、皆が皆手に武器となりそうなものをもってそこに立っていた。
遅れてやってきた僕に一斉にその目が向く。その眼はぎらついてはいたけれど僕に対する負の感情は感じられなくて。最悪罵声の一つや二つは覚悟していただけに拍子抜けする。すると突然
「だから姫様は心配しすぎなんですって!」
と乱暴に背がたたかれる。そこにいたのはお調子者のジャック中尉。彼もまた、僕が引き抜いた有望な指揮官だ。それに対し規律にうるさいクラウゼン大尉が
「以前から気になっていたが、貴官は姫様に対しなれなれしくはないか?主従の関係はしっかりさせるべきだと私は前から……」
とこんな時だというのに説教を始める。それはまるで見慣れたいつもの光景で。思わず笑ってしまう。
それを目ざとく見つけたテーラーのおっちゃんが言う。
「お、姫様が笑ったぞ!」
それに続いて町のみんなが、兵士のみんなが口々に言う。
「うん、うん、姫様はやっぱり笑ってなくっちゃ!」
「別に私たちはあんたを恨んじゃいないよ!だってあんたは今までみんなのために一生懸命働いてきたじゃないか!」
「王様には別に義理はないが、姫様は別だ!姫様には散々面倒を見てもらったからな!」
それは紛れもないいたわりの言葉。皆のやさしさが身に染みる。勿論、言いたいことはそれだけじゃないはずだ。こんな事態を招いた僕に対する恨みの心ぐらいはあるだろう。でもこうして言ってもらえるぐらいには僕のやってきたことは無駄ではなかったのだと思うと涙があふれてくる。
「みんな、ありがとう……」
「本当に、ありがとう……!」
みんなの顔をじっくりと見まわす。みんなみんなくたびれた顔をしているけど、みんな確かに笑っていて。
僕は剣を抜き放ち、叫ぶ
「みんな、僕を見守ってくれてありがとう!ついてきてくれてありがとう!僕たちに勝ち目はないかもしれない!でもあの嘗め腐ったことをしゃべくり散らかしている革命軍とやらに痛い目に合わせることはできる!」
「教育してやろう!僕たちの意地を!見せつけてやろう!僕らの誇りを!革命軍に、死を!」
皆が叫ぶ
『革命軍に、死を!王女殿下、万歳!』
『革命軍に、死を!王女殿下、万歳!』
『革命軍に、死を!王女殿下、万歳!』
「城門開け!突撃!!!!!」
開け放たれた城門から一気に飛び出す。狙うは敵本陣。そこに革命軍主席とやらがいるはずだ。彼を討てば、少なくない打撃を革命軍に与えられる。場合によっては、瓦解にまで持ち込めるかもしれない。そう信じて。
凍えるようにあった死に対する恐怖心も今はもうない。皆と一緒なら、どこまでも行ける気がする。群がってくる敵兵に剣をふるう。そのたびに敵兵の首が飛ぶ。なぜだか今日は剣の走りがいい。まったく負ける気がしない。その調子で剣を振る、振る、振る。皆も鬼気迫る様子で武器をふるう。
その様子はまさに一騎当千。先ほどまで剣を持ったこともないようなおっちゃんが、敵から剣をもぎ取り周囲の雑兵を切り倒していく。それこそ力尽きて動けなくなるまで笑顔で剣をふるい、そして事切れていく。そんな様子に、革命軍全体に動揺が走る。彼らはそもそも一方的な勝ち戦とそのあとの虐殺、略奪しか考えていなかった。そのつもりが予想外の抵抗にほころびを見せている。それでも、それでも数の差は覆せない。あちらこちらで兵が、市民が打ち取られていく。
そんな中馬を寄せてきたジョーンズが敵陣の一か所を指さし叫ぶ。
「みろ!あの赤旗が敵の本陣だ!あそこを突けば敵は崩れる!」
つられてそちらを見据える。確かにそこには大将の所在を意味する赤旗と、そのそばのやけに豪奢な椅子に青ざめて腰かけている一人の青年の姿。
「確かにそうみたいだね!ならば君がいけ!僕たちの中で一番腕が立つのは君だ!僕たちが敵を食い止める!」
そうして敵の集団に突っ込もうとしたとき
「嫌ですな!」
馬首を遮られる。そしてジョーンズはすごむような笑顔で彼の部下に叫んだ。
「敵の大将首をとるのは大将と相場が決まっている!おい、お前ら!姫様をあの糞野郎のところに届けろ!死んでも姫様を守れ!」
そしてジョーンズはかつて見たことがないほど真摯な表情でこちらを向くといった。
「このジョーンズ、姫様にお仕えできたこと、一生の誇りでありました!……それでは!」
そして背を向けると雲霞のごとき敵兵に切り込んでいく。
その機に従い即座にジョーンズの部下達はぴったりと僕を囲い走り始める。一部の隙もなく。僕に立ちふさがるすべての危険を排除せんとして。敵弾が集中する。倒れても即座に後続のものがその穴を埋める。それは見事な連携。だけどそれでは、
「まて、待ってくれ!それではジョーンズが!」
ジョーンズが孤立してしまう。彼はたった一騎で群がる雑兵を相手にしていた。神速の槍の突きが反乱軍を襲う。次々と倒れる反乱軍の雑兵ども。だが明らかに多勢に無勢だ。みるみるうちに手傷が増えていく。それでも槍は鈍らない。反乱軍の死体が積みあがっていく。敵に囲まれているというのに、その顔に恐れはなく。いつものように皮肉気な顔を浮かべたままで。刹那ジョーンズと目が合った気がした。その眼はとても澄んでいて。時が止まったような一瞬。嗚呼綺麗だな、と思わず見とれてしまう。
だから、次の瞬間見てしまった。幼げな少女がジョーンズの背中から、槍を繰り出すのを。それを切り払い首を刎ねんとするも、あきらめたように微笑んで一瞬硬直したジョーンズの姿を。瞬間、次々とジョーンズにつき立つ槍の数々。ジョーンズが馬より引きずり降ろされる。群がる雑兵。
「そんな!ジョーンズ!ジョーンズ!!」
僕は叫ぶ。必死に馬首を返そうとする。ジョーンズには散々皮肉も言われたし、決して大の仲良しというわけでもなかった。でも、彼はいつだって親身に相談に乗ってくれたし、その皮肉交じりの忠告だって、いつだって正しかった。そんな彼が、こんなところで。許せなかった。
だが、
「姫様、落ち着いて下せえ!」
横を並走する古参の軍曹にしたたかに殴られる。その眼は血走り、歯を食いしばっていて。僕はハッとする。助けに行きたいのは彼らも同じなのだ。それでも、彼らは陣形を崩さない。ジョーンズの命を遂行するため。そして革命軍首席を打ち取れば、この革命騒ぎもが解決する。その可能性にかけて。
「……ごめん」
僕は謝る。ジョーンズの行為を無駄にしかけたことに。辛いのは彼らこそなのに。
「いや結構です。そんなところに隊長は惚れたんでしょう」
「なに、すぐにまた会えますよ。謝罪は隊長に直接してくだされ!」
『わはははは!』
皆が笑う。笑う。悲壮感を吹き飛ばすように。僕はもう振り返らなかった。背後から爆発音が響いてきても、決して。
そして進む、進む。敵弾が集中する。皆が僕をかばって弾を受けていく。耐えきれなくなったものが一人、二人と続けざまに落馬する。群がる雑兵。だが僕たちは足を止めない。背後から連続する爆発音が聞こえてきても、決して。
でも僕たちの数も一人、また一人と減っていき。いつしか走っているのは僕だけになった。だがその時にはもう本陣の中。主席とやらに剣を伸ばせば届く距離。
「逆賊!覚悟!」
護衛と思しき雑兵がへっぴり腰で槍を突き出してくるのを切り払う。そして腰を抜かして這いつくばる男に剣を振り上げる。狙うはその首。何としてもその首だけはもらうつもりだった。死んでいった皆の顔がふとよぎる。ジョーンズ。ジャック。クラウゼン。お城の兵隊さんたち。町のみんな。こいつだけは絶対に殺す。視界が殺意で赤く染まる。
「死ねええええええええ!」
そして
タタタターン!
響き渡る破裂音。
感じる衝撃。
投げ出される僕。
地面にたたきつけられる。
とっさに起き上がろうとするも、なぜだが力が入らない。ぬらぬらとした血の感覚。
視界の端ではマスケット銃を構える集団。周りの反乱軍の雑兵どもが逃げ惑う中、彼らだけは規律だっていて。僕から見てもほれぼれするような速やかさで第二射の用意をしている。それは明らかに反乱軍風情にできる動きではなかった。そして極めつけに聞こえてくる号令は北方連合語。
(ああ、そういうこと。)
僕は内心ようやく理解する。諜報部からは、この革命の背後に諸外国の影があることは早くから指摘されていた。そして実際王直轄軍が完敗してからだが、大ルッシャ連邦からは軍事顧問や「義勇軍」、魔道砲兵とやらが、北方連合からはマスケットや武器弾薬が送られていることは把握していた。だが正直疑問だったのだ。革命軍風情に、マスケット銃の高度な運用などできるものなのかと。その答えがこれ。連中、本国からわざわざ部隊を呼び寄せたらしい。しかもその練度からして、教導隊クラスの部隊を。北方連合の介入は武器弾薬の提供とマスケットの教導程度にとどまり、大ルッシャ連邦ほどの本格介入はしてこないだろうとの報告を真に受けたのがこのざまだ。実際のところは北方連合最精鋭の部隊を投入するぐらいの本気ぶり。それでは負けるはずだと苦笑する。それにこれでは僕の突撃もジョーンズの部下が生きてたところで粉砕されただろう。
これを予測できなかったのは僕のミス。ただ外国からのお客さんが来ているのならのんびり寝てなどいられない。何とか最後の力を振り絞って立ち上がる。ついでにうかつに近づいてきた反乱軍の雑兵3、4人を続けざまに切り捨てる。
(バーカ)。
内心つぶやく。いくら致命傷たりともいえ、ろくに訓練もしていない反乱軍の雑兵になど後れを取るわけがなかった。僕の17年間の研鑽を嘗めないでほしい。ついでに彼らにトラウマを刻んでおくかと内心小さく笑うと僕は叫ぶ。
「我こそはユーリ・フランソワ!フランソワ王国が第二王女なり!反乱軍の長、主席とやらの首をもらいに来た!功が欲しければ僕を討つがいい!」
「王女、王女だぞ!」「賞金首だ!」そんなざわめきが僕を取り囲む集団に走る。さっそく飛び出してきた間抜け2,3人を切り殺す。そして慌てて逃げ出そうとした4人目はあえて足の健だけを切り、這いつくばったその背中に剣をつき差しぐりぐりとえぐる。つんざく悲鳴に僕を取り囲む反乱軍の輪に動揺が広がる。
「馬鹿な、化け物……!」
「話が違うじゃないか……!」
僕が一歩前進すると反乱軍が二歩下がる。反乱軍の輪が広がっていくのが面白い。
だが、彼らは、マスケットの集団は全く動揺のそぶりを見せない。隊長の号令に従って輪の隙間を縫うように前進してくる。そして筒先が一斉にこちらを向く。遠方からは義勇軍とやらの騎兵部隊がこちらに向けて突っ込んでくるのが見える。おそらくは城内の掃討をおえ、美味しいとこ取りは許さないとでも言いたいのだろう。つまりは詰み。でも、僕は決してマスケットの指揮官から目をそらすつもりはなかった。
「お見事」
指揮官の口が小さく動いた気がした。振り下ろされるサーベル。一部の隙も無くそろえられた銃口が一斉に火を吐く。
先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃と激痛に崩れ落ちる。自分にとってかけがえのないものが失われていく感覚。冷たく、寒い。あのいやな感覚。それでも僕はまだ生きていた。
運がいいのか悪いのか、僕は即死しなかったらしい。でもこれで最後の後始末をつけることができる。
かすむ視界の端で雑兵どもが群がってくるのが見える。その眼は欲望にぎらついていて。この首にかかった懸賞金が目当てか、それとも血まみれとはいえ見事な僕の肢体が目当てか。どちらでもいいなと苦笑する。だって彼らの欲望はかなわないのだから。
(悪いね、この首はやれないや)
最期の力を振り絞って腰の後ろにつけた小箱に伸びた紐に手を伸ばす。
これは出撃の直前、ユリからもらった小箱。せめて辱めを受けないようにと、わずかな時間でくみ上げてくれた小型の爆弾だ。
ふと、マスケットの隊長と目が合う。遅まきながらこちらのすることに気づいたらしい。驚愕に顔をゆがめると部下たちに退避、退避と叫んでいる。でも押し寄せる反乱軍が邪魔をして、うまく逃げ出せていない。
(ざまあみろ、ばーか)
内心つぶやく。そして僕の体が吹き飛ぶ直前、王都の西の丘にたたずむ一騎の騎影を目にする。それははるか遠く。遠目に見えただけだけど、それはユリだとわかった。
(よかった、脱出できたんだね……)
内心安堵する。あれだけ離れていれば、逃げ延びられるだろう。
思えば、この世界に来て色んなことがあった。楽しかったこと、悲しかったこと。
色んな人にもあった。よくしてくれた兵士さんやパン屋のおっちゃん。ジョーンズ。ジャック、クラウゼン。サロンのみんな。みんなみんな死んでしまった。でもなんでだろう、また会える気がする。
僕は二回目のこの人生、決して後悔していない。僕は思うがままに生きられたのだから。
ふとユリの最期に見た顔がよぎる。まるで猫が飼い主に捨てられたような、途方に暮れた目。でも最後の命令に従わんとする、気丈な目。
(ああ、でもユリには悪いことをしたなあ……。)
そこまで思った時、眩い白い閃光と共に僕の思考は途絶えた。
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