境界線を越えて

宮田秩早

身の上

 カンカラカンのカーン!

 上南駅駅長室から上南村のみなさまに時報をお知らせします!

 何時の時報かって?

 それはみなさん、勝手に決めてください。

 今日も駅長室の窓からは燦々と陽が私のうしろあたまに降り注いでいます。

 目の前の机はぴかぴか……というのはまあ嘘で結構埃が積もっています。

 ごめんなさいねえ、私が掃除できないばっかりに。

 でも大丈夫!

 私の声が聞こえますか?

 今日もマイクは良好です。

 時報係はみなさまご存じ、私、生首です。

 名前は忘れました。ええ、このへんも毎度おなじみでしょうけど、昨日生まれたあかちゃんもいらっしゃると思いますので、毎日お知らせします。

 思い返せばあの日、テレビのニュースもインターネットも、こぞって『消滅の日』と騒ぎ立てたあの日、電車に乗っていた私の首は胴体からころりと落ちました。消滅はしなかった。そのときの記憶は曖昧だけれど、おなじ電車に乗っていた人たちの多くが消滅したのではないかと思います。一斉に、ではなかったですね。そう……がたんごとん、と電車の座席に座り、揺られてうつらうつらしていた私は、その騒ぎに気がつきませんでした。

 電車に乗り込もうとした人が、降りようとした人が、ひとり、ふたりと不意に消えてしまったことに。

 いや、聴いてはいたのです。

 眠りのなかで、夢の騒ぎのように。

 現実の恐怖を削ぎ落とされ、フェスティバルの喧噪のなかにいるような夢。

 きゃあ、わあ、という叫び。

 朝の通勤電車でした。鞄には財布と定期券と自宅の鍵とハンカチ、スマートフォン。あとはごちゃごちゃしたいろいろなもの。いや、大切なものが抜けてるな。本です。あの日は『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』でした。

 でも、その本を開くことすらせずに船を漕いでいました。

 いま思えばとても残念です。

 あの日、私の持って出たものはだいたい手元に……とはいえ、私にはもう『手』はないんですけど……帰ってきましたが、本は戻って来ませんでした。

 たぶん、鞄から落ちて、持ち主が分からなくなって捨てられたんだと思います。

 手元に戻って来たとして、どうやって読むんだという話もあるんですけれどね。

 内容を知ることの出来なくなった本というのは、いつまでも心残りなものです。

 それからいろいろありました。

 私がこうやって村内時報係の職に就けたのは、国会議員の偉い人の息子さんが私とおなじように首だけになったおかげです。

 首だけになった人は何人かおり、それまで「首だけの人間に仕事ができるか」、どちらかといえば否定的な論調だったのが、一気に、「人間は頭さえあれば人間と認められる」「生きがいのために職業支援が必要」「もちろん議員立候補も出来る」と、閣議決定、法律化。

 そりゃもう、怒濤の勢いで。

 で、まあ私もこうやって仕事をもらえたわけです。

 上南村のみなさまはあたらしく出来た法律を守ってくださったわけです。

 おかげで今日も元気に私は村内時報放送に励みます。

 づづきは次の時報をお楽しみに!

 

 

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