Log.03_CONFLICT(衝突) - “設計”を巡る干渉と《修正者の資格》

火花が散った。だがそれは物理的な現象ではない。朝霧悠斗の視界にだけ映る、世界の“内側”で起きている事象だった。


「詠唱ディレイ:+1.8秒(安全措置有効)」「処理フラグ:無限ループ懸念」


少女──レナ・フェルマータの周囲に、赤黒いコードの断片がうごめいていた。悠斗の視界には、次々と〈エラー〉の警告ウィンドウが表示される。魔力制御の失敗、詠唱バッファのオーバーフロー、感情トリガーの不安定化……それはまるで、暴走するプログラムが自壊寸前のループを繰り返しているかのようだった。


(これは……意図的な封印か?)


彼は目を細め、より深層のコードを〈DebugView〉で読み取る。そこには、レナ自身のステータスとは矛盾する構造が存在していた。


───UNIT STATUS───

\[User ID: RENA\_FERMATA]

Level: 5

HP: 60/60

MP: 150/150 (Unstable)

SKILLS: Flame\_Magic (Lv.1), Mana\_Control (Lv.0 - Locked)

BUG: Mana\_Overflow (ID: RNF\_001-B)

─────────────────


特に目を引いたのは「Mana\_Control」が〈Locked〉と表示されている点だった。


(最初から制御不能に設計された……いや、“制限された”能力……か)


バグではなく、仕様そのものに干渉された形跡。誰かが、彼女の魔力制御機能を意図的にロックしたのだとしたら。


───PATCHING: RNF\_001-B (Mana\_Overflow)───

\[SUBROUTINE: Mana\_Control\_Override]

ADJUSTMENT: Remove redundant safety protocols.

MODIFY: Initialize Mana\_Control (Lv.0) -> (Lv.1)

RECALCULATE: MP\_Flow\_Rate

COST: MP 10

─────────────────


悠斗は指をかざす。ほんの一瞬の逡巡の後、「適用」コマンドを選択。


全身に、針で突かれるような違和感が走る。MPがごっそり削られる感覚とともに、彼の手から〈パッチ〉が走った。視界のコードが一斉に再構築され、赤いエラーログが一つずつ消えていく。


そして次の瞬間、レナの魔力が、静かに──だが確かに、整っていった。


「……あれ?」


レナが、小さくつぶやいた。その表情には、戸惑いと、微かな驚きが混じっていた。指先に集中する魔力が、今までとは明らかに違う挙動を見せている。


暴発しない。暴れない。ただ、そこに“ある”という安心感。


「……ねぇ、なんかさ。すごく変な感じがするんだけど」

「変、ってのは?」

「うまく言えないけど……あたしの中にあった“怖さ”が、少しだけ薄くなった気がするの」


その言葉に、悠斗の手がわずかに止まる。


これは……“感情”のログだ。


彼女の精神状態と、魔力の安定性に相関がある。それは、コードでは説明しきれない“不確定要素”──すなわち“人間性”そのものだった。


(……やっぱり、感情と魔力はリンクしてる)


彼は静かに息を吐く。自身のMPは確かに減少した。だがそれは単なるリソース消費ではない。彼が“自分の意思”でレナに干渉した、その結果だ。


──人のコードを修正するということ。

──他人の人生に手を入れるということ。


それは、彼が過去に封印した“禁忌”だった。


◆◆◆


「なあ、レナ。……一つ、聞いていいか」

「なに?」


二人きりの焚き火の夜。風が冷たく、星が近い。ふと、悠斗は言葉を選ぶようにして訊いた。


「お前は、魔法の暴走が怖いって言ってたよな。……そのせいで村を追い出されたのも、知ってる」

「……うん」


レナの表情が一瞬だけ曇る。けれど、すぐに無理やり笑みを作って言った。


「でも、仕方ないことだし。あたし、本当に人を巻き込んじゃったから。……自業自得、かな」


その“明るさ”が、悠斗には痛かった。


「本当に、そう思ってるのか?」

「……分かんない。でも、怖かったの。本当に。誰かに認めてほしかったけど、それ以上に、自分が何を壊すか分からないのが、怖かった」


沈黙。


「だから……今、あたしの魔力が安定してるの、ちょっと不思議。嬉しいけど、怖い。これって……本当にあたしの力なのかな?」


悠斗は言葉に詰まった。


その問いは、彼自身の問いでもあったからだ。


「……それって、ずるくない?」


ぽつりと呟くように、レナが言った。


彼の行為が、彼女の“本来の成長”を奪ったかもしれない。それを、彼自身も理解している。


だが、それでも。


「俺は、お前が前に進めるように、修正しただけだ。命令も、強制もしてない。選ぶのは、お前だ」


レナは目を見開いた。そして、ほんのわずかに、頷いた。


「──うん、ありがとう。……たぶん、ちゃんと、向き合ってみる」


◆◆◆


その夜、山中で“異形”が現れた。


黒衣の騎士──《デバウア・ナイト》。禍々しいコードをまとい、人語を解さず、あらゆる魔力を“喰らう”。


その眼には、レナの魔力が明確に“餌”として映っていた。


「回避して!」

「……くっ!」


レナが火球を放つが、黒衣の騎士はコードの裂け目に潜り込むようにして回避。そしてそのまま、腕ごと彼女の魔力に噛みついた。


その瞬間、悠斗の視界に“強制デバッグ警告”が点滅する。


───ERROR: CODE PARASITE DETECTED───


「コード喰い……ッ、こいつ、魔力のスキル構造ごと侵食してやがる」


彼の目には、レナのスキルツリーが徐々に“崩壊”していく様子が見えていた。パラメータの逆流、バグの再発、制御不能フラグ。


だが、彼は立ち止まらなかった。


「この程度の崩壊、書き換えてやる──」


───FORCE PATCH INITIATED───


MPを最大まで消費し、彼はレナのスキル構造に〈修復コード〉を流し込む。


その瞬間、黒衣の騎士の身体にエラーログが奔る。


───ERROR: CANNOT PARSE TARGET───

───ERROR: CORE DUMP───


肉体が、コードの崩壊とともに“音もなく砕けて”いく。理性もなく、断末魔すら上げられず、騎士は自壊していった。


コードの海に沈むその姿を見届け、悠斗は静かに目を閉じた。


「……これが、“修正者の資格”だというのなら」


彼は、また一歩、“人間の感情を含んだ最適解”へと近づいたのかもしれなかった。

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