バス停と、スカートの裾
HumanHumanHuman
バス停と、スカートの裾
雨がやんでも、空はまだご機嫌ななめ。灰色の雲が重たく残っている。
制服の裾が湿って重い。歩道の水たまりには、曇った空と赤い校章がにじんで映っていた。
バス停のベンチに腰を下ろすと、スカートの裾がじわっと足に張りついた。冷たい感触が、少しだけ心を落ち着かせる。
十五分は経ったと思う。スマホはカバンに入れっぱなしで、見ていない。
時間を気にしてるって知られるのが、なぜか恥ずかしくて。
「……待った?」
振り返らなくても分かる声。
制服も髪もほとんど乱れていなくて、少しだけ悔しくなる。
「ううん、今来たとこ」
ああ、またそれ。口にした瞬間、ちょっと後悔。
こんなわかりやすい嘘、バレバレなのに。言わなきゃよかったって、いつも思う。
友梨のスクールバッグ。横のポケットから、透明なリップグロスが少しだけ飛び出していた。
ほんのり甘い香りがしたような気がして、わたしは視線を逸らす。
二人並んでベンチに座る。間に空白ができる。前はもっと自然に近かったのに。
目線は足元。水たまりの向こうに、私のローファーがくすんで映ってる。
しばらく沈黙が続いて、ふと口を開く。
「……一緒に帰るの、なんか久しぶりだね」
自分の声がやけに軽く聞こえて、言ったあとで少し恥ずかしくなる。
「……うん、たぶん」
友梨の返事も、どこかぎこちない。
ベンチの端に座った。あいだに少しだけ空間ができる。
前はもっと近かったのに。今は、どう座ればいいのか、わからない。
制服の裾を、なんとなく握る。寒いわけじゃない。ただ、落ち着かなくて。
ちらっと横を見ると、友梨も同じようにしてる。
それだけで、少しだけ胸がきゅっとなる。ああ、やっぱり友梨って、なんかずるい。
「……最近さ、避けてるのかなって思ってた」
友梨の声が、雨上がりの空気を切る。
「他の子と楽しそうにしてるとき、奈々、いつも静かになるから……私、なにかした?」
言葉がすぐには出てこなかった。
頭の中がざらついて、考えがまとまらない。
「……怒ってたわけじゃない。ただ……ちょっと、置いていかれた気がして。たぶん、わたしの勝手なんだけど」
声が震えそうになる。目を合わせられない。
もし顔を見たら、ぜんぶ崩れそうな気がして。
友梨はすぐには何も言わなかったけど、バッグをごそごそと漁って、くしゃっとしたコンビニの袋を取り出す。少し潰れたチョコパンが入っていた。
「はい。仲直りパン」
「……また、それ」
笑いそうになる。口元が緩む。懐かしい味が頭の中で蘇る。潰れてても、あのときと同じ匂いがする。
バスが近づいてくる。遠くで重たいエンジンが鳴っている。
わたしが先に立ち上がる。風でスカートの裾がふわっと揺れる。
友梨も立ち上がって、隣に並ぶ。肩が少し擦れる。
いつもの帰り道。でも、今日はちょっとだけ違う。前に戻っただけかも。
少し顔を向けると、友梨と目が合った。
ほんのちょっとだけ、笑ってみた。
バス停と、スカートの裾 HumanHumanHuman @gwx29fs
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます