041 軽い命

「ハーシェル、身体に異常は無い?」


「何一つ問題はない。しかし今のは……民衆を助ける為とはいえ、大精霊の力を軽率に使いやがって。俺は兎も角、代償は大きいってのによ。」


 それは遡ること数分前、風の大精霊の加護を受けてゆっくりと降り立ってきた頃。レイシャとハーシェルが合流する前のこと。


「まあ、階層が分たれた迷宮よりは地上の方がやりやすいし、こっちとしては都合が良いけどね。」

「とりあえず、村人の安否確認からやろっか!マリとは逸れっぱなしになっちゃったけど、あの子も頑丈だし態々探さなくても問題はないでしょ。」


「…………そうかよ。」


 ――前提として、レイシャは魔力をほとんど持っておらず、魔力の感知も人より苦手であった。注意深く慎重な性格ならそれでも困らなかったのだが、楽観的で能天気な彼女では罠を罠だと気づくのはどうしても人より遅い。その代わりに行動力が高く、必要なことなら自分の感情を無視することなど簡単にできた。

 一方、炎の大精霊の巫女、ハーシェルは正反対。魔力を感知する才能が人よりもある上、本人の慎重な性格が発揮され、罠に気づくのが早いという点が優れていた。しかし慎重な点が災いし、即断即決は得意分野としていなかった。


「……周りを村人に囲まれている。それも、態々透明化などしてな。魔力膨張を起こしているのか……腹部が不自然に膨らみつつあるな。爆発には十分…………。」


「了解、とりあえず乱雑に放ちまくるね。撃ち漏らしがいたら指さしておくれよ。」


 そんな二人が揃っていたのなら、罠を見逃すこともなく、ましてや見え透いた罠に引っかかるような愚か者では無かった。

 意識が回復していなかったとはいえ、エルファスにてゆったりと繁栄を目指していた村人達を、レイシャは一切の躊躇い無く撃ち抜く。


 レイシャ・スプリングは戦場慣れしていた。長い間勇者の側で戦っていたこともあって、情や良識を意識して捨てることができた。

 ハーシェル・ウィントは碌に人類を信用していなかった。他人を怪しみ、良識を疑うことが日常であった。

 そんな二人だからこそ、この酷い仕打ちを企てた犯人には直ぐに辿り着いていたし、それそのものを問題とも捉えなかった。


 そういう面もあってか、彼女の背反も嫌な顔をしながら受け入れてはいた。


「どうせ爆弾扱いして殺すのに、どうして態々大精霊の巫女としての権能を使ったんだい?あなたの代償は私たちの中でも特に重いもの、敵対するつもりだったなら使わないのが正道じゃない?」


「シラフジ・ナツ。どういうつもりかだけは聞いてやる。だから丁寧に殺させてくれ。」


 シラフジナツと呼ばれたその女性、シルフの巫女である彼女はふよふよと空に浮きながら弁解する。

ゆー

「そうは言うけど……私がこうすることを選んだのはつい先ほどですよ?民衆爆弾なんてきっと考えつかなかったわ。」

「ただ………………私には色々と思うことがあったのよ。その上であなた達を敵に回すことを覚悟しただけだから。」


 返答は二人にとって信じがたくも確かな真実を表していた。ああ、それは…………。


「レイシャ。これ5年前のやつと同じ……。」


「ああ、そうだね。」

「人間のみを対象とした洗脳、見事に"ゴッド"がやりそうなことだ。」

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