019 戦は一日すら待たず

 一夜明け、曇天の空の下。城内の訓練場に一人名指しで呼び出れたので多少の覚悟はしていたが、辿り着いてみれば騎士団長様が待ち構えていた。

 …………周りに誰もいない、態々貸切にしてるんだが。何をしようっていうんだ?


「来たか、若人。ジロジロ見られてたらやりにくいかと思って退けといたが、不服だったか?」


「不服っていうか、こんなだだっ広い所で人払いさせやがって、俺今から何されるんだ?」


「相変わらず口が達者だな。元からなのか、それとも信頼の証ってか?」


 ガープスが大きく口を開けて笑う。豪快っていうか、適当っていうか……。どうやら自分に修行をつけようとしているみたいだ。互いに剣を構え、戦う姿勢を取る。


「一つ先に伝えておく。あくまでこれは訓練だ。ここでお前の命を取っちまおうなんて俺は考えてない。」


「いや、そりゃそうだろ。言われなくても命惜しさに逃げねえよ。」


「だから、もし興が乗った。若しくは何らかの事情でお前が俺を殺しちまいそうになったら……。」

「その時は迷わず俺を殺せ。一切の遠慮も、躊躇も無く殺せ。」


「────ああ、加えて一切の被害も無く、な。」


 互いに剣を構え、今度は同時に斬りかかる。通らないと見るや否や、後ろに飛び、剣の先に魔力を集める。

 イメージするのは小さな火球、それを四連続で飛ばす。避けたところに追い討ちをかけたいが……!?


「そのくらいの弱火がワシに通るか馬鹿者めぇ!」


 全部受け止めた上でこっちを強く蹴り飛ばす。あっぶね!これが剣だったら死んでたぞ!


「おいおい!出鱈目も大概にしろよ!いくらガチガチに固めてるからっつっても、火の玉全部受け止める人間がどこにいるってんだ!」


「目の前にいるのも人類だ青二歳!つい最近活火山で大立ち回りしてきたばかりでな、熱さなんて気にならんのさ!」

「もちろん、炎噴き出る活火山でだ!」


「そうかい、そりゃ丁寧にどうも!」


 イメージするのは硬く鋭い岩。それを剣を振り上げると同時に足元の砂から突き破り、ガープス狙って突き刺そうとするが、ひらりひらりとかわされる。狙いが安直すぎたか。


 ……火山での活躍の自慢話だが、あれの意味する所は俺への情報の提供だな。暑い火山での活躍を強調した辺りが特に肝か。

 つまるところ少なくとも自分はあんくらいで体力が削られて、一太刀喰らうなんてあり得ない。ってアピールだろ?昨日の件は何かイレギュラーが起こった上での結果。実力の過信はいけないってメッセージのつもりか?

 ……というか、重要なのは昨日起きてたイレギュラーが何かって話だよな。見所のある若者に斬りかかるようになったのは最近だって話してたよな。


 思えば変だ。あの日あいつは明確な殺意を持って襲い掛かっていた。騎士団長にあるまじき行為っていうか……俺を殺すメリットが無い。そもそも襲い掛かられた時のテンションおかしかったよな?

 あの時は周りの温度を上げることで疲弊させ、撃退した。だが今の話を聞いた限り温度が高いだけであいつに一切の支障が出ないらしい。そうすると考えられるのは……擬態というか……人間であることのアピールのように見えた。


 まあ、何者かが身体を乗っ取ってくることがあるってのが答えだろうな。


 ……俺を一人ここに呼び出した理由は一つ、食い止めてもらいたいんだな。


「……一つ、王様に伝えておいてくれないか。」

「短い間だったが、あんたらの臣下はそれなりに楽しかったってな。」


 爆音。振り返ると城から煙が上がっている。同時に空を覆い尽くす無数の怪鳥。混乱が広まっていくのを肌で感じられる。


「王と姫のこと、お前達に託した。お前さんならやれるだろう。」


「期待しすぎだろ。あんたが思うより俺は普通の人間さ。」


 甲冑の隙間から黒いモヤが漏れ出る。昨日の今日だってのに、些か急務がすぎるだろ!

 

 甲冑の頭部にヒビが入り、ピシピシと音を鳴らす。モヤは最早実態と呼ぶべきか、青黒き炎が燃え盛り甲冑全身を包む。

 中から現れたのは青黒い炎と、人形劇かのように動かされる鎧、名付けるならゴーストアーマーって所か?


「ご機嫌よう諸君!貴様らがあまりにも優秀だから延期したはずの作戦の開始が二週間と四日縮まってしまったぞ!」


「それならもう中止にしてもらいたいんだけど、そうはいかないか?」


「上の事情という物かな?いやはや現場は辛い辛い!では早速だが貴様の腕前を試させてもらう!」

「魔王軍幹部、実体無き焔のグレン。貴様の障壁としてここに立ちはだかる。さあ、さあ!自分を超えてみせよ!」


 ああ、やってやろうじゃないか!

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