呪われ令嬢ロアーナの愛されやり直し譚〜神様は助けてくれないようなので自力で人脈開拓します〜

路地猫みのる

主役の淑女の提案

ロアーナ・イルム・トラット令嬢の新しい人生 -1

 弟の手を取り、ロアーナは馬車から降り立った。

 渋滞するので、急いで馬車を発進させるよう指示する。後ろから、すぐに新しい馬車がやって来る。

 さすが王国の二大公爵家のひとつサルディン公爵家の夜会パーティーである。ロアーナの実家、トラット男爵領のような地方ではあまり見られない魔力自動車もちらほら停車している。最新式の乗り物は、軍関係者に好まれると聞く。


 弟ユーリオン・トラットが、あどけなさの残る顔に笑顔を浮かべて、ロアを呼んだ。

「今夜は、姉さまが主役。ロアーナ・イルム・トラット令嬢の新しい人生が始まるんだよ。さぁ、笑って」

 ユーリオンの励ましに応えるため、ぎこちなく微笑むロアーナ。

「そうね、令嬢なんて呼ばれるとくすぐったいけれど、華やかな第一歩を飾れるよう努力するわ」


 ロアーナは、正真正銘トラット男爵家の嫡出子であるが、両親は放蕩三昧、後継者である弟にのみ家庭教師をつけ、女には学問はいらないと、差別されて育った。だから、自分が神に与えられた祝福「翻訳」の力を生かすべく、10歳で旅に出たのだ。

 そして、能力を磨き、味方を作って、貴族の世界に返って来た。

 ロアーナの第二の人生、その新ステージの扉が、今夜開く――。



 ロアーナは、先日18歳を迎えた。このヴィッターリス王国では、男女ともに18歳が成人の年。成人すると、正式に社交界デビューすることが可能となり、ロアーナはその記念すべき場所として、トラット男爵家に隣接して交流があり、かつ大きな権力を持つサルディン公爵家の夜会を選んだ。


 月光のように繊細な金髪、雨に濡れる紫陽花のようにぼんやりとした色合いの薄紫瞳。「まるで紫陽花の妖精のようだよ!」と心やさしい弟は褒めてくれたが、この国では、髪や瞳の色はハッキリ明るい色の方が美しいとされる。侍女シェナに「キレイかしら?」と尋ねると「十人並みですね。でも衣装はふわふわして、おしとやかなだけでなく華やかさもあってよきです」という潔い評価をもらえた。ロアーナは、取り立てて美しいと言える顔立ちではなかったが、彼女にとっての武器は、見た目ではない。

 それでも、社交界デビューの衣装にこだわった。

 王都の有名サロンで仕立てた流行デザインのドレス。 青と紫の淡いグラデーションの薄い布は、光をふわりと透過して、絶妙な陰影を生む。質のいい生地、繊細なレース、胸元にもスカートにもふんだんに飾り付けられた精巧な花飾りはバラがモチーフ。首飾りと、とろこどころ衣装にも散りばめた真珠は外国産の高級品だ。最後に、こちらも薔薇があしらわれた銀の冠をかぶる。

 薔薇の花冠と真珠。

 これは社交界デビューする女性を表す衣装だ。彼女らは、一生に一度のデビューを飾る『主役の淑女ファーストレディ』と呼ばれ、いくつかの特別な権利が与えられる。

 ロアーナは、その権利を存分に行使するため、18歳のこの日に貴族社会に戻って来たのだ。



 煌びやかな照明が降り注ぐ、広大な公爵邸。当然手入れも行き届いており、ピカピカの石床の上に敷かれたカーペットにはごみのひとつも落ちていない。季節が2月ということで、生花は少ないが、大きな窓辺にはコサージュのように細かく作り込まれた花がたくさん飾られていて、ゲストの目を楽しませてくれる。

 エスコートは弟のユーリオン。ロアーナに合わせて、紺色のジャケットを羽織っている。髪は、ロアーナとよく似ていると言われる月光色の金髪。瞳は、ロアーナより濃い、意志の強そうな菫色。まだ15歳のトラット男爵家代表は、やや緊張した面持ちだ。

 後ろに控えているのは、ロアーナの侍女シェナ。茅色のボブカット、若草色の瞳は好奇心に輝いて、公爵家の建物や美術品を眺めている。

「なんてお金のニオイのするお屋敷」

 ぽそっと呟いたシェナの言葉を、ロアーナは見逃さない。

「シェナ、どこに誰がいるか分からないのだから、心の中だけで勘定してね」

 シェナは仕事の出来る侍女だが、お金に目がないところが玉に瑕だ。


 大きな扉の前に進む。恭しく頭を下げる男性使用人に、招待状を渡す。彼はちらりと一同を見渡し、ロアーナの薔薇の冠を認め、大きな声で入場を告げた。

「トラット男爵家、ご令息ユーリオン様、そしてファーストレディ・ロアーナ令嬢の御入場です!」

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