エンジン始動
ついにこの時間が始まった。
「それではプリント①の品詞分解について、友達同士で話し合ってください。席を立ち歩いても構いません。」何気ない先生の言葉が壮太には試合開始の合図のゴングのように聞こえた。
陽キャたちはリーダーの席に群がりさっそく輪を作って笑い合い、プリントを広げるのはついでのような騒ぎ始めた。「お前それ“けり”ちゃうんか?」「いや“む”やって!」ワハハハハハ!!
と、ふざけながら教え合っていた。
まるで授業という名のレクリエーション。
けれど、壮太はその中にはいない。
「今日こそちゃんと話したい!!」
そのような覚悟でこの時間を迎えた。
(よし、今だ――MT作戦を実行する)
彼は立ち上がる。まるで戦国武将みたいな佇み。
質実剛健な姿であった。
目線の先、愛美の席。
その周囲にはいつもの友達数名がいた。
「優里(ゆり)さー、これ“む”で合ってる?」
「ちょっと!カンニングしないでって言ったじゃん(笑)」
優しく楽しげな声。
だが、壮太には他人を話を受け付けないガードのように見えた。
「よしその壁を突破するんだ」
「大丈夫、自然にいける……」
歩き出そうとするその足が――止まった。
思った以上に、距離がある。
いや、実際の距離はほんの数メートルだ。
けれど、その間にある「空気」が、金縛りのように壮太の前に立ちはだかっていた。
「動け!!動くんだ!!」
「あーもう!このチキン野郎!」
自分を鼓舞しても無駄だった。
(また愛美さんに叱られそう……)
(今行ったら絶対浮く。あいつ誰ってなる)
(ていうか、いま誰にも頼まれてないのに突然話しかけるのって……)
(むしろ、今のまま突っ立ってる方が……)
(陽キャにバレたらどうしよう)
そういう『弱虫』という害虫の存在が急に大きくなった気がした。
壮太は――動けなかった。
両手は中途半端にプリントを持ち、視線は彼女の机とノートに釘付け。
立ち上がった理由を誰にも説明せず、ただぼーっと誰かを見つめている……
その姿は、端から見ればかなり“挙動不審”である。
しかし幸い、陽キャたちは騒ぎに夢中。
誰も壮太の異変には気づいていなかった。
「では一旦自分の席に戻ってください」ゲームセットの声だ。
コウキは、ゆっくりと、自分の席に戻った。
椅子の音が目立たないようにそっと腰を下ろす。
「……失敗、だ」
彼はそのまま何もせずに、古文の時間を終えた。
想いのMT車はエンストで終わった。
教室には何も変わった気配はない。
ただ、壮太の心だけが重く沈みこんでいた。
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