第10話 その正体は

「あ、すみません、ムックさん。ちょっとリビングで片付け忘れたもの思い出したんで、二、三分だけ離れても大丈夫ですか?」

「もちろん、大丈夫。ゆっくりでいいからね」

「ありがとう、行ってきますね」


 そして彼女が離れていったのを音で確認して、俺は心の中で「うおおおお!」と叫びながらベッドの上を転げまわった。


 ああっ、いっそ訊きたい、訊いてしまいたい! さっきから妄想だけが捗る!


『君、ひょっとして同じクラスじゃないかな』

『えっ、まさか六久原君? そっか、こんなに素敵なおしゃべりができる人だったんだ』


『いや、そんなことないよ。桜さんだって、学校と同じ、いや、それより話しやすいかも』

『それは……相手が六久原君だから、かな』


 こんな会話になったらどうしよう! さすが妄想、全体的に俺に都合が良すぎる。


 訊いて違ってたら「わはは、勘違いだった、ごめん」で済むから訊いてみてもいいんじゃないかな? そうだよ、質問するのはタダだもん!


 でも待てよ。万が一、桜さん本人だったときはメリットだけじゃないよな? 「普段話せない悩みとか話したい」って言ってたよな? あれって、俺が赤の他人だから話せるってことで、正体ばれたらこの通話も終わりになるんじゃない? わざわざ夜に異性のクラスメイトと話すって、それもう恋人だし。


 くううう、どうしよう! めっちゃ言いたいけど言っちゃダメな気がする! バレたらダメな気がする!


「うわああああ……ぐえ」


 興奮で転がりまわった結果、ベッドから落ちた。我ながらバカすぎる。



「ムックさん、すみません、お待たせしました!」

「あ、いや、大丈夫、ちょうど良かったよ」

「ちょうど良い?」


 訊き返す桜さん。もう少し早く帰ってきたら、俺がフローリングにダイブする瞬間に立ち会うことになってた。


 これ以上、不確定なことで悩んでても仕方ない。確か、関東の高校生って百万人くらいいるって聞いたことがある。高二でしかも女子って考えると単純計算で十八万人くらいか。


 今話してる相手がその中の特定の一人なんて、それこそ宝くじみたいな確率だ。御伽おとぎはなしみたいなつまらない想像はやめておしゃべりしよう。



「ヨッシーさんは夏と冬どっちが好き?」

「私はどっちかっていったら冬ですね。寒いけど、空気が澄んでて散歩したくなる」


「ああ、冬に散歩したくなるって分かるなあ。散歩、好きなの?」

「はい。なんか、たまに一人になりたいなって思うときないですか? 誰かといると色々悩んじゃうことも多いから、誰とも会わずにゆっくりする時間も必要だなって」


 彼女の話を聞いていると、桜さんじゃないだろうな、という気になってくる。学校でエネルギッシュに活動してる彼女と乖離しているから。


「そっか、そういう時間取れるの大事だよね。どの辺り歩いてるの? 近所?」

「大体家の周りですよ。でもたまに、自転車で少し遠くの川まで行ってから……」


 こうして、散歩の話から休憩するときのカフェの話、さらに甘いコーヒーの話題から好きなアイスの話、アイスの値上がりからお小遣いの使い道の話に、どんどん話題が跳んでいく。一方的じゃなくて、お互い相手のことを少しずつ知りながら会話するのはやっぱり楽しい。


 そして、三十分も話していると、彼女が桜さんかどうかなんて、どうでもよくなってきた。俺はそもそも、誰かと話がしたくてこの#つわぼを始めたんだ。楽しく会話できるなら、誰と通話できても嬉しかった。


「あ、もうこんな時間だ。ムックさんと話してるとあっという間だなあ」

「ホントだ、早いですね」


 気付いたら深夜の二十四時を回っていた。俺も、ヨッシーさんと話しているとすぐに長針が一周してしまって、彼女が時間操作できる能力者のように思える。


「ヨッシーさん、明日も忙しいの?」

「そうなんです、結構頑張らないと」


「そっか、無理しすぎないでね」

「ありがとう。ムックさん、優しいね」


 今日は、会話の中でたまにこうして敬語が抜けるときがあって、ドキッとしてしまう。


 慣れてきたらタメ口に、って言ってたけど、徐々に距離が縮まってるのかもしれない。


「でも、無理しない範囲で頑張ります! 私、頑張らないと意外とダメダメな人なんで」

「ええ、そうかなあ。話聞いてるとそんな感じしないけど」

「頑張って隠してるだけで実際はそうなんですよお!」


 桜さんは全然そんなことないしな。なんならパーフェクトな美人だし。やっぱり別人なんだな。



「実は、今月から生徒会長やることになったんです。陸上部も県大会が近いんで、割とバタバタなんですよ。周りからも、よしの……あっ、ヨッシーさん倒れないでねって言われてるし」


「……へえ、そうなんだ、生徒会長って大変そうだ! また今度話聞かせて」


「分かりました! じゃあムックさん、おやすみなさい」

「うん、ヨッシーさんもよく寝てね、おやすみなさい」


 笑顔と明るい声を維持したまま、通話を切った。



 そして。


「絶対桜さんじゃん!」



 クラスメイトでした! そんな気がしてたんだよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る